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【短編】「離縁するなら出ていくのは女だぞ」ですって? わかりました。家を出て自由気ままに身勝手に生きていきます!

作者: サバゴロ
掲載日:2024/12/13

 その日は特に疲れていた。

 帰宅し、ベッドに直行すると、夫が腰を振っていた。

 妹と。


「ハハッ。やっと気づいたか」


 夫は裸でも強気の姿勢を崩さない。

 どうやら恥ずかしくはないみたい。

 私のベッドなのに。


「出てって」

「離縁するなら出ていくのは女だぞ。当主は俺だ。クレアは今まで通り、何も考えず働いていればいいんだ」


 同じく裸の妹は「プッ」と吹き出した。


「あらやだ。こらえきれなくて。どうしてお姉様はオシャレもしないのかしら。いつもヨレヨレで、みっともない」

「ああ。マディのプルプルの唇はかわいい。最高の身体だ。ゲヘへ」

「キャハ。カサカサのお姉様、わかってる? 女神は私なのよ?」

「ったく。色っぽい美人揃いの家門なのに残念な女だよ」


 やっと眠れると寝室を開けたらこれ。

 裸でオシャレを語るな。妹よ。

 はしゃぐ二人を眺める体力もなくて、ふらふらと屋敷を出る。

 すると、向かいの屋敷の幼馴染ダクベルと目が合う。

 その瞬間、気が抜けた私は意識を失った。



「過労です。このままでは命も危ない」

「なんてことだ」

「彼女にはなぜかポーションが効かないのです」


 目を開くと、医者とダクベルが話している。

 昨日作ったポーションは一万本。限界だった。

 また沼に沈むように眠る。


 そして目を開けると、ダクベルの心配そうな顔が見えた。

 黒髪のダクベルも私と同じ十八歳。


「クレア? 起きたのか?」

「あ…うん。朝?」

「ああ」

「助けてくれてありがとう」

「偶然クレアが見えてさ。驚いたよ」

「偶然?」

「あ…ああ。もちろん。ポーションはさ。金をとるべきだよ。無料で配るから、人がむらがるんだ。もう貰って当たり前で感謝もないんだろ?」

「お礼を言ってくださる方もいるのよ?」

「人は死ぬべきだ。陛下なんて、今年で三百歳だぞ? 王太子殿下が王になれないまま、二百七十五歳だぞ?」


 代々私の家門には、光の力を持った者が生まれる。

 額への口づけで病を治し、患部に触れれば傷を治す。

 私はさらに特殊で、水をポーションに変えた。


「おお! なんと素晴らしい! 人々の喜ぶ顔が目に浮かびます。クレアは、たくさんの命を救えるのですよ」


 大喜びする大神官様の元で、十歳の私はポーションを作り始めた。

 両親が健在の十二歳までは、頼まれた時だけ。

 今はポーションを作るだけの生活。

 辛くないと言えば嘘になる。

 けど私しかできないのだから休めない。


「ロブが私のベッドで腰を振ってたの」

「そ、そうか……」

「マディと一緒に」

「あん? なんだって? なぜクレアの夫が妹と?」

「わかんない。離縁したら出ていくのは私だって。そうなの?」


 私が結婚したのは、公爵のお父様が亡くなった十二歳の時。

「女は当主になれない。家門を守るために、神官のロブと結婚しなさい。ほぅら。とってもかっこいいだろう? 王国一の色男だ」

 大神官様に言われるまま、初対面のロブと結婚した。



「クレア。家も神殿も、捨てちゃえばいい。ポーションが病人も怪我人も助けるのは事実だが、経由する神殿が怪しすぎる」

「捨てるのは私なの? 私が生まれ育った家なのに? 納得いかない」

「クレアは報われてなさすぎる。俺じゃダメか? 欲しいものはなんでもあげられる。ずっと好きだったんだ」


 私も幼い頃、ダクベルが好きだった。

 光の力を持つ「白の公爵家」直系長女が私。

 闇の力を持つ「黒の公爵家」直系長男がダクベル。

「あの子に近づいてはなりません」

「どうしてですか?」

