11.3 ヘビーバトルドロイド
アルボラは剣を振り、刀身に付いた血を払う。
「ドッツィと言ったか、貴様は兵の使い方がわかっていない。あのタイプのユニットは、遮蔽物のない狭い空間で使うべきではなかったな」
ドッツィは悔しそうな声を上げる。
『貴様、大魔剣を持っていないのではなかったのか!? それに、その小娘も、……何者だ!?』
「大魔剣は持ってはいない。だが、あれしきの攻撃、魔族であれば誰であろうと容易に捌ける。……そろそろ居所を吐け。貴様らの地獄に送ってやる」
『ほ、ほざけ! ここがどこか忘れたか! 俺の艦の中では、すべてが俺の支配下にあるのだ!』
放送が途切れた。随分泡を食っていたようだが、これほど器の小さい司令のために命を散らせた兵士たちが、リサには哀れに思えた。
「アルボラ……」
リサの声にアルボラは一瞬反応したが、すぐに前方を見やる。
「艦橋へ行こう。やつはそこにいるだろう。もしいなかったとしても、占拠してしまえば艦を奪える」
リサもそれには同意だった。アルボラもここへ強制的に連れてこられた身なのだ。意見の一致はありがたい。警戒を続けておくに越したことはないが、いま現在、彼女からの敵意が感じられないことは歓迎できる。
リサとアルボラが艦橋に辿り着くと、意外にも、ドッツィはそこにいた。逃げも隠れもしていないことに、リサは驚く。
彼の周囲には武装した兵士が何人かいたが、すでに恐怖している様子に見える。ヘルメットのせいで顔は見えないが、身体がこわばっている。
「貴様がドッツィか。魔族を侮った罪、その命で贖ってもらおう」
アルボラが声を張り上げると、ドッツィは平然そうに振る舞いながらも身震いする。
「じ、実物を見てみれば、たいしたことはないな。これが魔王とは呆れたものだ」
「目が腐っているのか? それとも腐っているのは感性か?」
「それになんだ、もうひとりの小娘は? お前はなんだ?」
ドッツィが初めて自分に向けて言葉を発したので、リサは答えようとする。
「わたしは――」
「答えるな」
アルボラの左腕にそっと制止され、リサは言葉を打ち切った。リサにはまだ、彼女の意図が理解できない。だが、これはきっと意味のあることなのだろうと思った。
ドッツィは、リサの回答を待たなかった。
「まあいい。おおかた、転送で巻き上げたアーケモス原住民だろう。ヨルドミスの女王の近くにいたのが、運が悪かったと思え」
「貴様は判断が悪かったようだな」
「ぬかせぇ! ここは俺の艦だと言っただろう! お前たちとて、これを相手にはできまい!」
ドッツィはアルボラに向かって吼えた。やはり焦りが見える。どんな手があるとしても、魔王アルボラを前にして対峙するのは、ヴェーラ人といえど恐ろしいことなのだろう。
ドッツィの声と同時に、扉を叩き破って、大型の戦闘機械が艦橋に飛び込んできた。高さはリサの倍以上。脚が四本、腕が二本ある重機のような機械で、腕と脚、それから胴体に大口径の彗星銃を搭載している。
「な――」
リサは即座に空冥力の盾を展開したが、そこへめがけて打ち込まれる光弾が重い。要塞攻略に使用するような彗星砲にほとんど近いのではないかと思い至る。
見かねてか、アルボラがリサの前に出て、空冥力の盾で敵の光弾を防ぐ。リサは、アルボラの敵意がないことを確信する。彼女は護ってくれているのだ。
戦闘機械がアルボラに向かって腕を振り回し、周囲のクルー座席や機器を吹き飛ばす。アルボラは剣で戦闘機械の腕のブレードを捌き、光弾を回避する。
リサは『未来視』を用いて戦闘機械の背後に回り込んだ。そして、その左腕に光の槍で斬り掛かる。しかし、威力が足りないのか、斬り落とせない。堅固な金属でできているのか、あるいは、それ自体が空冥力で護られているのか――。
戦闘機械の腕はぐるりと回り、リサの頭に刃を突きつける。それが頭部を貫く前に、リサは宙返りして回避する。『未来視』があればこそ、逃げ回ることはできる。だが、これでは攻勢に出られはしない。
「じゃあ、あれか――」
リサは光の弓のことを考える。あれを上手く扱うことができれば、あるいは突破できるかもしれない。しかし問題は、その余裕があるか、だ。
そのとき、艦が大きく揺れる。戦闘機械の照準が狂い、敵の兵士たちが巻き込まれて倒れていく。意味もなく連射される彗星銃。リサは光弾の軌道を読んで回避する。
「な、なんだ!?」
ドッツィが叫びを上げ、艦橋前方に艦外の状況が映し出される。
宇宙の側でも戦闘が始まっている。黒くペイントされた一隻の戦闘艦が、紅いヴェーラ艦艇と戦っている。
状況はまだ動き続けているらしい。リサはそう思った。うまく対処すればこの状況を切り抜けられるかもしれない。
しかし、ヴェーラ軍は何と戦っているのだろう?
「あれはヨルドミスの戦闘艦だ。……ラムス卿か?」
アルボラの反応を見て、リサは納得した。魔族だって、魔界ヨルドミスという別の惑星から来たのだ。魔侯爵ラムスが、君主であるアルボラを助けるために宇宙船で来たのだとしても不思議はない。
ドッツィが焦燥とともに怒鳴り散らす。
「くそっ! 魔族の艦など撃ち落とせ! この艦に近づかせるな! せっかく魔族の女王を単独で捕まえたのだ、今のうちに無力化しろ!」
「やはり、お前のことには気づいていないようだな」
アルボラがそう呟いた。「お前」というのが自分を指すことにリサは気づいたが、その言葉はドッツィには聞こえなかったようだ。
次の瞬間、白刃が閃き、アルボラの剣が戦闘機械の胴体部分を縦に切り裂いた。金属を切り裂くにしても随分と激しい破裂音がした。どうやら、戦闘機械の表面に施されている防御を無理矢理貫通する際にけたたましい音を発したらしい。
「艦内戦には不慣れでな。艦を破壊せずに倒さねばならないのは骨が折れたぞ」
アルボラは剣の切っ先をドッツィに向けた。彼は息を飲む。彼は彗星銃を連射したが、打ち出された光弾はいずれも、彼女の空冥力の盾で弾かれる。
もはや圧倒的に有利な状況だ。アルボラがドッツィを仕留めれば、これでこの場の戦いは終わる。ドッツィは無謀にも、最大の敵をわざわざ艦内に招いたというわけだ。遠距離から五つの艦で攻撃していれば、こんな事態にはならなかっただろう。
どれほどの敵であっても、リサには、一方的に攻めるだけの状況で相手を殺すことには抵抗があった。だからといって、相手に背を向ければ襲ってくるだろう。抵抗があるとはいえ、やりきらねばならないことも、リサは理解していた。
そのときだった。ドッツィの傍らの空間が光ったのは。光は一瞬で、そこへ人間が現れた。転送だった。
「ラムス卿か? いや、これは――」
アルボラはドッツィではなく、転送の光の方を向く。リサには、アルボラが敵の司令よりもその光の方を脅威と捉えたように思えた。
光が止むと、リサにはその人物の姿がようやくはっきりと見えた。
ラミザだった。