【短編】「離縁するなら出ていくのは女だぞ」ですって? わかりました。家を出て自由気ままに身勝手に生きていきます!
その日は特に疲れていた。
帰宅し、ベッドに直行すると、夫が腰を振っていた。
妹と。
「ハハッ。やっと気づいたか」
夫は裸でも強気の姿勢を崩さない。
どうやら恥ずかしくはないみたい。
私のベッドなのに。
「出てって」
「離縁するなら出ていくのは女だぞ。当主は俺だ。クレアは今まで通り、何も考えず働いていればいいんだ」
同じく裸の妹は「プッ」と吹き出した。
「あらやだ。こらえきれなくて。どうしてお姉様はオシャレもしないのかしら。いつもヨレヨレで、みっともない」
「ああ。マディのプルプルの唇はかわいい。最高の身体だ。ゲヘへ」
「キャハ。カサカサのお姉様、わかってる? 女神は私なのよ?」
「ったく。色っぽい美人揃いの家門なのに残念な女だよ」
やっと眠れると寝室を開けたらこれ。
裸でオシャレを語るな。妹よ。
はしゃぐ二人を眺める体力もなくて、ふらふらと屋敷を出る。
すると、向かいの屋敷の幼馴染ダクベルと目が合う。
その瞬間、気が抜けた私は意識を失った。
「過労です。このままでは命も危ない」
「なんてことだ」
「彼女にはなぜかポーションが効かないのです」
目を開くと、医者とダクベルが話している。
昨日作ったポーションは一万本。限界だった。
また沼に沈むように眠る。
そして目を開けると、ダクベルの心配そうな顔が見えた。
黒髪のダクベルも私と同じ十八歳。
「クレア? 起きたのか?」
「あ…うん。朝?」
「ああ」
「助けてくれてありがとう」
「偶然クレアが見えてさ。驚いたよ」
「偶然?」
「あ…ああ。もちろん。ポーションはさ。金をとるべきだよ。無料で配るから、人がむらがるんだ。もう貰って当たり前で感謝もないんだろ?」
「お礼を言ってくださる方もいるのよ?」
「人は死ぬべきだ。陛下なんて、今年で三百歳だぞ? 王太子殿下が王になれないまま、二百七十五歳だぞ?」
代々私の家門には、光の力を持った者が生まれる。
額への口づけで病を治し、患部に触れれば傷を治す。
私はさらに特殊で、水をポーションに変えた。
「おお! なんと素晴らしい! 人々の喜ぶ顔が目に浮かびます。クレアは、たくさんの命を救えるのですよ」
大喜びする大神官様の元で、十歳の私はポーションを作り始めた。
両親が健在の十二歳までは、頼まれた時だけ。
今はポーションを作るだけの生活。
辛くないと言えば嘘になる。
けど私しかできないのだから休めない。
「ロブが私のベッドで腰を振ってたの」
「そ、そうか……」
「マディと一緒に」
「あん? なんだって? なぜクレアの夫が妹と?」
「わかんない。離縁したら出ていくのは私だって。そうなの?」
私が結婚したのは、公爵のお父様が亡くなった十二歳の時。
「女は当主になれない。家門を守るために、神官のロブと結婚しなさい。ほぅら。とってもかっこいいだろう? 王国一の色男だ」
大神官様に言われるまま、初対面のロブと結婚した。
「クレア。家も神殿も、捨てちゃえばいい。ポーションが病人も怪我人も助けるのは事実だが、経由する神殿が怪しすぎる」
「捨てるのは私なの? 私が生まれ育った家なのに? 納得いかない」
「クレアは報われてなさすぎる。俺じゃダメか? 欲しいものはなんでもあげられる。ずっと好きだったんだ」
私も幼い頃、ダクベルが好きだった。
光の力を持つ「白の公爵家」直系長女が私。
闇の力を持つ「黒の公爵家」直系長男がダクベル。
「あの子に近づいてはなりません」
「どうしてですか?」
「異なる力を持つ家門の間に生まれた子は、力を持ちません。力のない子なんて、力によって権力を保つ家門には、要らないのです」
