3.2 デブリーフィング
「昨日の出撃が、われらが『総合治安部隊』にとって、ほとんど初の出撃になりました。思いもかけないオーリア帝国からの助っ人もあり、さらには想定外の事態もありましたが……」
想定外の事態というのは、言うまでもなくリサのことだろう、それは本人にも判った。
そもそも、『総合治安部隊』の初仕事を自分がぶち壊してしまったことについて、リサはとても申し訳ない気持ちになった。
それから安喜少尉は、リサとノナ、そして鏡華に順に視線を送る。
「……今回は、『総合治安部隊』についてご存知でない方々もいらっしゃるので、当組織の概要についてお話ししておきましょう」
これはありがたい。リサにもノナにも、この組織がなんなのか全くわかっていなかったからだ。国立組織で、国防軍の管轄下にあるらしいとまではわかっていたけれども。
「わが日本国が七年前に『アクジキ』に捕食されて以来、わが国はこのアーケモス世界に転移し、アーケモス大陸の国々との共生を図ってきました。以来、外交も経済もうまくやってはいます。しかし、国内でも治安を擾乱する組織の勃興があったのもまた事実です」
「昨夜の右翼組織のことですか?」
リサはそう訊いた。彼女は初めて連れて来られた、大人ばかりの『総合治安部隊』において、物怖じせずに会話に参加している。
昨夜の右翼組織は『大和再興同友会』という。鏡華を誘拐した組織であり、そしてリサがほとんどひとりで蹴散らした組織だ。
「そうですね。『大和再興同友会』も治安擾乱組織のひとつです。ほかにも、カルト宗教や海外マフィアなど、いろんなタイプの反社会的組織がひしめいています。この日本国が再軍備への道をとったのはよく知っているでしょうが、それも内外の情勢不安に対応するための苦い決断だったのです」
ここまでは地歴公民の教科書によく載っているとおりだ、とリサは思った。だが、肝心なのは、この『総合治安部隊』という組織のことだ。国防軍にこんなセクションがあったなんて。
しかも、それに鏡華の兄が絡んでいるなんて。
リサの疑問を察してか、安喜少尉は話をつづける。
「この『総合治安部隊』は、空冥術を日本人にも利用可能にし、そして実力行使に利用する目的のもと、秘密裏かつ試験的に設立された組織です。秋津洲財閥からの出資を受けているものの、世間的にはまだ存在をほとんど知られていません」
だいたいにおいて、日本人は空冥術を取り扱えない。この点で、アーケモス大陸人は個人として日本人よりも強い傾向にある。安喜少尉が「実力行使」という語を使ったのは、「軍事利用」の言い換えだろう。
リサは半ば信じられないといった表情で、呟くように言う。
「そんなことって、あるんですね。この日本で……」
「そうです。まだ軍の上層部と、一部の政治家しか知らない組織です。閣僚ですら、ほとんどはわれわれの存在を知りません」
そう聞いて、リサは視線を鏡華のほうへと向ける。鏡華は首を横に振った。彼女も知らなかったのだ。秋津洲の総裁令嬢である彼女でさえも。
「でも、それを部外者のわたしに教えてくれるなんて……」
そんなリサの言葉を受けて、妙見中佐は笑う。
「ははは。あの状況で、きみが部外者で居続けることは不可能だったんだよ」
「……?」
誰も妙見中佐の発言をフォローしない。ただ、安喜少尉を含めて、日本人勢が意味ありげな視線でリサのほうを見ている。妙な空気だけが流れた。
場を取り繕おうと「こほん」と咳払いをし、安喜少尉が話を続ける。
「それで、『総合治安部隊』における空冥術使いの第一号、第二号として、そこに座っている淡路君と岸部君が選ばれ、訓練を続けています」
「どうも」
淡路はがっしりとした体格の背の高い男で、いかにも体育会系といった風だった。
「よろしく」
一方、岸辺は対照的な優男だったが、特筆すべきは岸辺の肌の色は日本人にしては濃く、南アジアの雰囲気をまとっていたことだ。
淡路、岸辺の両名はリサに対して若干の不審の入り混じった視線を送りつつ、軽く会釈をした。
「……それから、そちらの方は、アーケモスのオーリア帝国からの助っ人として、臨時で参加されました。シデルーン軍総司令の――」
安喜少尉がそこまで言ったところで、顔に大きな刀傷のある大柄な男――ベルディグロウが続ける。
「ベルディグロウ・シハルト・エジェルミドだ。本来、オーリア神域聖帝教会の神官騎士だが、日本へはシデルーン総司令の護衛という名目で来ていた。そのなりゆきで参加した」
そうは言われたが、リサには、神域聖帝教会というのがなんなのかよくわからなかった。……それにしても、見かけのたくましさによらず、ベルディグロウは神職だというのだろうか。
一方のノナは、ぽかんと口を開けている。この驚きはなんだろうか、リサはあとで質問をしなければと思った。
「で……、ここからが大事なお話なんですけど」
こほん、と安喜少尉がふたたび咳払いをした。
日本人空冥術士のふたりは神妙な面持ちをしている。一方で、オーリア帝国出身の戦士ベルディグロウからは表情が読み取れない。興味もないのかもしれない。
リサが周りを見れば、妙見中佐と澄河御影だけが、今後の展開を知っているかのような、含みのある笑みを浮かべていた。
安喜少尉は重々しく、ゆっくりと発言する。
「逢川リサさん、あなたにはこの『総合治安部隊』に入隊して欲しいんです」
「えっ……」
リサにとって、これは完全に想定外だった。とっさに、言葉が出てこない。