11.嬉しい悲鳴
誤字脱字報告、本当にありがとうございます!
週末辺りに訂正させて頂きますね。
感謝です!m(_ _)m
「おっ、いらっしゃい、お嬢ちゃん達。いつもの日替わりでいいかい?」
「こんにちは、店主さん。えぇ、それを三つお願いしますわ」
「了解、ちょっと待ってておくれよ」
お昼は過ぎていたが、食堂の中はまだ結構賑わっていたので、もうすっかり顔馴染みの店主との挨拶はそこそこに、オリービア達は空いている席に着いた。
他愛のない話をしながら料理を待っていると、ローレルが戸惑いがちに口を開いた。
「……その、先程は言えなかった話なのですが。ロナド・デンロンの部屋に入る為に、この数日ずっと彼を見張っていたのですが……」
「“ですが”……?」
「彼、何度かユーカリ・ブルタスの部屋に入り、その……関係を持っていたんです。部屋に入ったら数時間は出てこなかったので、こちらは助かりましたが……」
「あら、まぁ……」
「うわぁ! 破廉恥です!! ふしだらですっ!!」
ローレルは神妙に頷くと、言い難そうに更に声を潜め、言葉を続けた。
「違う日、あの女の部屋から、ロナド・デンロンとは別の男の声が聞こえました。そして、その男とも関係を持っていたんです。ほぼ毎日の数回、その二人の男とあの女は関係を持っていましたね」
「あらあら、まぁ……。その時旦那様は遠征中で屋敷を不在にしていましたし、他の男性と言えば料理長しかいませんわね。けれど彼は確か五十代の筈……。あらまぁいやだ、お元気ですこと」
「いやぁーっ!! 複数の男性となんて不潔です! 汚らわしいです!! 気持ち悪いですぅーっ!!」
涙目で叫ぶニアナの頭をよしよししながら、オリービアはそっと息をついた。
「この事は旦那様には言わないでおきましょう。心酔している愛人が複数の男性と関係を持っているなんて知ったら、きっと泡を吹いて卒倒してしまいますわ。まぁ、わたくしの言う事は信じないと思いますけれど」
「信じないなら証拠を見せればいいんですよ! 私なら『お前の愛人、お前がいない間に平気で複数の男と浮気しまくってるぞ! 嘘だと思うなら付いてきな!』って誘導して、その現場に突撃して貰って修羅場に発展させますけどね! きっと阿鼻叫喚の嵐になりますよ? 見物ですね、ククク……」
「あらまぁニアナったら。とんでもなく悪い笑顔になってますわよ?」
オリービアが苦笑していると、店主が料理を持ってやってきた。
「はいよ、日替わりお待ち!」
「ありがとうございます、店主さん。相変わらずとても美味しそうですわ」
三人は料理に向かってお辞儀をして食べ始める。顔を綻ばせながら料理を食べる三人を満足そうに眺めながら、店主がふとニヤニヤ顔になり訊いてきた。
「なぁお嬢ちゃん、最近連れて来るそこの色男さんはお前さんのコレかい? お嬢ちゃんを中心にエスコートしてるしさ」
そう言って小指を立ててきた店主に、オリービアはクスリと笑う。
「ふふっ。店主さんの御期待に添えず残念ですが、違いますわ。わたくし夫がいますもの」
「へぇっ!? お嬢ちゃん、結婚してたのかい!? こりゃ驚いたぜ!」
「えぇ、そうなんですの。ハイド・ランジニカ伯爵がわたくしの夫ですわ」
「――へっっ?」
素っ頓狂な声を上げた店主は、にこやかに微笑むオリービアをジィッと凝視した。
「………………本気で?」
「えぇ、本気で」
「…………本気の本気で?」
「本気の本気の本気ですわ」
オリービアの即行返しに、店主は堪らず大笑いを始めた。
