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8.2 一生の宝物


 一同はひとつのテーブルに集まって飲み物を飲み、一息つく。


 ベルリスがこれからのことを話す。


「さて、みなさんは『神界の鍵』を手に入れました。これがあれば、神界へ突入することができます。もはや、『哲人委員会』の特権は、みなさんの手にある」


 リサは、その前に、と確認をする。


「その神界というのも、やっぱり概念的な存在ではないんだよね。魔界ヨルドミスがひとつの惑星だったように、神界レイエルスもまた、ひとつの惑星だと」


「そう考えていただいて結構です。しかし、惑星としてのレイエルスは入口に過ぎません。『神界の鍵』を使わないかぎり、神の領域に入ることはできないんです。星辰戦闘艦でどれだけ艦砲射撃しようと開かないんですよ」


「つまり、神界レイエルスの本当の位置は、惑星上にない、と……? 実在する場所がずれている……?」


「実際のところ不明です。それも含めて、神界レイエルスが謎に包まれた場所であると考えていただければ」


 そこで、コーヒーを飲んでいたフィズナーが発言する。


「どういうものにせよ、『神界の鍵』があれば、神界レイエルスへ乗り込むことができるわけだ」


 ベルリスは首肯する。


「そうです。そうなれば、みなさんは天使どころか、唯一絶対の神、ディンスロヴァの前に立つことも可能かもしれない」


 『われのほかに絶対者なし』(ディンスロヴァ)の前に立つ。リサには、それは恐ろしいことのように感じられた。何が起こるのだろう? 果たして、話を聞いてくれるのだろうか。


 さらに、ベルリスは言う。


「みなさんが天使たちと直にやりとりができるようになるのであれば、『哲人委員会』の権威は失墜します。その時点で、星辰の覇者ヴェーラは歴史の転換点を迎えます。ヴェーラ惑星世界は天使の支配を脱し、自主独立へと向かうのです」


 リサは口元を押さえてうなずく。


「なるほど。そこまでいけば、惑星ヴェーラにも利益のある話になるわけだ」


「そうです。だから、神界レイエルスまでの星辰艦は私がお貸しします。安い出費ですよ」


 さらに、ラミザが神界へ行く主目的を述べる。


「それだけじゃないわ。リサは『旧き女神の二重存在』と確認されてから、ヴェーラ軍や天使、そして『哲人委員会』に狙われるようになった。真実は、神界に行けばわかるはず。わたしたちアーケモスの者はそれが一番知りたい」


 そうか、わたしだ。


 リサはそう思った。ことの発端はそれだ。『旧き女神の二重存在』――それが何を意味するのか。どうやら、現在の神はその事実を嫌っているように推測できる。それはなぜなのか。


 そして彼女は、もう一度思う。ほんとうにわたしは、自分のこととなると、鈍い。


「そうだ。『旧き女神の二重存在』という肩書きはありがたいものかもしれないが、それを排除しようというやつがいるなら放ってはおけない。事実を確認して、しかるべき対応を取る」


 フィズナーの意見はやや前のめりだった。好戦的とさえ言える。さらにベルディグロウがコメントを付け足す。


「私も同意だ。私はオーリア帝国神域正統教会の神官騎士。神界に帰依する者だ。だが、それ以上に、私はわれわれのチームリーダーであるリサの保護を優先する。それは絶対だ」


 ここにいる面々は、リサのために集まり、リサのために寄り添ってくれている。


 リサは自分の中で孤独が薄れていくのを感じた。こんな感情はなんと名付けたらいいのだろう。彼女にはわからない。何年ぶりなのか、それとも生まれて初めての感覚なのか。


 心の傷が癒えていく感覚がある。暖かい。


 リサはそんな自分の心の動きに、苦笑いする。


「激戦になるかもしれないってのにね」


 そんなリサの心情を、ベルリスは汲み取ったのだろうか。彼は話の内容を切り替える。


「では、明日の出立に向けて、軽くパーティーをしましょう。なに、贅沢は必要ありません。ジャンクな食べ物にお酒が多少あるだけ」


「貴族っぽくないですね」


 リサがそう言うと、ベルリスはウインクする。


「ご存知でしょう? 食事は何を食べるかではなく、誰と食べるかです」


++++++++++


 しばらく経って、リサとラミザのアパートに食事が運ばれてきた。小麦粉ペーストを焼いたものに具材が乗ったもの――これはピザに近い。それに、各種の揚げ物。そして酒だ。


 皆で楽しく、たわいもない会話で盛り上がりながら、食事と酒に興じる。この中での最年少は十九歳のラミザだったが、ヴェーラでは飲酒可能年齢らしく、彼女も酒をたしなんでいた。


 飲酒可能年齢かどうかなど、いまさら気にしてどうするのだろうと、リサは思う。自分たちは幾度となく戦争を超えてきて、たくさんの命を奪ったというのに。飲酒くらい咎められてなんだというのだろう。


 ベルリスが球体の機械を宙に投げる。すると、それは自動的に浮遊し、パーティーの場をすいすい飛び回った。


「ベルリスさん、あれは何?」


 リサが尋ねると、ベルリスはこともなげに答える。


「撮影用の機械ですよ。きょうの思い出に。静止画も動画も、立体動画もどれも対応しています」


「静止画……。ああ、写真のことか」


「ええ、その写真なら、たとえばこんな」


 ベルリスは食事が大量に届いたときに一緒に来た機械のところへ行くと、紙を一枚印刷する。


 それを渡されたリサは、きっと先ほどの球体を打ち上げた直後だったのだろう。リサが揚げ芋を食べながらラミザと会話をしている瞬間の写真だった。さらには、彼女たちの背後に、ベルディグロウに一方的に肩を組んで楽しそうに酒を飲んでいるフィズナーも映り込んでいる。


「楽しそうな写真だ。いいね、これ」


 リサがそう言うと、ラミザが横からそれを覗き込む。彼女はそれを見ると、ぱっと表情を明るくした。


「これ、本当にすごくいいわ。一枚、わたしにくれないかしら」


「そう言うかなと思って。どうぞ」


 もう一枚印刷したベルリスは、写真をラミザに渡す。彼女はそれを嬉しそうにまじまじと見つめると、軽く胸に抱きしめる。


「ああ、わたし、こんな楽しそうな空間にいるのね」


「みんな一緒だと楽しいね、ラミザ」


「ええ、一生の宝物にするわ」


「そんなことしなくても、写真ならこれからたくさん撮ろうよ」


「ええ」


 ラミザは満面の笑みを湛えた。



 神との対話へと向かう一行のパーティーの夜は更けていく。これから出会う巨大な相手は確かに問題だろう。だが、幸せというのは、存外素朴なものなのだ。



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