「異なる力を持つ家門の間に生まれた子は、力を持ちません。力のない子なんて、力によって権力を保つ家門には、要らないのです」

 叔母様は、淡く幼い初恋さえ許さなかった。

 王宮を除けば、王都で最も大きな二つの屋敷。

 それが、ダクベルと私の育った環境。


 それに十二歳のダクベルは、結婚相手として頼れる男とは程遠く、なんなら意地悪でさえあった。

 くすぐったり、私の髪のリボンをほどいたり、からかったり、私はやられっぱなしだった記憶。

 そして私が結婚を機に会うこともなくなった。

 私にとって初恋は、初恋に過ぎない。


「ごめんなさい。ダクベル」

「クレア…って、おい、どこ行くんだ?」

「神殿。離縁するにしても大神官様に相談する」

「なぜ?」

「ロブは神官だもの。大神官様には逆らえないわ」

「わかったよ。神殿に送るよ」


 馬を降りて、裏から神殿に入る。

 戦争の英雄ダクベルは有名人。

 鈍色のフードマントを深くかぶり、身を隠す。

 突然、ダクベルが私をマントに包んだ。

 ダクベルの心臓の音がする。

 さらに大神官様と夫の声がする。


「なに!? 妹を抱いてたのがばれた? 何をやってるんだ! せっかく親を殺してまでクレアを手に入れたんだぞ」

「なーに。すぐ戻ってきますよ。頭が十二歳のまんまのポーション製造機です。一人じゃ生きられません」

「父親が『クレアを守る』と騒いだ時もワシの権威が揺らいだんだ。もう面倒は許さんぞ。早く子を作れ。奴隷は多いほどいい」

「もちろんです。大神官様。毎晩、白の家門で励んでます。ゲヘへ」


 目の前が真っ暗になる。親を殺して?

 信頼していた大神官の言葉で、グルグル、グルグル混乱する。

 大神官にとっても、夫にとっても、私は人ですらなかった。


「クレア。帰ろう」


 抱きかかえられながら、なんとかダクベルの屋敷に戻る。


「ねぇ。お父様とお母様は殺されたの?」

「俺も知らなかった。父に聞こう。少し横になっていて」


 頭がまともに働かないほど疲れているのに、眠れない。

 私は親を殺した相手の下で働いていたの?

 ばかみたい。……ばかなのか。


「クレア……。こんなにやつれて……」

「黒の公爵様。ご無沙汰し……」

「起き上がらなくていい。横になっていなさい。私の知る限りだが説明しよう」

「……はい」

「昔は、病気なら人は医者か神官を頼ったんだ。白の公爵家を頼るのなんて、王族か高位貴族だけだった。ところが、クレアが生まれた。クレアの力は?」

「ポーションを作ります」

「ああ。一滴でも怪我を治す水だ。数滴を求めた人に無料で与えた。すると奇跡の水の噂はたちまち広がり、屋敷の前には常に大行列。その行列を捌く手伝いを申しでたのが、起死回生を狙った大神官。ポーションと名付け、国中に広め、神殿は肥大化した」

「元凶は私?」

「良くも悪くも、ポーションは国を変えた。人口は爆発的に増え、死なない兵を持った陛下は周辺国を侵略し続けた」

「戦争が私のせい……?」


 戦争で命を落とすことのないように必死でポーションを作った。

 ポーションがあるせいで、人は戦う?

 考えたこともなかった。


「最強の武器がダクベルなら最強の装備がクレアだ。戦争は武器屋のせいか? だが責任を感じた白の先代は、クレアを隠そうとして襲われた。まさか大神官の指示だったとはな……」

「私のせいで……」

「白の先代は『ポーションは人を狂わせる』と言ってたよ。陛下は中毒で毎晩舐めてるらしいしな。もう充分だよ。クレアほど命を守った人はいないんだ。我が家でクレアを守ろう。ダクベルと結婚すればいい」

「私では跡継ぎが産めません」

「他の女に産ませればいい」


 黒の公爵様は私のためにおっしゃった。

 だけど、その女性にだって心はある。

 とうてい受け入れられない。


「嫌です。ダクベルとは結婚しません」

「どうして? クレアは充分苦しんだんだ。ダクベルは最強だ。クレアを守るよ?」


 私は、守ってもらわないと生きられない存在なの?