叔母様は、淡く幼い初恋さえ許さなかった。
王宮を除けば、王都で最も大きな二つの屋敷。
それが、ダクベルと私の育った環境。
それに十二歳のダクベルは、結婚相手として頼れる男とは程遠く、なんなら意地悪でさえあった。
くすぐったり、私の髪のリボンをほどいたり、からかったり、私はやられっぱなしだった記憶。
そして私が結婚を機に会うこともなくなった。
私にとって初恋は、初恋に過ぎない。
「ごめんなさい。ダクベル」
「クレア…って、おい、どこ行くんだ?」
「神殿。離縁するにしても大神官様に相談する」
「なぜ?」
「ロブは神官だもの。大神官様には逆らえないわ」
「わかったよ。神殿に送るよ」
馬を降りて、裏から神殿に入る。
戦争の英雄ダクベルは有名人。
鈍色のフードマントを深くかぶり、身を隠す。
突然、ダクベルが私をマントに包んだ。
ダクベルの心臓の音がする。
さらに大神官様と夫の声がする。
「なに!? 妹を抱いてたのがばれた? 何をやってるんだ! せっかく親を殺してまでクレアを手に入れたんだぞ」
「なーに。すぐ戻ってきますよ。頭が十二歳のまんまのポーション製造機です。一人じゃ生きられません」
「父親が『クレアを守る』と騒いだ時もワシの権威が揺らいだんだ。もう面倒は許さんぞ。早く子を作れ。奴隷は多いほどいい」
「もちろんです。大神官様。毎晩、白の家門で励んでます。ゲヘへ」
目の前が真っ暗になる。親を殺して?
信頼していた大神官の言葉で、グルグル、グルグル混乱する。
大神官にとっても、夫にとっても、私は人ですらなかった。
「クレア。帰ろう」
抱きかかえられながら、なんとかダクベルの屋敷に戻る。
「ねぇ。お父様とお母様は殺されたの?」
「俺も知らなかった。父に聞こう。少し横になっていて」
頭がまともに働かないほど疲れているのに、眠れない。
私は親を殺した相手の下で働いていたの?
ばかみたい。……ばかなのか。
「クレア……。こんなにやつれて……」
「黒の公爵様。ご無沙汰し……」
「起き上がらなくていい。横になっていなさい。私の知る限りだが説明しよう」
「……はい」
「昔は、病気なら人は医者か神官を頼ったんだ。白の公爵家を頼るのなんて、王族か高位貴族だけだった。ところが、クレアが生まれた。クレアの力は?」
「ポーションを作ります」
「ああ。一滴でも怪我を治す水だ。数滴を求めた人に無料で与えた。すると奇跡の水の噂はたちまち広がり、屋敷の前には常に大行列。その行列を捌く手伝いを申しでたのが、起死回生を狙った大神官。ポーションと名付け、国中に広め、神殿は肥大化した」
「元凶は私?」
「良くも悪くも、ポーションは国を変えた。人口は爆発的に増え、死なない兵を持った陛下は周辺国を侵略し続けた」
「戦争が私のせい……?」
戦争で命を落とすことのないように必死でポーションを作った。
ポーションがあるせいで、人は戦う?
考えたこともなかった。
「最強の武器がダクベルなら最強の装備がクレアだ。戦争は武器屋のせいか? だが責任を感じた白の先代は、クレアを隠そうとして襲われた。まさか大神官の指示だったとはな……」
「私のせいで……」
「白の先代は『ポーションは人を狂わせる』と言ってたよ。陛下は中毒で毎晩舐めてるらしいしな。もう充分だよ。クレアほど命を守った人はいないんだ。我が家でクレアを守ろう。ダクベルと結婚すればいい」
「私では跡継ぎが産めません」
「他の女に産ませればいい」
黒の公爵様は私のためにおっしゃった。
だけど、その女性にだって心はある。
とうてい受け入れられない。
「嫌です。ダクベルとは結婚しません」
「どうして? クレアは充分苦しんだんだ。ダクベルは最強だ。クレアを守るよ?」
私は、守ってもらわないと生きられない存在なの?
