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11.2 心から溢れる

 おかしな戦いだ。


 紛れもない命の奪い合いのはずだ。


 だというのに、ラミザは、この戦いに歓喜し、リサを信仰している。そして、リサはラミザが失血死しないよう、『神の選択』を与え続けている。


 殺さぬように、殺し合っている。


 互いに憎しみの感情はない。


 対立する正義もない。


 相手から奪いたいものもない。


「ああ、リサ。遍く人々に愛を与える、わたしの信仰。それを独り占めできるなんて、これほどの幸福があっていいのかしら」


 大魔剣『ヴェイルフェリル』から放たれる衝撃波は、もはや星辰戦闘艦の主砲など上回ってしまう威力だ。


 だが、それをリサは回避しながら、遠距離から光の矢を射掛け続ける。


 どちらもすさまじい威力だが、致命打にならない。どちらも防御または回避が可能なのだから。


 落ち着いた声で、リサは言う。


「そう。ラミザは、わたしを独り占めしたかったんだね」


「ええ。そのためだったらなんだってする。なんだってあげる。あなたが望むのなら、大帝の位だって、魔王の位だって。アーケモスだって、ヴェーラだって、星辰同盟だって、星辰界全部だって」


 ラミザから放たれた衝撃波をリサは回避する。当たれば赤い蒸気となって消滅していただろう。もはやそれほどの、常軌を逸した威力だ。


「……そんなのどれも要らないよ」


「でも、わたしには必要なのよ。あなたに振り向いてもらうためには!」


 ああ、そうなんだと、リサは思った。ラミザは大切なことを忘れてしまっている。



 ラミザが大魔剣を手に飛びかかってくる。リサは光の弓を消し、その代わりに『神護の盾』を展開する。


 威力は常軌を逸していた。『神護の盾』ですら亀裂が入る。だが、ラミザのほうも限界が近いのだろう。大魔剣『ヴェイルフェリル』を手から滑り落とし、その代わりに、直接リサに掴み掛かる。


 ラミザの勢いのまま、リサは組み敷かれる格好になった。だが、リサの言葉は極めて落ち着いている。


「ラミザ、わたし言ったよね」


「……言った?」


「ラミザはもう、わたしにとって大切なんだ、って」


 それを聞いて、ラミザは呆然とする。


「たい、せつ……」


「そうだよ」


「たい……せつ……」


 ラミザの表情が引きつり、紅玉の両目から涙がこぼれ始める。

 

 いや、止めどなく溢れているのは涙だけではない。心臓から溢れる大量の血液。涙と血ががリサの上に降り注ぐ。


 ラミザは、リサの胸に頭をうずめる。呼吸はもはや途切れそうだ。


「リサ、あなたはかつて、わたしに言ったわね。『きっとわたしたち、平和な世界で出会っていたら、別の接し方で仲良くなっていたと思う』って」


「うん」


「……ヴェーラ惑星世界では、まるでそんなだったのよ。わたしたちは出会い直した。わたしがあなたを救い、まるで友達のようになれたの。それが嬉しかったの」


「うん」


「わたしは……。わたしは、あなたが穢されてよかったとさえ思った。あの時間を得られたのは、あなたが穢されたことが発端だから。だから……」


「うん」


「だから、わたしは、罰してほしかった! 罰してほしかったのよ! わたしの敬愛するあなたの苦しみを、少しでも肯定してしまったわたしを……」


 それは、あまりにも罪深い告白だった。人間臭い感情の吐露だった。なにより大好きなはずの人の不幸を認めてしまった、自分の利益になると喜んでしまった。


 人間にはそのような感情がありうるということを、この高潔なラミザは、哀れにも知らないのだ。


 リサはゆっくりと、ラミザに言葉を返す。そんな間にも、ラミザの胸から血があふれ出している。


「うん、ひどいよ、ラミザ。あなたはひどい」


 そう言いながらも、リサはラミザの乱れた銀髪をやさしく掻き上げる。


「ええ……」


「わたしたちは、こんなひどい出会い方をした」


「ええ」


「ひどい戦いもした」


「ええ」


「謀略に巻き込まれ、こんなに遠くまで来てしまった」


「ええ」


「それでもなお、わたしたちはずっと、特別な間柄だったんだよ。そんなことさえわからずに、わたしを置いていくなんて……。本当にひどい」


 ラミザはそれではっとして目を見開き、冷たい息を吐く。


「ああ……。なんてこと。気づかなくて、ごめんなさい。あなたは誰にでも平等に優しいものだから……」


「……そこはごめん。わたしはラミザを、もっとわかりやすく大事にしてあげるべきだった。わたしが下手だったんだ。特別なんだから、贔屓したってよかったのに」


 ラミザの身体から力が抜ける。彼女は全体重をリサに預けている。だが、身体の軽さが感じられるばかりだ。


「そうか、わたし……。リサの特別だったんだ……」


「……思い出して。わたしは、出会ったときからずっと、ラミザに憧れていたんだよ。わたしのほうが、憧れていたんだよ」


「ああ、リサ……」


「最初に出会った、『総合治安部隊』のロビーでだって……」


 ラミザはしばらくの間、なにも言わなかった。出会った日のことを思い出しているのだろうか。最初の会話を思い返しているのだろうか。それは定かではない。だが、彼女はかすかに微笑んだ。

 

 ラミザはリサに言う。


「わたしって、本当に最低。いまわの際に見られるあなたが、わたしの血を浴びていること。心臓から噴き出す血を浴びていることが、すごく嬉しかったりするのよ……。こころも、これくらい簡単に渡せたらいいのに……」


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