13.団長と副団長
それからまた数ヶ月が経過した。
ハイドとオリービアが結婚してから、もうすぐ一年が経とうとしていた。
ハイドは、王城にある『魔導士団団長室』の扉をノックし、足を踏み入れる。
すると、ソファに足を組んで座っていた男が軽く手を上げ口を開いた。
「やぁ、ハイド。君は遠征が終わる度に必ずこの部屋を訪れるねぇ」
銀色の長髪を三つ編みにして肩に垂らし、同じ色の瞳が神秘的に輝くこの男は、エルム・マグノリア。サンバークス王国魔導士団の団長だ。
「団長。次の遠征はいつですか?」
「君はここに来る度毎回同じ事を訊くねぇ。つい先日行ったばかりじゃないか。暫くは無いよ。君は当分遠征メンバーには入れないつもりだ」
「えっ!? 何故ですか!? 俺、何か粗相でもしましたか!? そんな記憶は無いんですが――」
「何故って――」
エルムは、はぁ……と長い息を吐き、言葉を続ける。
「君、伯爵当主だろ? 家の仕事はいいのかい? 遠征続きでずっと放ったらかしにしているだろう。傷心の君の気持ちを汲んで、希望通り遠征に行かせ続けた私も悪いが」
「……それは、従姉が『任せて』と言ってくれているので……。伯爵業は、父上と母上を思い出してしまい、今も辛いんです……。俺の公務は、必要最低限のみやっています」
俯き、暗い影を落とすハイドに、エルムは大きく溜め息をついた。
「君が御両親の事を尊敬し、愛していたのは分かってるよ。辛いだろうが、もういい加減、御両親の死を乗り越えないと駄目だよ。あれから二年も経ってるんだ。消沈している君に追い打ちを掛けるから黙っていたけれど、御両親が亡くなってからの君んとこの伯爵領、“最悪”の一言だよ。今まで一度も耳にした事はなかったかい? ――まぁ、今の君には誰も伝えられなかったか……」
最後にポツリと呟いたエルムの言葉は、ハイドには聞こえなかったようだ。
彼は怪訝な表情になり、気になる言葉を訊き返した。
「え、最悪……?」
「うん。君の領地に旅行に行った者が口々に言ってたよ。『あそこの町は皆元気が無く、中心街を少し外れると浮浪者がウロウロしていて怖い。しかも行く度に増えている。もうあそこには行かなくていい』って」
ハイドはエルムの発言に、ガツンと鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「そ……そんな! 従姉は毎月領地の視察に行ってくれるけど、『町は良好だ、何も問題は無い』って――」
「君が視察に行った訳じゃないんだね? 君自身の“目”で見ていない、と」
「……っ!!」
グッと、ハイドは言葉を呑み込む。
「先王陛下も、君の領地の状況を嘆いておられたと聞いたよ。何でも先王陛下は、君の御両親に命を救われた事があるみたいだからね。お二人に今も恩を感じているらしい」
「……両親が、先王陛下の命を……? その話、初めて聞きました……」
「公になっていない事だからね。私も王子の従者にコッソリと教えて貰ったんだ。君の御両親も、その事を周りに自慢気に話すような方達では無かっただろう?」
「はい……。――父上、母上……。本当に立派で……俺は誇らしいです……」
眉尻を下げ俯くハイドを、エルムは銀色の神秘的な瞳で見据える。
「伯爵業を殆ど他人任せで、伯爵として大失格だね、君。天の国にいる御両親、そんな君の姿を見て酷く嘆いているなぁ、きっと」
「……っ」
「君の評判もかなり最悪だよ? 流石に本人には言えないから君は知らなかっただろうけど、『奥さんを放ったらかして、王都で愛人とベタベタくっつきながら買い物をしている。見ていて不愉快だ』って」
「……は? “愛人”……? 誰ですかそれは」
「誰って、君の従姉に決まっているじゃないか」
「はぁっ!?」
ハイドはそれに、驚愕な顔つきになり即座に反論した。
「何を馬鹿なことをっ!? 彼女は俺の従姉ですよ!? 何故そのような話になっているんですか!?」
「何故って、自分の屋敷にずっとタダで住まわせて、王都の城下町で腕を組みながらピッタリと寄り添って歩き、服や装飾品を買ってあげてる姿を何度も見掛ければ、誰しもそう思うだろうね。従姉弟でも結婚は出来るからさ」
「う……っ。お、俺は彼女をそういう目で見た事は一度だってありません!! 姉のように思ってるんです! それに、腕を組むのは友人でも誰でもする事だって、彼女が――」
「あ。騙されてるね、それ。腕を組むのはとても仲の良い親友や恋人、夫婦だけだから。そんな当たり前な事も分からないなんて、君は魔法ばっかり勉強してないで、もっと男女の関係を勉強した方がいいよ。もう二十七っていういい年なんだからさぁ。子供に『オジサン』って言われる年だよ? 既に君の奥さんには誤解されているんじゃない?」
「……!!」
ハイドは愕然として、呆れた表情のエルムを見る。
『旦那様には愛人のユーカリ様がいらっしゃるので、わたくしには御遠慮願いますわ』