ただでさえ頭は、どす黒く渦巻いていて、許容量が狭い。
公爵様の思いやりからくるはずの言葉が、チクチクと私を刺す。
「私は逃げません。大神官とも、夫とも戦います」
「か弱い女じゃムリだ。大神官を法廷に立たせ、罪を償わせるなんて不可能だ」
法廷……。
確かにポーション製造機の私は、知識に偏りがあって、どうやって大神官を法廷に立たせるのかもわからない。
でも私は弱くない。
今、私の心を占めるのは、悲しみより怒りだ。
「どうすれば私が家門を継げますか?」
「法を変えなければいけない」
「どうやって?」
「法を変えるには、まず議員にならないといけない。議員に女ではなれない。女には選挙権もない。まあ、最終決定は陛下だが。クレアには難しすぎる話だろ?」
むしろ私には簡単に思えた。
だって最終決定がポーション中毒の陛下だから。
「お世話になりました。神殿に行きます」
「まだポーションを作るのか!?」
「いいえ。大神官が夫と私、どちらを選ぶか試してみます」
「……なるほど」
「神殿が大神官と私のどちらを選ぶかも」
「なるほど……!」
「クレア。俺が嫌いでも、護衛くらいはさせてくれ」
「嫌いじゃない。でも、もうだれかの言いなりにはなりたくない」
「うん。凄くいいと思う」
また、ダクベルの馬で神殿に向かった。
「大神官様。私はもうポーションを作りません」
「いったいどうした? 悩みがあるなら話してごらん?」
大神官やっぱり善人に見える。声はとても柔らかい。
私の親を殺しておいて完璧に微笑む。今まで通りに。
悔しい。だけど私も無邪気に微笑む。今まで通りに。
「ロブが、離縁するなら出ていくのは私だと。ですから、私は出ていくのです。さようなら」
「待ちなさい。クレア。ロブは思い違いしてるようだ」
「ですよね。ロブを法廷に立たせ罪を償わせてください」
「だったら、全神官を大聖堂に集め、そこでロブを処罰しよう。法廷と同じことなんだよ。一時間だけ待ってなさい」
「ではお任せします」
今の私は、大神官が私を騙す気満々だとわかってしまう。
でも、人が集まるのはとてもいい。
時間つぶしに、私はダクベルと神殿を散歩した。
廊下の壁一面に続くカラフルなステンドグラスは芸術的。
柱も彫刻が見事。並ぶ燭台は金。
「豪華になったなぁ。相当儲かってるんだな」
「ポーションは無料なのにね」
「金払っても、だれより先にポーションが欲しい人は多いんだろうな」
ダクベルは呆れる。
私はいつも同じ道を、景色も見ずに急ぎ足で通っていた。
神殿が儲けているとも考えず、いや、特に何も考えず、毎日働いていた。
ポーション製造機だったんだろう。
もう終わり。
今度は私が神殿を利用する番。
「クレア! どういうつもり! ロブに何する気!?」
大聖堂に入るとすぐ、妹が寄ってきた。
着席した三百人近い神官の耳が、甲高い妹の声に集中する。
「ねえ。マディはどうしてロブがいいの?」
心底不思議。だって神官も騎士も男だけ。
自由なマディは恋人も結婚相手も選び放題なのに。
「かわいい私が愛する夫を奪ってやったのよ! ふふふ。悔しいでしょう?」
「もう要らない。欲しいなら。どうぞ?」
「要ら……え? 毎朝、仲良く出勤してたじゃない!」
「今思えば見張りだったのかもね。仲良くどころか『ゲヘへ』って笑い方が、公爵どころか、下っ端ぽくて苦手だったわ」
「笑い方は、まぁ……」
「マディは男がたくさん欲しいのね。ロブは、力を持つ子が欲しかっただけみたいよ?」
「まさか!?」
「夫選びは慎重にすべきだったのに。十二歳の私は愚かだった。さ。大神官様。ちょうど一時間ですが?」
大神官と夫は、ステンドグラスがひときわ豪華な大聖堂の、壇上にいる。
「ロブを破門、国外追放とする」
「へ!? 大神官様のご命令で動いていましたのに??」
「なんのことだ?」
大神官は優しい微笑みを崩さず、ロブを切り捨てる。
驚き慌て、憎々し気にロブは大神官を睨みつけるけど、正直、予想してた。
私の代わりはいないけど、ロブの代わりは、ここにずらりといる。
でも、追放なんかでごまかさせない。
私は大聖堂に響き渡る声を出す!
