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7.5 矜持こそ

 衛星リグナのトランスポーターまであと少しというところで、バファールは後ろから斬りつけられた。


 肘から先の右腕が宙を舞う。血が止めどなく噴き出す。


 バファールは振り返ったが、誰もいない――のではなく、フィズナーが姿勢を低くして潜り込んでいた。


 次に、フィズナーはバファールの左脚を斬り落とした。


 右腕と左脚を失ったバファールは、地面を後ろ向きに這いながら、命乞いをする。


「た、助けてくれ……」


 フィズナーは深々と溜息をつく。


「リサに言った手前アレなんだがな。俺は軍人としては失格なほうでね」


 ゆっくりと、フィズナーはバファールに近づく。


「や、やめろ……」


「捕虜に拷問なんかして、指南役に怒られたこともあったなあ。……どうだろう。拷問の腕が鈍ってるかもしれないな。なあおい、ちょっと味わってみないか?」


「い、いやだ! 助けてくれ!」


「じゃあ質問に答えろ。『神界の鍵』を持っているのはお前か?」


「あ、ああ、そうだ。『鍵』はくれてやる。だから、助けてくれ!」


「なるほど。天使を裏切ってもいいのか?」


「そ、それは……」


「俺らが神界に乗り込んだとして、どうせ殺されるだろうと高を括ってる」


「うぐ」


「思ってること吐いとけよ。天使が俺らを全滅させたら、あいつら、お前を殺しに来るだろうからな。正直に言えるんなら、俺が天使にお前は無関係だと言っておいてやる」


「……お、思っている。神界レイエルスに行って、お前らなんぞが帰って来られるものか! せいぜい、天使になぶり殺しに遭うことだな」


「ああ、そう。正直なのはいいことだ」


 フィズナーはトランスポーターの操作盤を押すと、ドアを開く。そして、バファールをその中に蹴り込む。


「お、俺を逃がしてくれるのか?」


「ああそうさ。正直者にはプレゼントが必要だからな。それに――」


「それに?」


 トランスポーターのドアが閉まり、バファールが星辰政塔へと送られていく。


「リサを酷い目に遭わせた連中のひとりだと知ったら、ラミザが怒るだろうからなあ。これはラミザへのプレゼントだ」


 フィズナーは剣を鞘に収め、再度、議場へと向かう。そしてまた、溜息交じりにつぶやくのだ。


「はあ、俺は本当に軍人としてはダメだな。リサのやつが眩しいわけだ」


++++++++++


 リサ、ベルディグロウ、フィズナーの三人が衛星リグナから星辰政塔へと降りたとき、その場は真っ赤な死体だらけだった。


「あら、遅かったのね」


 そう言うラミザの右手は、死んだバファールの髪を掴んでいた。彼はもはや上半身しかなく、胴から下は消滅していた。


「どうだった?」

 

 フィズナーのその問いに、ラミザは左手の星芒具を見せる。


「『神界の鍵』をもらい受けたわ。……ああ、こんな、腕の皮(星芒具)しか価値のないやつ。いつまでも掴んでいるようなものではないわね」


 そう言って、ラミザはバファールの死体を投げ捨てる。死体の山の中に。


 リサは、うつむいたままつぶやく。


「そう……。手に入ったんだ、『神界の鍵』」


「ええ。ここで網を張っていて正解だったわ。でも、あなたが逃がすなんて珍しい。あんなの、戦闘能力は皆無だったのに」


 だが、リサはそれには答えない。ふらふらと歩いてラミザの両手を掴む。血で汚れた真っ赤な手だ。それを、リサは抱きしめる。


「ごめん、ごめんね、ラミザ……」


「どうしたの、リサ?」


「手を汚させちゃってごめん。こんなにたくさん、殺しをさせてしまってごめん」


 それからリサは泣いた。大声で泣いた。


 さすがのラミザもそれには面食らったようだが、フィズナーもベルディグロウも神妙な顔をしているのを見て、なにかあったのだと悟る。


「わたしはどこも汚れてはいないわ。心に恥じることも、名に恥じることも、なにひとつしていない」


「でも……」


「わたしは、わたしの守るべきもののために戦っているだけよ。多くの兵士が、国や信仰のために戦っているのと同じように」


 リサが顔を上げると、堂々とした、しかし優しげな目をしたラミザの顔がそこにあった。なにも後悔していない。かといって、狂気に呑まれているわけでもない。


 そこにあるのは矜持だった。


 リサは理解した。


「そっか。ラミザはラミザが思い描く世界を守るために戦っているんだね」


「ええ、祖国防衛戦争みたいなものよ」


 リサにはわかる。ラミザはリサのいる世界を守って戦っている。それはけっして、殺人鬼にはできないことだ。


 早いとこ立ち去るぞーと、フィズナーの声が聞こえる。二百階の管制室を適当にいじったら、地上へのトランスポーターが動くようになったらしい。


 リサはラミザに肩を借り、地上行きのトランスポーターまで、支えられるようにして歩いた。


 ラミザのほうがずっとずっと長いあいだ戦ってきて疲弊しているはずなのに、おかしな話だと、リサは思った。


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