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4.2 ビルの中は魔窟

 『総合治安部隊』の車両は驚くほど地味だった。スモークガラスで中が見えないようにした銀色のバン。


 芸能人を乗せるロケ車かな、などとリサは思った。


 運転しているのは『総合治安部隊』の隊員だ。そして、安喜少尉も妙見中佐もここにはいない。いわゆる彼ら「上層部」は本部から遠隔で指揮を執る。もっとも、安喜少尉などは「上層部」と呼べるほど階級が高いわけでもないのだが……。


 リサたちに先んじて、山手ダイヤモンドタワービルの周辺には私服の『総合治安部隊』隊員たちが歩き回っており、ビル内の様子を伺い、その情報を本部に送っていた。リサたちは逆に、インカムを使って本部から情報を得ることになるのだ。


 仮入隊だからか、リサには『総合治安部隊』の制服は与えられず、しわくちゃになったいつもの制服を着ていた。いつも通り、口元を隠すようにマフラーを巻き、メガネは外してある。


 運転手以外に乗っているのは、リサ本人を入れて四人。いずれも空冥術士だ。


 オーリア帝国の神官騎士ベルディグロウは、床に置いた大剣を肩に立てかけて、じっと黙っていた。何か話しかけて答えてくれそうな雰囲気ではない。


 それでも、彼がわたしのパートナーなんだよねと、リサは思う。安喜少尉の指示では、リサがベルディグロウと組み、残りのふたりが組み、ふたりずつの二組ができるはずだ。


 そうこうしていると、肌の浅黒いほうの日本人空冥術士がリサに微笑みかけて、声を掛けてくれる。


「僕は岸辺です。岸辺ナレン。実は、大学生なんですが、空冥術士として参加しているんですよ」


 これは驚いた。リサの他にも民間から選び出された空冥術士がいるとは思わなかったからだ。


 リサは右手でマフラーを下げて口元を露わにする。友好的に会話をするときに、口を隠しているのはリサにとってもありえない。それから、岸辺に質問を返す。


「岸部さん、大学生だったんですね。それが一体、どうしてこんなところに?」


「逢川さんとだいたい同じですよ。『空冥力』の強い民間人として『総合治安部隊』からスカウトを受けたんです。でも、普段は大学に通っています」


「……失礼ですが、どこの大学か訊いても?」


「青京商業大学という都心の大学ですよ。知っていますか?」


「知ってるもなにも!」


 青京商業大学はその名の通り、商学や経済学に強い文系の名門大学だ。その方面では、日本で一番と言っても過言ではないくらいだ。


 岸辺は明るい笑顔を見せる。


「そうですか。知っている大学でよかったです」


「うちの四ツ葉高校からも、成績上位者のいくらかは商大に行きますからね。それにしてもすごい」


「わが家のルーツはネパールなんです。父がネパール人でして。でも、九五年以降、ネパールという国はなくなってしまったでしょう? だから変な話、僕は日本国籍以外の選択肢がなくて、いまや日本人大学生で、日本人空冥術士ですよ。ははは」


 岸辺の南アジアの雰囲気のある外見は、彼がネパール人と日本人のハーフだからだとはっきりした。


 彼の言うように、九五年以降の、地球時代の外国人の扱いは少しだけ複雑だ。しかしながら、結局のところ、地球という世界がなくなってしまった以上、アメリカ人だろうが中国人だろうが、いまや日本人を名乗る以外の選択肢はほぼない。


「すべて『アクジキ』のやったこと……。故郷を失われるのは寂しいでしょうね」


「いや、僕にとっては日本が生まれた場所だから良いんです。ところで、逢川さん、あなたもどこかの人ですか? その明るい色の髪は、染めているんですか? 差し支えなければ」