「ロブ。最後に教えて! 私のお父様とお母様を殺すよう命じたのはだれ?」
「大神官だ。こいつは神を気取る極悪人だ!」
ブスッ。大神官は金の燭台をロブの喉に刺した。
それはもう本当に素早く。何の躊躇もなかった。
これが大神官の本質なんだ。
さぁ。この人数の目撃者は、大神官を許すかしら。
先陣を切り、見捨てるのは私。
「私は二度と、こんな大神官とは働きません。では」
「こ、困ります! クレア様。ポーションを作ってくださいっ!」
一人の神官が立ち上がった。
「でしたら神殿の力で、大神官を法廷に立たせてください。神殿がどう生まれ変わるのかを見せてください!」
言いたいことだけ伝えて、さっさと大聖堂を出た。
扉の中では怒号が飛び交う。
ポーション製造機の私は、心が壊れてるみたい。
私の言葉で惨劇が起きても、まったく心が痛まないのだ。
「ワシをだれだと思ってるんだぁ! ワシこそが神だ!」
大神官の呆れ果てる断末魔が聞こえた。
もう、どんな結果になろうとも大神官は終わりだ。
「ハハ。おぞましいほど驕り高ぶってるな。まだどこか行くの?」
「お城の舞踏会。陛下に公爵位をねだりに」
「ハードな一日だな」
「そう? 私にとっては楽だけど。ダクベルも一緒に行く?」
「もちろん。せっかくだ。正装しよう!」
ダクベルの屋敷で着替える。
「なぜ私に合うサイズのドレスがあるの?」
「偶然だよ。クレア。すごく似合う。きれいだ」
「ふふ。ダクベルがそんなこと言うなんてね」
「ガキの頃は、好きな女の子に意地悪しちゃうもんなんだ」
「黒の公爵家、白の公爵家が揃い踏みとは珍しいな」
ポーション中毒の陛下は、私を見かけると我先にと寄ってくる。
隣には三十一番目の王妃殿下もいる。
「先ほど私は夫を亡くしました」
「ああ。神殿の騒ぎは耳に入ってきた。早く再婚を」
「いいえ。女の私が公爵家を継ぎたいのです」
「そうかそうか。よし。女が家督を継ぐことに反対する者はおるか?」
陛下はホール中に響き渡る声で尋ねた。
もちろん、だれも声を出さない。
法が立派でも頂点が中毒者なら意味をなさないのだ。
「これで白の公爵家はそなたの物だ。さぁキスしてくれ」
求められれば祝福のキスをする。
これが光の力を持つ者の宿命。
叔母様も妹も、やっていること。
「おお! 力がみなぎる! 白い光が弾けそうだ!」
興奮する陛下の横で、妃殿下はひっそりため息を漏らした。
「クレア。もう帰ろう」
ダクベルに手を引かれ、豪華なお城を後にする。
城門を出る直前、馬車が兵士に囲まれた!
