2.3 登場、光の槍の少女
「リサ……ッ!!」
ノナはかすれたような、絞り出す声でその名を叫んだ。彼女は虚空を見上げている。
御影や安喜少尉、日本人空冥術士たち、そしてベルディグロウも、同じように空を見上げた。
彼らの視線の先には、マフラーをはためかせた少女――リサが、外灯の上に立っていた。
当然ながら、この妙な状況下で、『宇宙革命運動社』、『大和再興同友会』、双方の男たちがざわめいている。
「なんだあいつは」「あんなところで何をしている」
けれども、リサは足下で騒ぐ男たちをまるで意に介さず、夜の闇によく響く声で言う。
「その子を解放して!」
しかし、『大和再興同友会』の男たちは互いに顔を見合わせ、そして、大笑いした。
何を考えているんだ、あの小娘は。解放しろと言って解放するわけがないだろう、というのが彼らの考えだった。
だが、御影の反応は大方の連中とは違った。彼の目に映る少女は、伊達や酔狂でこんなことをしているのではない。
「……様子がおかしい。なんだ、あれは」
安喜少尉も御影と同意見だ。
「ええ、あの子の左手……。あの籠手は……、星芒具!」
リサが左手を前に掲げると、指先に火花が散った。そして、左手を水平に薙ぐと、リサの前に光でできた槍が出現する。彼女はそれを手に取り一回転させると、外灯の上で構えた。
「これが最後の忠告! その子を解放して!」
御影や安喜少尉たちは「この場で起こる闘争の鍵を握るのは空冥術士たちだ」と正しく認識していた。しかし、こんな形で「野良の」空冥術士が飛び入り参加するとは、さすがに予想できなかった。
しかも、少女が着ているのは都立四ツ葉高校の制服。つまり、御影の妹の鏡華の通っている学校の制服だ。
「ノナさん、と言ったね」
御影はリサから視線を逸らさず、そばに立っているノナにそう尋ねた。
「は、はい」
「貴女は四ツ葉高校の生徒会に関わりがあると言っていたね」
「はい」
「それなら悪いが、あとで質問をさせてもらうことになりそうだ。色々とね」
冷静に洞察している御影とは正反対に、一方、『大和再興同友会』の面々は騒いでいるばかりで、鏡華を解放しようという動きはなかった。
それどころか、リサの立っている外灯の下に、三人の男たちが日本刀を持って集まってきたのだった。彼らはいずれも空冥術士だ。
リサは足元に集まる『大和再興同友会』の男たちを見渡す。見定めているのだ。
『大和再興同友会』の空冥術士五人のうち三人は、リサの足下で構えていた。一方、残りのふたりは『同友会』の陣地の一番前に立って、『宇宙革命運動社』と睨み合いをしている。このふたりは幹部格だろうと、御影には解った。
もちろん、リサにも、同じように見て取れていた。だから、リサの言葉に対する反応が『同友会』の陣地のほう――幹部の側から発されることに、なんの違和感もなかった。
幹部のうちひとり、年齢の高いほう――壮年の男がリサに答える。
「人質の娘の同級生か知らんが、一対三で勝てるとでも思っているのか」
「勝てるとか、勝てないとかは考えたこともないね。わたしは、やるべきことをするだけだ」
そう言うや、なんとリサは外灯から飛び降り、空冥術士の男ひとりを斬り伏せ、着地衝撃を抑えるために地面を転がった。
ひとりが倒れたのを見て驚いた残りの空冥術士たちが日本刀でリサに斬りかかったが、立ち上がったリサは光の槍でそれを跳ね飛ばし、一瞬のうちに二名を叩きのめした。
リサのまわりには、合計三人の空冥術士の男たちが倒れている。リサは息ひとつ乱していない。
なんという鮮やかさだろうと、御影は舌を巻いた。熟練度か、あるいは才能か――リサの空冥術の腕は、『同友会』や『運動社』の誰よりも、もしかすると国防軍の誰よりも上を行っている。
「かっ、掛かれっ!」
鬨の声とともに、『大和再興同友会』の男たちが次々にリサに襲いかかる。
しかし、リサはその集団に真っ正面から突撃し、片端から跳ね飛ばし、また切り捨てて突き進んだ。
敵の攻撃がリサの肩をかすめる。当たった、かと思われたが、リサはまるで敵の攻撃をすり抜けるように、踊るような足取りで回転し、反撃に転じ、並居る敵を散らす。
リサはこの空冥術について気づいていることがあった。
それは、光の槍のような不思議な武器が使えるということだけではない。
空冥術の発動中は、身体能力の底上げがなされており、かつ、敵の攻撃が回避しやすいということだ。
それから、大型トラックを駆け上がると、鏡華のそばに立っていた男を光の槍で叩き落とし、鏡華を縛り上げているガムテープを斬った。
救出に来た人物を間近に見て、鏡華は驚いた。
「リ、リサ……! あなたどうして」
「ごめんね、鏡華。説明はあと」
リサは鏡華を護りながら、トラックに登って来ようとする男たちを光の槍で攻撃する。
『大和再興同友会』の態勢は完全に崩れたと御影は見た。それも、飛び入り参加の少女によってだ。彼女は妙に強い。とはいえ、この少女を敵の渦中に置いたままにもできない。手は早めに打っておいたほうがいいだろう。
「少尉」
御影がそう言うと、安喜少尉は彼を見てうなずいた。
「……各員、突撃します。淡路は作戦通り、澄河さんの妹さんを守ることを最優先に。残りはとにかく『同友会』を無力化します」
御影はもとより、『運動社』代表の笹山、そして三人の空冥術士たちはその方針を了承した。