 ただでさえ頭は、どす黒く渦巻いていて、許容量が狭い。

 公爵様の思いやりからくるはずの言葉が、チクチクと私を刺す。


「私は逃げません。大神官とも、夫とも戦います」

「か弱い女じゃムリだ。大神官を法廷に立たせ、罪を償わせるなんて不可能だ」


 法廷……。

 確かにポーション製造機の私は、知識に偏りがあって、どうやって大神官を法廷に立たせるのかもわからない。

 でも私は弱くない。

 今、私の心を占めるのは、悲しみより怒りだ。


「どうすれば私が家門を継げますか?」

「法を変えなければいけない」

「どうやって?」

「法を変えるには、まず議員にならないといけない。議員に女ではなれない。女には選挙権もない。まあ、最終決定は陛下だが。クレアには難しすぎる話だろ?」


 むしろ私には簡単に思えた。

 だって最終決定がポーション中毒の陛下だから。


「お世話になりました。神殿に行きます」

「まだポーションを作るのか!?」

「いいえ。大神官が夫と私、どちらを選ぶか試してみます」

「……なるほど」

「神殿が大神官と私のどちらを選ぶかも」

「なるほど……!」



「クレア。俺が嫌いでも、護衛くらいはさせてくれ」

「嫌いじゃない。でも、もうだれかの言いなりにはなりたくない」

「うん。凄くいいと思う」


 また、ダクベルの馬で神殿に向かった。




「大神官様。私はもうポーションを作りません」

「いったいどうした? 悩みがあるなら話してごらん?」


 大神官やっぱり善人に見える。声はとても柔らかい。

 私の親を殺しておいて完璧に微笑む。今まで通りに。

 悔しい。だけど私も無邪気に微笑む。今まで通りに。


「ロブが、離縁するなら出ていくのは私だと。ですから、私は出ていくのです。さようなら」

「待ちなさい。クレア。ロブは思い違いしてるようだ」

「ですよね。ロブを法廷に立たせ罪を償わせてください」

「だったら、全神官を大聖堂に集め、そこでロブを処罰しよう。法廷と同じことなんだよ。一時間だけ待ってなさい」

「ではお任せします」


 今の私は、大神官が私を騙す気満々だとわかってしまう。

 でも、人が集まるのはとてもいい。

 時間つぶしに、私はダクベルと神殿を散歩した。

 廊下の壁一面に続くカラフルなステンドグラスは芸術的。

 柱も彫刻が見事。並ぶ燭台は金。


「豪華になったなぁ。相当儲かってるんだな」

「ポーションは無料なのにね」

「金払っても、だれより先にポーションが欲しい人は多いんだろうな」


 ダクベルは呆れる。

 私はいつも同じ道を、景色も見ずに急ぎ足で通っていた。

 神殿が儲けているとも考えず、いや、特に何も考えず、毎日働いていた。

 ポーション製造機だったんだろう。

 