「クレア様。陛下がお呼びです。城にお戻りください!」
「やっぱりな。陛下もクレアが欲しいんだ」
「だったら、さっき捕まえればよかったのに」
「衆人環視の中でボロを出す人間ばかりじゃないよ。俺に任せて」
「いいえ。私が」
「やだよ。一度くらいかっこつけさせてよ」
「……。兵を殺さないで」
「クレア。俺は自分のために力を使ったことはないよ? 大丈夫。俺が顔を出すだけで充分だから」
ダクベルは扉を開け、別人のような低い声を出す。
「どけ。無駄死にしたいか?」
一人が道を空けると、他の兵も続いた。
「化け物が……偉そうに」
聞こえよがしに兵が言った。
なのにダクベルは気にせず扉を閉じ、馬車は走り出す。
「クレア? 大丈夫だよ。俺は嫌われるの慣れてるから」
「慣れた……の?」
「そりゃね。英雄なんておだてられたところで大量殺戮兵器だ。懇願でも命令でも、結局、利用されるだけのね」
ダクベルの闇の力は私の対極。
治すより壊す方が苦しいに決まってる。
騎士が一人倒す間に、何百倍も倒せるんだから、心の負担だって大きいはず。
「陛下はさ。兵器に意志なんて持たせたくないんだ。ずっと逃げたかったのは俺」
「逃げて家はどうするの?」
「公爵家を欲しがる人間なんていくらでもいるよ。親戚ってさ、守らなきゃいけないのかな?」
着替えて帰宅すると、玄関に銀髪の親戚が集まっていた。
親戚は子だくさんが多い。
陛下のお子も三桁を越えるけど、私のハトコまで合わせると白の家門は四桁を越える。
なぜか妹を最後に、力を持つ者が生まれないから、どんどん産んでいる。
「陛下が女当主を認めると聞きました。クレア。安心しなさい。私が当主となるから」
「では叔母様が公爵家を守ってくださるの?」
「ええ。任せなさい。クレアは何も心配しないでいい」
「嬉しいです。肩の荷がおりました!」
「クレアはポーション作りに集中しなさい。今度はこの屋敷で」
ここもか。
ものすごい虚しさに襲われる。
私を取り囲む親戚の顔が、今は卑しく歪んで映る。
「もう私はポーションを作りません」
「苦しむ人を助けるのがクレアの生きる理由でしょう?」
「どうしてみんな、もっともっとってなっちゃうんだろう」
「わがままを言うなら、白の家門を出ていきなさい!」
「喜んで」
「ちょ。待って! 待ちなさいッ!」
玄関を出ると黒い馬車が停まったまま。
馬車に飛び乗る。
「待っててくれたの? ありがとう。ダクベル」
「もうさ。うんざりしない? 一緒にこの国を捨てない?」
「どこへ?」
「どこでも。暖かい国がいいかな。ちょっと休憩するだけでもいいからさ。考えてくれない?」
ダクベルが、傷つき、弱ってるのがわかる。
なのに、ダクベルが優先するのは私の心。
黒の公爵家に、ちょうど公爵様の馬車も戻っていらした。
「神殿は大神官を埋めたぞ。過去の贈賄を隠したいんだろう。神殿を腐敗させたのは大神官本人だから、自業自得だ」
終わった。復讐が簡単に完了した。
一日で、私の人生は大きく変わった。
守りたいものも、もうない。
「ぽっかり心に穴が開いたみたいです」
「さっき妃殿下に『女公爵の何が問題ですの?』と笑われたよ。年を取ってワシの頭も岩みたいにカチコチになっていたようだ。反省したよ」
「では『他の女に産ませればいい』なんて二度とおっしゃらないでください」
黒の公爵様は一瞬目を見開いて、天を仰ぎ、その後、ひざをつく。
「やっぱりワシは傲慢になっていたな。すまなかった」
「……許します」
私は黒の公爵様の額にキスした。
すると公爵様はシャキッと立ち上がる。
「おお。すごいな。これは効く! 狂う人間がいるのがわかるよ」
「フフ」
「だが、ワシには光の力は効かないはずなんだけどなぁ」
「それは私が最強だからです」
「そうか。ワハハ。クレアの方がワシより強かったか!」
そして私は、ダクベルと小さな島に移り住んだ。
闇の力の存在も、光の力の存在も、だれも知らない島。