「はははっ! こりゃたまげたぜ! やっぱりあの女の言う事は当てになんねぇな! 全然違うじゃねぇか!」
「わたくしが毎夜男性を漁って多大な借金を背負っているという“噂”の事ですか?」
「あぁ、この数ヶ月の付き合いだが、お嬢ちゃんを見てればそれが真っ赤な嘘だって事が分かるぜ。全く変な噂流しやがって……。あの女しばいてやりてぇな」
「ふふっ、そう仰って下さって嬉しいですわ。ありがとうございます」
オリービアが嬉しそうに微笑み、頭を下げて礼を告げると、店主は大きく首を左右に振った。
「いやいや、礼を言うのはこっちの方さ。お嬢ちゃん――いや、夫人って呼んだ方がいいか?」
「いえ、今のままの呼び方でお願いしたいですわ。喋り方も変える必要はありませんわ」
「俺もその方がしっくりくるから、無礼で悪いがそうさせて貰うぜ。しかし伯爵夫人が、毎回こんな場所で飯食べてていいのかよ? ――って、あぁ……そうだよなぁ、あの女が我が物顔で屋敷をウロウロしてたら居づらいよなぁ。今まで通りいつでも来なよ、お嬢ちゃん。ここを逃げ場所にしていいからさ」
「ありがとうございます、店主さん。お言葉に甘えさせて頂きますね」
質問をしてすぐに自己解決した店主に、オリービアはにこやかに微笑んで礼を言った。
「だから礼を言うのはこっちだって。お嬢ちゃんが王都の有名人気料理店に掛け合ってくれて、俺が作った野菜サンドと果物サンドを置かせて貰ったお蔭で、この町の野菜と果物と小麦粉の需要が増えてるんだ。うちの売上もグングンと右肩上がりでさ、ホント有難いったらねぇよ」
「町の野菜と果物とパンが美味しいから、その料理店のオーナーシェフも了承して下さいましたし、皆が求めるのですよ。わたくしはホンの少しそのお手伝いをしただけですわ」
ゆるりと首を横に振るオリービアに、店主は負けじと首をブンブンと振った。
「全然ホンの少しじゃねぇよ! 王都の知り合いから聞いたぜ? 最初は門前払いされていたのに、粘り強く通い続けて、その執念にオーナーシェフが根負けして話を聞く事にしたって。シェフが常連客に、『根負けして良かったよ。お蔭でこんな美味しいものがあるんだって知れたから』って笑いながら話してたんだと。嬉しい台詞で泣けてくらぁ」
「あらあら、ふふっ。しつこい女だからすっかり嫌われてしまったと思っていましたわ」
「何言ってんだ、全く! 俺、お嬢ちゃん達の事を旅人だと思ってたから、どうしてこの町にそこまでしてくれるのか疑問に思ってたけど、伯爵夫人だったとはなぁ! 謎が解けてスッキリしたぜ。――あぁ、あと、この町で衣類の注文が殺到してるって事も聞いたぜ。それもお嬢ちゃんのお蔭だろ?」
店主の問い掛けに、オリービアは小首を傾げて微笑した。
「さぁ? わたくしはただ、この町で購入した衣服の生地が滑らかで着心地の良い感触が気に入って、その生地で作って頂いたドレスをあちこちの社交場に着て行って、訊かれたらその生地の素晴らしさを伝えていただけですわ」
「やっぱりお嬢ちゃんの仕業かよ! いやすごく嬉しいぜ!? 衣料品店や、野菜や果物と小麦の生産者達が人手が足りないって嬉しい悲鳴を上げてるくらいだからな」
店主のその発言に、オリービアはパァッと瞳を輝かせると、ズイッと身を乗り出し彼に詰め寄った。
店主は彼女の勢いに驚き、思わず後退る。
「うおっ? ど、どうしたお嬢ちゃん?」
「店主さん、その嬉しい悲鳴を上げているお店と生産者さん達のお名前を全て教えて頂けますか? 連絡を取りたいのです」