以前、オリービアが言った言葉がありありと脳裏に思い出される。
「そ……そんな……。オリービアは、ずっとユーカリさんを俺の愛人だと思って……。だから素っ気なかったのか……? 違う……そんなの絶対に違うのに――」
「その従姉が君の愛人だという噂は随分前から出ていたから、君の奥さんは最初から知っていた可能性が高いな。【王命】で決められた結婚でも、文句を言わず今も一緒にいるんだからさ、大したもんだよ。奥さんに感謝した方がいいよー?」
「…………は、い……」
随分と落ち込んでしまったハイドに、エルムは一つ質問をした。
「君さ、ここ二年程の間、他の団員と雑談した? 仕事以外の話でさ。城で働いてる人達とは? 気楽に世間話とかした?」
「え?」
(……そう言われてみれば、仕事の話しかしていないような……)
「いえ……」
「それさ、何でだと思う?」
「え? い……いえ、分かりません」
質問の意図が分からないまま、ハイドが首を横に振ると、エルムは深く溜め息を吐いた。
「自覚無し。……まだダメか……」
「団長?」
「いや、こっちの話。気にしないでいいよー」
エルムはそう言うとヘラリと笑い、話を変えた。
「君の領地は以前は最悪だったけれど、最近は明るい話ばかり聞くよ」
「……えっ?」
「王都の人気料理店で、君が住んでいる町の食堂で作った野菜サンドと果物サンドを販売していてね。それがとても美味しいって評判で、大人気なんだよ。それを食べに直接君の町まで行く者が増えた。誰かがその料理店のオーナーシェフに掛け合って置かせて貰ったんだろうね」
「え……」
「あと、王都の社交場のあちこちに、突如仮面を着けた怪しさ満点な女性が現れてね。とても美しく、滑らかで肌触りの良いドレスを着ていた。参加者はそのドレスの生地が気になり、恐る恐るその女性に訊くと、君の町の生地で作ったと言うじゃないか。それが評判となり、君の町の衣料の需要が一気に増しているそうだよ」
「……そんな事……全く知りませんでした……」
「……君さ、伯爵当主なんだから、もっと周りに目を向けなよ。魔法の書物ばっか読んで下向きっ放しじゃなくてさ。これじゃあ伯爵業怠慢で、爵位を剥奪されても文句は言えないよ?」
「…………」
本当にその通りで、ハイドは返す言葉も無い。
「……けれど、シェフに掛け合ってくれた者と、仮面の女性は一体誰なんでしょうか……?」
「さぁ? 分からないけれど、同一人物だと私は思うよ。君の領地を救いたいという、強い気持ちを持った女性だよね。その意思と行動力が素晴らしいよ」
(女性……。ユーカリさんがやってくれたのか……? けど、彼女は離縁してあの町に戻ってきた日以降、社交場を酷く嫌がって一度も行っていない筈だ。領地の為に重い腰を上げてくれたのか……? そう……きっとそうだ。ユーカリさんだ。だって、他に領地を救いたいと思う女性なんて――)
ハイドはそこで、一人の女性の顔を思い浮かべていた。
彼の脳裏で、彼女は目を細め、穏やかに微笑んでいる。
(あ……。――いや、そんな筈……。ち、違う……違う――)
「最近、君の町に行った者に訊いたけど、町の人達が以前より明るくなって、色々良くしてくれた。町の外れにいた沢山の浮浪者も殆どいなくなってる、ってさ。また近い内に行きたいって声を弾ませながら言ってたよ。一年前と比べたら劇的な変化だよね。――ねぇ、ハイド? この一年間で、君か君の周りで何か変わった事は起きなかったかい?」
「…………妻を……。妻を娶り、ました……」
「成る程」
エルムはその一言だけで済ませた。
彼は分かっているのだ。ハイドも、自分を悲しみから救ってくれたユーカリを信じたいという必死の思いに囚われているが、心の奥底では分かっていたのだ。
グチャグチャで見ていられない程に崩れた表情のハイドに、エルムは小さく息をつくと、努めて明るい声を出した。
「そうそう、君がすごく会いたがっていた魔導士団の『特別顧問』が、近い内に王城に来るそうだよ。忙しい人だから、その機会を逃したら次いつ来られるか分からない。来る日までに訊きたい事をまとめておいてね」
「……っ!! 分かりました。その方が登城する日にちが決定しましたら、すぐに教えて下さい」
「勿論だよー」
魔導士団『特別顧問』。
団長のエルムより魔力が高いと聞くが、その人自身は魔法の素質が無いらしく、一切使えないらしい。
けれど、その魔力の高さを活かして、日々魔法の研究を続けており、『合成魔法』や、魔力を使った様々な便利器具を生み出しているのはその人だ。
その姿を見た者は団長しかおらず、魔導士団の中では“幻の憧れの人”となっていて、ハイドもその人に強く憧れる内の一人だった。
「取り敢えず、君は一度領地の視察に行った方がいいよ。自分の目できちんと確かめるといい。そして伯爵業もちゃんとすること。このままだと御両親も浮かばれないよ?」
「……分かり……ました」
ハイドは俯くと、小さく頷いたのだった。