 もう終わり。

 今度は私が神殿を利用する番。


「クレア! どういうつもり! ロブに何する気!?」


 大聖堂に入るとすぐ、妹が寄ってきた。

 着席した三百人近い神官の耳が、甲高い妹の声に集中する。


「ねえ。マディはどうしてロブがいいの?」


 心底不思議。だって神官も騎士も男だけ。

 自由なマディは恋人も結婚相手も選び放題なのに。


「かわいい私が愛する夫を奪ってやったのよ! ふふふ。悔しいでしょう?」

「もう要らない。欲しいなら。どうぞ?」

「要ら……え? 毎朝、仲良く出勤してたじゃない!」

「今思えば見張りだったのかもね。仲良くどころか『ゲヘへ』って笑い方が、公爵どころか、下っ端ぽくて苦手だったわ」

「笑い方は、まぁ……」

「マディは男がたくさん欲しいのね。ロブは、力を持つ子が欲しかっただけみたいよ?」

「まさか!?」

「夫選びは慎重にすべきだったのに。十二歳の私は愚かだった。さ。大神官様。ちょうど一時間ですが?」


 大神官と夫は、ステンドグラスがひときわ豪華な大聖堂の、壇上にいる。


「ロブを破門、国外追放とする」

「へ!? 大神官様のご命令で動いていましたのに??」

「なんのことだ?」


 大神官は優しい微笑みを崩さず、ロブを切り捨てる。

 驚き慌て、憎々し気にロブは大神官を睨みつけるけど、正直、予想してた。

 私の代わりはいないけど、ロブの代わりは、ここにずらりといる。

 でも、追放なんかでごまかさせない。

 私は大聖堂に響き渡る声を出す!


「ロブ。最後に教えて! 私のお父様とお母様を殺すよう命じたのはだれ?」

「大神官だ。こいつは神を気取る極悪人だ!」


 ブスッ。大神官は金の燭台をロブの喉に刺した。

 それはもう本当に素早く。何の躊躇もなかった。

 これが大神官の本質なんだ。

 さぁ。この人数の目撃者は、大神官を許すかしら。

 先陣を切り、見捨てるのは私。


「私は二度と、こんな大神官とは働きません。では」

「こ、困ります! クレア様。ポーションを作ってくださいっ!」


 一人の神官が立ち上がった。


「でしたら神殿の力で、大神官を法廷に立たせてください。神殿がどう生まれ変わるのかを見せてください!」


 言いたいことだけ伝えて、さっさと大聖堂を出た。

 扉の中では怒号が飛び交う。

 ポーション製造機の私は、心が壊れてるみたい。

 私の言葉で惨劇が起きても、まったく心が痛まないのだ。


「ワシをだれだと思ってるんだぁ! ワシこそが神だ!」


 大神官の呆れ果てる断末魔が聞こえた。

 もう、どんな結果になろうとも大神官は終わりだ。


「ハハ。おぞましいほど驕り高ぶってるな。まだどこか行くの?」

「お城の舞踏会。陛下に公爵位をねだりに」

「ハードな一日だな」

「そう? 私にとっては楽だけど。ダクベルも一緒に行く?」

「もちろん。せっかくだ。正装しよう!」


 ダクベルの屋敷で着替える。


「なぜ私に合うサイズのドレスがあるの?」

「偶然だよ。クレア。すごく似合う。きれいだ」

「ふふ。ダクベルがそんなこと言うなんてね」

「ガキの頃は、好きな女の子に意地悪しちゃうもんなんだ」




「黒の公爵家、白の公爵家が揃い踏みとは珍しいな」


 ポーション中毒の陛下は、私を見かけると我先にと寄ってくる。

 隣には三十一番目の王妃殿下もいる。


「先ほど私は夫を亡くしました」

「ああ。神殿の騒ぎは耳に入ってきた。早く再婚を」

「いいえ。女の私が公爵家を継ぎたいのです」

「そうかそうか。よし。女が家督を継ぐことに反対する者はおるか?」


 陛下はホール中に響き渡る声で尋ねた。

 もちろん、だれも声を出さない。

 法が立派でも頂点が中毒者なら意味をなさないのだ。


「これで白の公爵家はそなたの物だ。さぁキスしてくれ」


 求められれば祝福のキスをする。

 これが光の力を持つ者の宿命。

 叔母様も妹も、やっていること。


「おお! 力がみなぎる! 白い光が弾けそうだ!」


 興奮する陛下の横で、妃殿下はひっそりため息を漏らした。



「クレア。もう帰ろう」


 ダクベルに手を引かれ、豪華なお城を後にする。

 城門を出る直前、馬車が兵士に囲まれた!