小さな畑を耕し、鶏十羽と牛一頭と暮らし始めた。
「日焼けすると、ダクベルはさらにかっこよくなるね。舞踏会もかっこよかったけど」
「俺にかっこいいなんて言うの、クレアだけだよ。嬉しすぎて泣いちゃいそう」
「大げさね」
「大げさじゃないよ。クレアは俺の光だ。クレアを一目見れたら、それだけで生きていてよかったと満足する一日を、ずっと繰り返してたんだ」
「よく門の辺りにいたよね?」
「ばれてた? 片思いの相手が向かいの屋敷に住んでるなんて奇跡だもん。そりゃ見ちゃうよ。嫌だった?」
「嫌なら、ここにいないわ」
照れて赤くなるダクベルは特にかわいい。
私もダクベルも知識はとても偏っていて、力を使わないと、何もかも人並み以下。
建てた鶏小屋に隙間があり、逃げる鶏を追いかけまわしたことも。
でも、そんな失敗もダクベルとだと楽しい。
ささくれた心が癒される、のんびり穏やかな日が続く。
ただまぁ、黒の公爵様経由で、手紙は届く。
『お姉様。私はキスしないと治せないでしょ。国中の病人にキスするのは本当に大変なの。早く帰ってきて』
「クレア。どうしたい?」
「マディもやめればいいのに。私はキスが嫌だったもん」
「嫌なの?」
「うん。もうしたくない」
「……そうなんだ」
どんなにギトギトでもベタベタでも、祝福のキスをするのが白の家門の宿命。
それが国中なら、かなり過酷だ。
思ったままを妹に返信する。
『やめちゃえば? 自由気ままな生活は楽しいよ?』
『は? 私はやめない。たくさんの超絶美形をはべらせてるの。私の方が楽しいわ。羨ましいでしょ? 勝ったのは私よ!』
「欲しかった物を手に入れて、クレアの妹も幸せそうだな」
「そうね。一人でたくさんの男を支えるのは大変だろうけど、楽しいならよかった。私は一人でいいけど」
「え……俺?」
「うん」
私の心を守りたい人は一人。
だから私の守りたい人は一人。
やっとわかった。
『王国の唯一無二の英雄ダクベルよ。ダクベルの不在を属国に知られてしまった。大至急戻るのだ。ポーションも連れてな。それが力を持つ者の矜持であり義務だ』
「また陛下から?」
「俺らがいなきゃ滅びる国なら、滅びればいいんだ」
ダクベルに頼って勝利していた王国は、あっさり滅びた。
待ち続けた王太子殿下は王になれなかった。
白の家門も他の貴族同様、離散した。
『黒の家門は独立した。戦争に一切介入しない中立国を目指す。ワシに任せろ!』
「これからは黒の王様と呼ばなきゃ」
「ハハ。父上は怖いくらい元気だな」
「ダクベルがいないから?」
「なのかな? まぁ。父上は力に溺れず法を重んじる人だから、王に向いてると思うよ」
ダクベルと私は、もう力を使わない。
戦うのも、助けるのもやめた。
「助けたくなる?」
「とても。でも、もう繰り返さない」
だけど。
親切に畑仕事を教えてくれたお婆さんが苦しんでいる。
目の前にいるのに助けないのは罪悪感が溢れる。
嫌な脂汗が滲み出てくる。
「我慢できない時は、助けちゃえば? ばれたら引っ越せばいい」
「うん! 助けちゃう」
私は身勝手に、自分が助けたい時だけ助けることにした。
「ダクベルは、力を使いたくならないの?」
「ないよ。俺はクレアに夢中だもん」
最強の英雄ダクベルは私にはヒヨコみたい。
私について歩く。
「なんで背中をつんつんつつくの?」
「わかってる? 俺に触られて怖がらないのはクレアだけなんだよ? 嬉しいんだ」
「だめ。くすぐったくて、せっかく集めた卵を落としちゃう」
「過労でクレアが倒れた日さ。クレアを馬に乗せたろ? 一日で何度もくっついたろ? もう死んでもいいと思うほど幸せだった。あんな、あったかいの初めてだったんだ」
真直ぐ見つめられると、嬉しさと恥ずかしさで、心臓がギュッとなる。
力じゃなくて私を見てくれる。それが嬉しくて、照れくさい。
「だれでもいいの?」