 リサの髪は明るめの栗色だ。確かに、日本人に多いたぐいの髪の色ではない。


「これですか? これは地毛です。でも、わたしは日本人ですよ。両親もそうだし、祖父母もそう」


 そんな話をしているところに、もうひとりの『日本人空冥術士』が岸辺をたしなめる。


「おい、岸辺。任務前だ。私語はいい加減にしておけ」


「淡路さん。……そうそう、逢川さん、淡路さんは国防軍から選出された空冥術士で、れっきとした――」


「岸辺!」


 淡路が一喝し、岸辺が黙る。確かに、民間選出の岸辺に比べて、淡路は身体ががっしりしているように見える。もともと国防軍の軍人だからなのかと、リサは納得する。


 淡路は岸辺を叱っているというよりは、女子高生の身で『総合治安部隊』に特例で仮入隊したリサへの抵抗感を示しているようだった。


 このやりとりの間、ベルディグロウはやはり一切しゃべらなかった。言葉が通じないというわけではないはずだ。星芒具には翻訳機能があるし、だいいち、今朝、彼が話すのを聞いた記憶がある。


+++++++++++


 時刻は午後三時をまわったところ。遅めの昼食のサンドイッチはバンの中で食べてきた。


 ここは大都会のど真ん中だ。大規模な商業施設を擁する高層ビルが群れをなし、互いに繋がっている。


 リサたちは、山手ダイヤモンドタワービルの入口前に集結した。


 ベルディグロウは大剣を持ち、岸辺と淡路は日本刀を腰に差している。リサを含めて四人とも、全員が左手に籠手――星芒具を装着している。


「逢川さんは武器を増幅器エンハンサーとして使わないんですね。聞いてはいましたが、こう見るとすごいですね」


 そう岸辺は称賛した。リサがどう見ても丸腰にしか見えない状態で突入準備を終えたからだ。しかしそれを、淡路はやはり「おい岸辺」と言って遮る。


 四人が頭に装着したインカムから、安喜少尉の声が聞こえる。


『全員着いたわね。つい今来た情報によると、ビルの中はもう魔窟です。ビルの中の人は皆、瘴気に当てられて気を失っています』


「いったい、なぜ?」


 リサが問い返すと、安喜少尉は説明を続ける。


『ビルの中で行われた魔術の――空冥術の儀式の影響でしょう。「人類救世魔法教」のカルトは、ここで術を行使したようです』


「では、はやく行ったほうがいいですね」


「行きましょう」


 リサと岸辺が突入を仕掛けようとする。岸辺などは刀を鞘から半分抜きかかっていた。


 安喜少尉が彼らを止める。


『待って、突入前に一点だけ。諜報によると、われわれよりも前に、山手ダイヤモンドタワービルに突入した者がいるそうです。それもおそらく空冥術士……」


 四人は押し黙った。『総合治安部隊』以外の空冥術士とは、いったい誰だろう。話の流れからすれば、『人類救世魔法教』の術士ではないだろう。


 では、『大和再興同友会』か? 『宇宙革命運動社』か? 前者はともかく、後者は澄河御影の息がかかっているから、いままで連絡がないということはないはずだ。


「とにかく、入って確かめよう」


 半ば面倒臭そうに、淡路がそう言った。


 そうだ。ここで悩んでいても答えの出る話ではない。気をつけて進むだけのことだ。


「そうですね。入りましょう」


 リサは星芒具を起動し、左手に光の槍を作り出す。それを見た淡路と岸辺はざわついたが、淡路のほうはそれを顔に出すまいと努めた。彼はまだ、女子高生が特例でこの軍隊組織にいるという事実が納得できない。


 淡路はあえてつっけんどんに言い放つ。


「俺と岸辺はチームだ。残りのふたりは別チームだろ。基本別行動な」


 それはリサに対する軽い当て付けだった。しかし、リサは気にせず、淡路に「わかりました」と言ってからベルディグロウのほうへ向き直り、ちょこんと頭を下げる。


「よろしくお願いします。ベルディグロウさん……、でしたっけ」


「ああ。よろしく頼む」


 無愛想な表情とは裏腹に、ベルディグロウはきちんと受け答えをするのだった。表情こそ硬く真面目そうだが、波打つ長髪から覗く瞳は優しげで、リサは一瞬でこの大男が善人だとわかった。


 ベルディグロウは大剣を肩に載せ、ビルの一番上を見上げる。


「頂上に……、なにかいるな」


++++++++++


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