「クレア様。陛下がお呼びです。城にお戻りください!」



「やっぱりな。陛下もクレアが欲しいんだ」

「だったら、さっき捕まえればよかったのに」

「衆人環視の中でボロを出す人間ばかりじゃないよ。俺に任せて」

「いいえ。私が」

「やだよ。一度くらいかっこつけさせてよ」

「……。兵を殺さないで」

「クレア。俺は自分のために力を使ったことはないよ? 大丈夫。俺が顔を出すだけで充分だから」


 ダクベルは扉を開け、別人のような低い声を出す。


「どけ。無駄死にしたいか?」


 一人が道を空けると、他の兵も続いた。


「化け物が……偉そうに」


 聞こえよがしに兵が言った。

 なのにダクベルは気にせず扉を閉じ、馬車は走り出す。


「クレア? 大丈夫だよ。俺は嫌われるの慣れてるから」

「慣れた……の?」

「そりゃね。英雄なんておだてられたところで大量殺戮兵器だ。懇願でも命令でも、結局、利用されるだけのね」


 ダクベルの闇の力は私の対極。

 治すより壊す方が苦しいに決まってる。

 騎士が一人倒す間に、何百倍も倒せるんだから、心の負担だって大きいはず。


「陛下はさ。兵器に意志なんて持たせたくないんだ。ずっと逃げたかったのは俺」

「逃げて家はどうするの?」

「公爵家を欲しがる人間なんていくらでもいるよ。親戚ってさ、守らなきゃいけないのかな?」



 着替えて帰宅すると、玄関に銀髪の親戚が集まっていた。

 親戚は子だくさんが多い。

 陛下のお子も三桁を越えるけど、私のハトコまで合わせると白の家門は四桁を越える。

 なぜか妹を最後に、力を持つ者が生まれないから、どんどん産んでいる。


「陛下が女当主を認めると聞きました。クレア。安心しなさい。私が当主となるから」

「では叔母様が公爵家を守ってくださるの?」

「ええ。任せなさい。クレアは何も心配しないでいい」

「嬉しいです。肩の荷がおりました!」

「クレアはポーション作りに集中しなさい。今度はこの屋敷で」


 ここもか。

 ものすごい虚しさに襲われる。

 私を取り囲む親戚の顔が、今は卑しく歪んで映る。


「もう私はポーションを作りません」

「苦しむ人を助けるのがクレアの生きる理由でしょう?」

「どうしてみんな、もっともっとってなっちゃうんだろう」

「わがままを言うなら、白の家門を出ていきなさい!」

「喜んで」

「ちょ。待って! 待ちなさいッ!」


 玄関を出ると黒い馬車が停まったまま。

 馬車に飛び乗る。


「待っててくれたの? ありがとう。ダクベル」

「もうさ。うんざりしない? 一緒にこの国を捨てない?」

「どこへ?」

「どこでも。暖かい国がいいかな。ちょっと休憩するだけでもいいからさ。考えてくれない?」


 ダクベルが、傷つき、弱ってるのがわかる。

 なのに、ダクベルが優先するのは私の心。

 


