11.4 姫軍師、異星人と交戦す
ラミザは艦内を見回し、アルボラとリサを交互に眺めたあと、リサに微笑む。
「無事ね」
「お前がここへ来たということは、あの艦を操舵していたのはお前なのか?」
アルボラの真剣な問いかけに、ラミザはふっと笑う。
「まさか。わたしはまだ星辰戦闘艦の操作を知らないわ。ラムスに頼んだのよ。ああ、彼とは協力しているのよ。心配は要らないわ」
リサには、ラミザの言い回しがよくわからなかった。しかし、ほんの少し経って、アルボラがラムスの身を案じていたのだということに気がついた。ラミザは、ラムスは無事だと言っているのだ。
アルボラはやはり、ラミザのことを脅威と見做している。
だが、ドッツィはそれに気づいていない。彗星銃の銃口をラミザに向けると、アルボラに向かって怒鳴る。
「誰かと思えば現地人ではないか! 見ていたぞ、この女は現地の高官なのだろう。さあ取引だ! 応じなければこいつを撃つ!」
銃口が自分の方を向いたのに気づき、ラミザはドッツィのほうを見て、また柔らかく笑っただけだ。
アルボラが首を小さくかしげる。
「何に応じなければ……何と言ったか?」
「武器を捨てて投降しろ!」
「投降? 貴様程度、武器がなくても捻り潰せるのにか?」
焦るあまりに思い至らなかったのだろうか。ドッツィはヒッと息を飲む。アルボラの見た目が若い女であることに判断を誤らされたのだろうか。
判断が誤っているといえば、ラミザを人質にしたつもりの時点で大間違いなのだが。
「……であれば、いまは見逃す。この艦を下りろ! 貴様らの黒い艦に転送収容されるがいい! さあどうだ」
「そもそも、私がアーケモス現地人をそこまで気に掛けると思っている根拠は何だ?」
「それは……、お前たちは先程地上で話し合っていただろう」
「話し合いくらいは誰でもする」
「嘘をつくな! 貴様ら魔族とはいえ、星辰同盟に属する人種だろう。アーケモスのような下等人種とわざわざ対話してやるなど、理由がなければするまい」
ドッツィは根本的に、アーケモスのことを下に見ている。意図的にではない。当然のこととして見下しているのだ。それゆえに、彼は現状を読み解くことに失敗している。
「うるさいわ」
ラミザの声がした瞬間、ドッツィの上半身が床に落ちた。彼女が切り捨てたのだ。腰の剣を抜く瞬間はほとんど見えなかった。
剣を手に持ったまま、ラミザはリサたちの方へとゆっくり歩いてくる。
「では、帰りましょう。こんなところに用などないのだから」
「ラミザ……」
「リサ、あなたは迂闊すぎよ。ああ、これまでのことは見ていたわ。アルボラ陛下、リサを護ってくれたのね。感謝するわ」
しかし、アルボラはリサの前に出て、ラミザの道を塞ぐ。
「礼には及ばない。『月の夜の狂戦士』には、魔界ヨルドミスへ来ていただくのだから」
ラミザは目を細める。真紅の瞳がアルボラを捉える。リサは、ラミザが初めてアルボラを本当に見たと感じた。
「あら、おかしなこと言うのね」
「オーリア皇帝の妻となるのだと言うのだろう? それを反故にする必要はない。ただ、居所が魔界ヨルドミスになるだけだ」
「いいえ。彼女は、わたしの大切な人だからよ」
「それは、お前の国の将来の国母という――」
「わたしの大切な人よ。いくらあなたでも、そればかりは許せないわ」
ラミザは、今度は敵意をもってアルボラの方へと詰め寄る。そして、剣をアルボラに叩きつける。
アルボラは応戦する。ラミザの攻撃を弾けば、逆側からすぐに追撃が来る。後ろに飛んで距離をとり、剣を構え直す。
アルボラの背に、黒い翼が一翼出現する。
「無論、そう簡単に済むとは思っていない」
ラミザはそれを見て、嬉しそうに微笑む。
「魔界の支配者の証であるその翼。大魔剣『ヴェイルフェリル』がなくても顕現できるとは、あなたの資質は本物ね」
