9 助けたくて
「フィオナ、ヴィアを助けてほしいの」
リリア襲撃事件から数日後、フィオナはリリアと二人きりで話をしていた。リリアの言葉に、フィオナは不安になる。
「やっぱり、ヴィアはあの矢の影響を受けているのですか?」
影響を受けていると言っても、ヴィアには愛する人がいない。だとすると、毒以外の何かがまだあの矢には隠されていたのだろうか。
「私からは詳しいことは言えないの、一度、ヴィアのところに行って話をしてきて。あなたにしかヴィアは助けられないから」
◇
「それでのこのこと俺の部屋にやってきたのか」
呆れたようにヴィアはフィオナを見つめた。突然フィオナが訪れて、リリアから言われたから話をしろと言う。そもそも男の部屋に女性が一人でやってくるなどおかしい。だが、そんなこと念頭にもない様子でフィオナはヴィアの目の前にいる。
(それだけ俺は男として全く見られていないというわけだ)
つまり、警戒されていないということだ。それはそれで信頼関係がきちんと築けていると言うことだ。もちろん嬉しい。だが、嬉しい反面何かモヤモヤとした感情が湧いてくる。
「リリア様は私しかあなたを助けることができないと言うの。一体どういうこと?あなたを助けたいのよ、お願い、正直に話して。話してくれるまでこの部屋から出ないから」
一度言い出したらテコでも動かない。フィオナの気性を誰よりもヴィアはよく知っている。静かにため息をついて、ヴィアは徐に胸元のボタンを外し始めた。
一つ、また一つとボタンが外されていく。次第にあらわになる胸元にフィオナは動揺していた。鍛え抜かれた胸板はシャツの間からでもよくわかる。男らしい体つきに、フィオナは自分の顔がどんどん熱くなっていくのを感じていた。
(え?な、なんで?なんでヴィアはシャツのボタンを外しているの?)
全てのボタンを外し終わったヴィアは、静かにシャツを脱ぎ出す。フィオナは驚いて両目を瞑ると、ヴィアはまた静かにため息をついた。
「フィオナ。知りたいんだろ。目を開けてくれ」
ヴィアの言葉にフィオナは一瞬肩を揺らしたが、意を決して目をゆっくりと開く。そして、目の前の光景に絶句した。
ヴィアの右肩に大きな痣ができている。矢が刺さった部分が一番濃く、その周辺がグラデーションのように淡くなっている。痣の濃い部分は皮膚が爛れ始めていた。
「その痣は……まさか」
「そうだ、あの時の矢が原因だ。騎士団長は俺は大丈夫だろうと言っていたが、大丈夫ではない。俺の体は今でも毒に侵され続けている」
あまりの衝撃にフィオナは絶句したままだ。だが、我にかえりヴィアを凝視する。
「そんな、だって、あなたには愛する人がいないって」
「……いるんだよ、愛する人が」
「そ……んな、まさか」
ヴィアの言葉に、フィオナは信じられないという顔をしている。ヴィアはまたシャツを羽織り、ボタンを閉め始めた。ただシャツを着ているだけなのに、なぜか色気を感じてまたフィオナの顔は赤くなっていく。そんなフィオナの顔を見て、ヴィアは一瞬眉を顰め苦しそうな表情になる。
「だって、あなた女性嫌いだったじゃない。浮いた話も一つもなくて……」
動揺するフィオナを、じっとヴィアは静かに見つめている。その瞳には何か熱いものが込められているようでフィオナは胸がキュッとなった。
「浮いた話は一つもない。女性も苦手だ。たった一人の女性を除いては、だ」
(どういうこと?ヴィアに思い人がいるだなんて、ずっと一緒に働いてきたのに全くわからなかった。そんな人がいるなら相談くらいしてくれてもよかったのに……)
そう思いながら、なぜかフィオナの胸はモヤッとする。
(モヤッとする?どうして?ヴィアに思い人がいたって別にいいじゃない)
自分の気持ちを疑問に思っていると、ヴィアがフィオナの近くまで歩いてきた。フィオナが大丈夫だと思える、ギリギリの距離だ。ヴィアはよっぽどのことがない限り、この距離を越えたことがない。その距離から、ヴィアは少し屈んでフィオナの顔を覗き込んだ。
「フィオナ、俺は護衛騎士と教育係として出会う前から、フィオナのことを知っている」
「え?」
キョトンとするフィオナに、ヴィアは苦しそうな表情で言葉を紡いだ。
「フィオナが昔、ガラの悪い連中に襲われそうになった時助けた騎士は俺だ」
「……!?」
フィオナは昔、元婚約者に婚約破棄された挙句、ガラの悪い男たちに襲われそうになった。だが、たった一人の騎士がその男たちからフィオナを助けてくれたのだ。その騎士が、自分だとヴィアは言う。
(待って、待って、そんな、まさかあの時の騎士様がヴィアだっていうの?)
あの時の騎士の顔を思い出そうとするが、フードを被っていたか逆光で顔が見えなかったことしか思い出せない。
「教育係としてのフィオナと初めて顔を合わせた時、すぐにあの時の令嬢だと気がついた。だが、それをわざわざ言うつもりはなかったんだ。あんな記憶、きっと思い出したくもないだろうと思って、ずっと黙っていた。すまない」
そう言って静かにヴィアはお辞儀をする。そして顔を上げたヴィアは、フィオナの顔を見て目を見開いた。
「フィオナ……」
フィオナの両目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「すまない、やっぱりずっと黙ってそばにいたことはフィオナにとっては嫌だっただろう」
「!ち、違うの、あの時の騎士様がヴィアだって知ったら、なんだか嬉しくて……」
そう言って、涙をこぼしながらフィオナは優しく微笑む。その微笑みを見た瞬間、ヴィアはフィオナを抱きしめたい衝動に駆られた。だが、ヴィアはその衝動を必死に堪える。握りしめた拳は手のひらに爪が食い込むほどだ。
「あの時、助けてくれてありがとう。あなたのおかげで、私はこうして前を向いて生きていられるわ」
フィオナの言葉にヴィアの胸はいっぱいになる。ヴィアは一度うつむいてから大きく深呼吸をした。
「俺はフィオナがあの時のことのせいで男性不信になっていることを知って、とても苦しかった。フィオナにはどこかの誰かと幸せになっていて欲しかったんだ。でも、教育係として一生懸命、何事にもひたむきに向き合い進んでいくフィオナと一緒にいるうちに、俺はいつの間にかフィオナに惹かれていた」
フィオナを見つめながら、ヴィアは一つ一つゆっくりと言葉を紡いでいく。
「俺が愛する人はフィオナ、君だ」
琥珀色に美しく輝く瞳でじっと見つめられ言われた言葉に、フィオナの胸は今までで一番高鳴った。
「ヴィア……!」
突然のことにフィオナは驚きを隠せない。まさか自分が、ヴィアに思われていただなんて信じられない。だが、それは嫌なことではなくむしろとても嬉しいことだった。
「俺は別に君に答えを求めているわけじゃない。フィオナは男性という生き物が苦手だろう。俺だって男だ。フィオナにとって嫌悪感のある存在であることには変わりない。だから、リリア様に何を言われても俺のことは気にしなくていい」
そう言いながら、ヴィアは一瞬苦痛に顔を歪める。こうしている間にも、ヴィアの体は毒に蝕まれているのだ。
(ヴィアを助けたい。どうしても、ヴィアには生きていてほしい)