 黒の公爵家に、ちょうど公爵様の馬車も戻っていらした。


「神殿は大神官を埋めたぞ。過去の贈賄を隠したいんだろう。神殿を腐敗させたのは大神官本人だから、自業自得だ」


 終わった。復讐が簡単に完了した。

 一日で、私の人生は大きく変わった。

 守りたいものも、もうない。


「ぽっかり心に穴が開いたみたいです」

「さっき妃殿下に『女公爵の何が問題ですの?』と笑われたよ。年を取ってワシの頭も岩みたいにカチコチになっていたようだ。反省したよ」

「では『他の女に産ませればいい』なんて二度とおっしゃらないでください」


 黒の公爵様は一瞬目を見開いて、天を仰ぎ、その後、ひざをつく。


「やっぱりワシは傲慢になっていたな。すまなかった」

「……許します」


 私は黒の公爵様の額にキスした。

 すると公爵様はシャキッと立ち上がる。


「おお。すごいな。これは効く! 狂う人間がいるのがわかるよ」

「フフ」

「だが、ワシには光の力は効かないはずなんだけどなぁ」

「それは私が最強だからです」

「そうか。ワハハ。クレアの方がワシより強かったか!」



 そして私は、ダクベルと小さな島に移り住んだ。

 闇の力の存在も、光の力の存在も、だれも知らない島。 

 小さな畑を耕し、鶏十羽と牛一頭と暮らし始めた。


「日焼けすると、ダクベルはさらにかっこよくなるね。舞踏会もかっこよかったけど」

「俺にかっこいいなんて言うの、クレアだけだよ。嬉しすぎて泣いちゃいそう」

「大げさね」

「大げさじゃないよ。クレアは俺の光だ。クレアを一目見れたら、それだけで生きていてよかったと満足する一日を、ずっと繰り返してたんだ」

「よく門の辺りにいたよね?」

「ばれてた? 片思いの相手が向かいの屋敷に住んでるなんて奇跡だもん。そりゃ見ちゃうよ。嫌だった?」

「嫌なら、ここにいないわ」


 照れて赤くなるダクベルは特にかわいい。

 私もダクベルも知識はとても偏っていて、力を使わないと、何もかも人並み以下。

 建てた鶏小屋に隙間があり、逃げる鶏を追いかけまわしたことも。

 でも、そんな失敗もダクベルとだと楽しい。

 ささくれた心が癒される、のんびり穏やかな日が続く。

 ただまぁ、黒の公爵様経由で、手紙は届く。


『お姉様。私はキスしないと治せないでしょ。国中の病人にキスするのは本当に大変なの。早く帰ってきて』


「クレア。どうしたい?」

「マディもやめればいいのに。私はキスが嫌だったもん」

「嫌なの?」

「うん。もうしたくない」

「……そうなんだ」


 どんなにギトギトでもベタベタでも、祝福のキスをするのが白の家門の宿命。

 それが国中なら、かなり過酷だ。

 思ったままを妹に返信する。


『やめちゃえば? 自由気ままな生活は楽しいよ?』

『は? 私はやめない。たくさんの超絶美形をはべらせてるの。私の方が楽しいわ。羨ましいでしょ? 勝ったのは私よ!』


「欲しかった物を手に入れて、クレアの妹も幸せそうだな」

「そうね。一人でたくさんの男を支えるのは大変だろうけど、楽しいならよかった。私は一人でいいけど」

「え……俺?」

「うん」


 私の心を守りたい人は一人。

 だから私の守りたい人は一人。

 やっとわかった。



『王国の唯一無二の英雄ダクベルよ。ダクベルの不在を属国に知られてしまった。大至急戻るのだ。ポーションも連れてな。それが力を持つ者の矜持であり義務だ』


「また陛下から?」

「俺らがいなきゃ滅びる国なら、滅びればいいんだ」


 ダクベルに頼って勝利していた王国は、あっさり滅びた。

 待ち続けた王太子殿下は王になれなかった。

 白の家門も他の貴族同様、離散した。


『黒の家門は独立した。戦争に一切介入しない中立国を目指す。ワシに任せろ!』


「これからは黒の王様と呼ばなきゃ」

「ハハ。父上は怖いくらい元気だな」

「ダクベルがいないから?」

「なのかな? まぁ。父上は力に溺れず法を重んじる人だから、王に向いてると思うよ」



 ダクベルと私は、もう力を使わない。

 戦うのも、助けるのもやめた。


「助けたくなる?」

「とても。でも、もう繰り返さない」


 だけど。

 親切に畑仕事を教えてくれたお婆さんが苦しんでいる。

 目の前にいるのに助けないのは罪悪感が溢れる。

 嫌な脂汗が滲み出てくる。


「我慢できない時は、助けちゃえば? ばれたら引っ越せばいい」

「うん! 助けちゃう」


 私は身勝手に、自分が助けたい時だけ助けることにした。


「ダクベルは、力を使いたくならないの?」

「ないよ。俺はクレアに夢中だもん」


 最強の英雄ダクベルは私にはヒヨコみたい。

 私について歩く。