「では、その真の魔王を相手にどうする?」
「何も変わらないわ」
ラミザが突き掛かり、アルボラがそれを防ぐ。しかし、衝撃が突き抜け、アルボラの背後の壁を吹き飛ばす。
「お前……! 艦内でこんなをことを!」
「その先も気密領域だとはわかっているわ。外壁は破らない。そんなことをしたら大変だもの」
「だからといって、万が一があるだろう」
「あなたの動きを読んで打ち込んでいるのだもの。問題ないわ」
ラミザは再び攻撃を撃ち込む。鋭い貫通力をもつ一撃。アルボラはそれを空冥力の盾で受け止める。
「侮られたものだな……!」
「いいえ。あなたのことを信頼しているのよ。あなたはこの程度なんでもないし、艦が大破するような回避はしない」
再び艦の内壁が吹き飛び、奥の格納庫で火の手があがる。
リサは理解した。ラミザもアルボラも、どちらも加減をしている。本気を出せば、どちらも艦の機能を喪失させるほどの攻撃を繰り出していただろう。だが、そうなってはリサの命が危うい。だから互いに力を抑えながら戦っている。
この戦いでは、どちらかがどちらかを攻めきるのは難しい。それは双方共に理解しているはずだ。
ラミザが再び突き掛かる。それに沿うように、アルボラは攻撃を受け流す。互いに相手の攻撃を読み合い、裏を掻くのではなく狙い通りに捌き合って戦いが展開していく。
アルボラは火の手の上がる格納庫へと飛び込む。ラミザもそれに倣う。
リサはふたりの後を追いかける。ここには消火設備があり、壁のノズルから消火剤らしい粉を吹き出している。
消火剤の霧の向こうで、激しく火花が散っている。リサには『未来視』で追ってもやっとだった。
そのとき、船が再び大きく揺れる。これまでの比ではない。足下から衝撃を受けた後、リサの身体は遠心力を感じ始める。
「やられたようね」
ラミザがそう言って、アルボラは肯定する。
「そのようだな。ラムス卿がこのような不用意なことをするとは思えないが」
「ヴェーラ艦からの攻撃でしょう。意図的なものか、流れ弾かはわからないけれど」
「どちらなのかは気にすべきだな。沈むまでの時間に差が出る」
「そうね。あなたが彼女から手を引いてくれるのなら、ここでおしまいにできるのだけれど」
斬り掛かったラミザを、アルボラは受け止める。
「そうはいかん。『旧き女神の二重存在』は我々にとっても必要なものだ」
「あらそう」
ラミザはそう言って更なる攻撃を仕掛けるが、不意に防御に転じる。そして、防御の上から蹴りを浴びせられ、大きく後方へ飛ぶ。
アルボラの後方で爆発が起きる。艦全体に警報が鳴り響く。あれはラミザの攻撃の余波だ。アルボラはそれを受け止めず、後ろに流したのだ。
アルボラが攻撃を防ぎきらなかったこと、それは戦いの終わりの合図だ。ラミザもそれを理解した。だからこそ、アルボラがリサのほうへ打ち出した攻撃を見て、それを防ぎながら距離をとったのだ。
「アルボラ、あなた……」
「今回は連れて行ってくれ」
リサは一瞬で距離を詰めてきたアルボラに掴まれ、ラミザのほうへと投げ込まれる。ラミザはというと、部屋の隅に接続していた箱形の部屋に押し込まれていた。
部屋の扉が自動で閉まっていく。扉の向こうに見えたアルボラは、安堵したようにリサには見えた。
大きめのエレベーターのような部屋だとリサが思ったとき、部屋の内部の照明が強く光る。
「心配ないわ。転送装置よ」
宇宙船の爆発という危機に際して、アルボラはリサたちを逃がしてくれたのだ。リサを失うよりは逃がす方がよいと判断してくれたのだろう。
「アルボラは無事かな」
「ラムスが無事なら転送収容されるはずよ」
ラミザにそう説明されて、リサは安堵した。
ふたりは光に包まれ、地上へと転送される。
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