8.新たな味方
「まぁ……。あの女とは、ユーカリ・ブルタスのことですね」
「それは酷いですよ! 一方的に解雇なんて……!」
顔を顰めるオリービアと、頭に湯気を立て憤るニアナに、少し表情を緩めたローレルは、続けて衝撃的な発言をした。
「襲ってきたのはあの女の方です。一年半前、あの女に用があると呼ばれて部屋に行ったら、僕の顔が好みだと言って、いきなり抱きつかれて口付けをしようとしてきたんです。僕は咄嗟にあの女を突き飛ばし、部屋を飛び出しました。その後伯爵に呼ばれ、行ってみると僕があの女を襲ったことにされていて……」
「まぁ……」
「はあぁっ!? なんて女ですかっ!! ふしだら阿婆擦れ女ですよまさしく!!」
益々顔を不愉快そうに顰め、口に手を当てるオリービアと、湯気が頭頂からいくつも飛び出し、顔を真っ赤にさせ沸騰中のニアナを見て、ローレルは心にあったしこりが消えたような感覚になった。
あの時は、誰も親身になって怒ったり、悲しんだりしてくれる人はいなかった……。
いや、残っていなかったと言った方が正しいだろうか。
「二年前、前伯爵と伯爵夫人が亡くなり、あの女が屋敷に住み始めて数ヶ月後、僕達使用人の給金がガクンと半分に減ったんです。伯爵に訴えたところ、『ユーカリさんが、ここの使用人の給金は高過ぎる。半分以下が一般的だと言っている』と言って、僕達の訴えに聞く耳を持ってくれませんでした」
「まぁ……。恐らく、減給して出来た差額分を交際費に充てる為ですわね」
「……! なんて卑劣な……!!」
「勿論、その金額の給金じゃ全然生活出来なくて、一人、また一人と使用人が辞めていき、残ったのは僕だけでした。僕は前伯爵と夫人に多大な恩義があったので、何とか続けていたんですが、あんな濡れ衣を着せられ……今に至ります」
苦々しい顔のローレルの話を聞き、オリービアは顎に指を当て小さく頷く。
「成る程……。貴方方の入れ替わりで、ユーカリ・ブルタスが連れてきた今の使用人達が屋敷にいるのですね。そして全員、伯爵家で我が物顔に振る舞っている、と」
「オリービア様……。あのふしだら女、もしかして伯爵家を乗っ取ろうとしてるんじゃ? だって今の伯爵、あの女に心酔していいなりになってるじゃないですか。『操り人形』と同じですよ」
「えぇ、そうかもしれませんわ。そして後は旦那様とユーカリ・ブルタスが結婚すれば完璧だったのに、そこへ『妻』としてわたくしが現れてしまった。全員、邪魔者を追い出したくてヤキモキしていることでしょうね」
「全く腹立ちますね! あの女の顔面に二段飛び膝蹴りをかましましょうか!!」
「ふふっ、彼女のお顔が見るも無残な状態になりそうですわ。不謹慎ですが、少し見てみたいかも」
オリービアはクスクスと笑うと、ローレルの方に視線を向けた。
「辛い過去を教えて下さってありがとうございます。わたくしがいますから、再び不当な解雇なんてさせませんわ。貴方はわたくしが直接雇いますから、旦那様達には口出しは一切させません。ですので、安心して転職されて下さいませ」
「……貴女の力強い眼差しで見つめられると、本当に大丈夫だという気持ちになりますね。――分かりました、貴女に雇われます」
フッと微笑しながら頷いたローレルに、オリービアも同じ仕草を返した。
「では、いつからが御都合がよろしくて? 勤め先や御家族にもお伝えしなくてはいけないですものね」
「今の仕事は今日で辞めます。丁度昨日で一つの現場が終わったんです。日雇いなので、まだ次の工事現場が決まっていなかったので良かったです。なので明後日から出れますよ」
「明後日ですか? わたくしは嬉しいのですが、もっとゆっくりされてもいいのですよ? 御家族とのんびりされても――」
「いえ、大丈夫です。僕は貴女のもとで今すぐにでも働きたいのですから」
自分に熱い視線を送るローレルに、オリービアは微笑んで彼の手を両手で包んだ。
「分かりましたわ。よろしくお願いしますね、ローレル様」
「はい。よろしくお願い致します、奥様」
「あら、その『奥様』はおよしになって。『オリービア』でいいですわ。呼び捨てで構いませんよ。貴方の方が年上ですし、わたくし、自分が偉いなんて思っていないですから」
「……分かりました、オリービア。では僕も呼び捨てで」
「流石に年上の方に呼び捨ては出来ませんわ。では、ローレルさんとお呼びさせて頂きますね」
「はい。でも、いつでも僕の事呼び捨てにしていいですから」
「ふふっ。えぇ、ありがとう」
手を握り合い、にこやかに見つめ合う二人に、無類の恋愛小説好きなニアナの脳が大きく反応した。
(この二人、何か良い感じの雰囲気では……っ?)
「……どうかしましたの? ニアナ」
「えっ? いっ、いえ、何でもありませんっ!」
「そう……?」
ニアナの様子に首を傾げたオリービアは、ローレルの手を離すと、ニコリと笑って言った。
「では、ウィン君とチェスナちゃんとの約束を果たしに参りましょうか」
「はいっ! 二人が満足するまでたっぷり遊びましょう!」
「ふふっ。ありがとうございます、お二人共」
ニアナの宣言通り、二人は日が暮れるまで、ウィンとチェスナと仲良く楽しく遊んだのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日からよろしくお願い致します。オリービア、ニアナさん」
「はい、こちらこそよろしくお願い致しますね、ローレルさん。執事の制服、よくお似合いですわ」
「本当に! すごく格好良いです!」
「ははっ、ありがとうございます。久し振りに着ましたが、自分でも違和感が無いのが不思議ですよ」
オリービアの部屋にて。
執事姿のローレルは、そう言うと美形な顔に気恥ずかしそうな笑みを浮かばせた。
「ふふ、執事が天職なのかもしれませんわね? ――そうそう、ローレルさんにお伺いしたいのですが、この家の会計帳簿の保管先は、執務室の他にどこかありますか? ここ一年半の帳簿が見つからないのです」
「この家では、会計帳簿は執務室に置く決まりとなっています。そこに無いのなら、今の会計担当の部屋にある可能性が高いですね」
「……やはりそうですか……。執務室に置かないのは、その帳簿を見られたくない何かがあるのかもしれませんわね。何とかその帳簿を見る事は出来ないかしら……」
顎に拳を当て考え込むオリービアに、ローレルは声を掛けた。
「オリービア。今の会計担当はどなたですか?」
「執事のロナド・デンロンですわ」
「……もしかして、彼がいる部屋は執事が使う部屋ですか?」
「えぇ、仰る通りですわ」
オリービアが頷くと、ローレルの口の端が上がった。
「それならば、その部屋の鍵を持っていますよ。僕も辞める前はその部屋を使っていて、急に解雇されたから、すぐに出ていかなくてはいけなくて……。バタバタしてて鍵を返しそびれていたんです。それで今日返そうと思って持ってきていました。なので僕がこっそりと部屋に入って、帳簿を探してきますよ」