「なんで背中をつんつんつつくの?」

「わかってる? 俺に触られて怖がらないのはクレアだけなんだよ? 嬉しいんだ」

「だめ。くすぐったくて、せっかく集めた卵を落としちゃう」

「過労でクレアが倒れた日さ。クレアを馬に乗せたろ? 一日で何度もくっついたろ? もう死んでもいいと思うほど幸せだった。あんな、あったかいの初めてだったんだ」


 真直ぐ見つめられると、嬉しさと恥ずかしさで、心臓がギュッとなる。

 力じゃなくて私を見てくれる。それが嬉しくて、照れくさい。


「だれでもいいの?」

「わかってるくせに! 意地悪だな。クレアしか触りたくないよ。大好きなんだよ?」

「昔はダクベルが、からかったりして意地悪だったのにね」



 釣りでも、ぴったりとダクベルはくっついてる。


「海はこーんなに広いのに。竿が近すぎたら釣れないでしょ?」

「くっついてたいんだよ。愛しくてたまんないんだ。ねぇ。結婚してよ。お願いだから」

「結婚すると、なにが変わるの?」

「……言わせないで。必死で我慢してるんだから」

「神殿に行くの?」

「神殿じゃなくてさ。俺たちは海に誓おう。病める時も健やかなる時も、一生愛し続けると」

「うん。愛し続ける」

「わ。やば。涙でちゃう……生きててよかった。俺が幸せになれるなんて。夢みたいだ」


 その夜ダクベルは、私の胸元のリボンを、恐る恐る引っ張る。


「なんでそんな緊張してるの?」

「そ、そういうこと言わないで」

「そもそも、どうしてリボンをほどくの?」

「結婚したんだよ? 初夜もするよ? こんなふうにクレアは無防備だから、俺は我慢が大変だったんだ」

「初夜って何? 前回は十二歳で結婚したから、色々略式だったの」

「え!? クレアは乙女なの?」

「どういうこと?」

「……どうやって子ができるかは知ってるよね?」

「よく知らない。でもロブは白の家門で毎晩励んでるって言ってたよ?」

「ああ。なるほど……だからロブは強気だったのか……きっと他にもいたんだな。くそ。大切な記念日に、忘れたかった笑い声を思い出してしまう」

「知りたい。ちゃんと教えて?」


 ダクベルがベッドにあぐらをかき、うーんとうなる。


「あのさ。ロブがベッドで腰を振るの見たんだよね?」

「うん。わからないって、あの時も言ったよ?」

「……わからなかったのか」

「ダクベルも腰を振りたいの?」

「え。振りたいか、振りたくないかと聞かれると、振りたいかな」

「振るの?」

「ふ……振らない。いや。違う。いや。今日は振らない」


 ダクベルは真っ赤になって、私の胸元のリボンをきちっと結んでしまう。


「私ね。ロブに『色っぽい美人揃いの家門なのに残念な女』って言われたの」

「クレアは残念どころか、かわいいよ! 困っちゃうくらい魅力的だ」

「お父様とダクベルだけよ。私にかわいいって言うの」

「ぐっ。今……お父上は思い出したくなかった」

「なぜ?」

「よし。クレア。ゆっくり進もう。会えなくなった十二歳からやりなおそう。手を繋いで遊んだりさ。大好きだよ」

「うん。十二歳からやりなおそう」


 私のおでこに初めてのキスをした。

 嬉しい。だから私も。


「あ。そうきた?」

「ん?」

「最強はクレアだ。俺より強い。俺の全身を光の力がみなぎる……。ぅわぁ。たぎる! 人口が増えるわけだ」

「病を治す以外の力が?」

「健康な人間だと別の作用があるみたいだ。こ……これは……かなり……過酷」

「ダクベル!? 辛いの?」

「……辛い……いや……辛くない。……ゆっくり……進むんだ! ……大丈夫。俺を……信じて」


 何度もキスした。





 十月十日とつきとおか後、私は黒髪の男の子を産んだ。


「この子には力がないね。よかった……」

「ああ。本当によかった……」


 ダクベルはたった一人の心からわかり合える人。

 私の心を大切にする最強の人。


 でもね、私にだけ抗えないところがかわいいの。

 私も、好きな子には意地悪したくなっちゃうみたい。

 十二歳の頃の仕返しを、今楽しんでる。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

お似合いの二人のハピエンです!!


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チューすると漲っちゃうんじゃ大変だ…頑張れ!!辛抱だ!! ものすごい美男美女なんたけど中身は普通なことに疲れたカップルが生まれた子供が普通でよかった……!!って感動する漫画をふと思い出しました。 闇の…
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