「わかってるくせに! 意地悪だな。クレアしか触りたくないよ。大好きなんだよ?」
「昔はダクベルが、からかったりして意地悪だったのにね」
釣りでも、ぴったりとダクベルはくっついてる。
「海はこーんなに広いのに。竿が近すぎたら釣れないでしょ?」
「くっついてたいんだよ。愛しくてたまんないんだ。ねぇ。結婚してよ。お願いだから」
「結婚すると、なにが変わるの?」
「……言わせないで。必死で我慢してるんだから」
「神殿に行くの?」
「神殿じゃなくてさ。俺たちは海に誓おう。病める時も健やかなる時も、一生愛し続けると」
「うん。愛し続ける」
「わ。やば。涙でちゃう……生きててよかった。俺が幸せになれるなんて。夢みたいだ」
その夜ダクベルは、私の胸元のリボンを、恐る恐る引っ張る。
「なんでそんな緊張してるの?」
「そ、そういうこと言わないで」
「そもそも、どうしてリボンをほどくの?」
「結婚したんだよ? 初夜もするよ? こんなふうにクレアは無防備だから、俺は我慢が大変だったんだ」
「初夜って何? 前回は十二歳で結婚したから、色々略式だったの」
「え!? クレアは乙女なの?」
「どういうこと?」
「……どうやって子ができるかは知ってるよね?」
「よく知らない。でもロブは白の家門で毎晩励んでるって言ってたよ?」
「ああ。なるほど……だからロブは強気だったのか……きっと他にもいたんだな。くそ。大切な記念日に、忘れたかった笑い声を思い出してしまう」
「知りたい。ちゃんと教えて?」
ダクベルがベッドにあぐらをかき、うーんとうなる。
「あのさ。ロブがベッドで腰を振るの見たんだよね?」
「うん。わからないって、あの時も言ったよ?」
「……わからなかったのか」
「ダクベルも腰を振りたいの?」
「え。振りたいか、振りたくないかと聞かれると、振りたいかな」
「振るの?」
「ふ……振らない。いや。違う。いや。今日は振らない」
ダクベルは真っ赤になって、私の胸元のリボンをきちっと結んでしまう。
「私ね。ロブに『色っぽい美人揃いの家門なのに残念な女』って言われたの」
「クレアは残念どころか、かわいいよ! 困っちゃうくらい魅力的だ」
「お父様とダクベルだけよ。私にかわいいって言うの」
「ぐっ。今……お父上は思い出したくなかった」
「なぜ?」
「よし。クレア。ゆっくり進もう。会えなくなった十二歳からやりなおそう。手を繋いで遊んだりさ。大好きだよ」
「うん。十二歳からやりなおそう」
私のおでこに初めてのキスをした。
嬉しい。だから私も。
「あ。そうきた?」
「ん?」
「最強はクレアだ。俺より強い。俺の全身を光の力がみなぎる……。ぅわぁ。たぎる! 人口が増えるわけだ」
「病を治す以外の力が?」
「健康な人間だと別の作用があるみたいだ。こ……これは……かなり……過酷」
「ダクベル!? 辛いの?」
「……辛い……いや……辛くない。……ゆっくり……進むんだ! ……大丈夫。俺を……信じて」
何度もキスした。
十月十日後、私は黒髪の男の子を産んだ。
「この子には力がないね。よかった……」
「ああ。本当によかった……」
ダクベルはたった一人の心からわかり合える人。
私の心を大切にする最強の人。
でもね、私にだけ抗えないところがかわいいの。
私も、好きな子には意地悪したくなっちゃうみたい。
十二歳の頃の仕返しを、今楽しんでる。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
お似合いの二人のハピエンです!!
もし面白いと思って頂けましたら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願い致します。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、塗ってを頂けると、めちゃめちゃ喜びます!
どうぞ、よろしくお願い致します!




