5 心配
「ここなら大丈夫だろう」
ヴィアが連れてきてくれたバルコニーで、フィオナは大きく深呼吸をする。夜の空気が胸いっぱいに広がり、さっきまでの苦しさは消えていく。夜空にキラキラと輝く美しい星に気づけるくらいには、フィオナは落ち着きを取り戻した。
「ありがとう、ヴィア。こんな大切な日に迷惑をかけてしまったわね。本当にごめんなさい……」
自分のせいで護衛騎士であるヴィアの手を煩わせてしまっていることに、フィオナは落胆してしまう。
「いいんだ、あの男があまりにも不躾すぎるだけだ。フィオナは別に悪くない」
「でも、やっぱり私なんかがこういう場所に来るべきではなかったわね。ちゃんとリリア様の晴れ姿を見てお祝いしたいという個人的な気持ちで動くべきではなかったわ。こんな風になってしまっては、リリア様をちゃんとお守りすることもできないのに」
静かにため息をついて、フィオナは悲しげに呟いた。大事な時にまでこんなふうになってしまう自分の体が疎ましい。
「リリア様だって誰よりもフィオナに祝ってほしいと言っていた。フィオナがここにいることは無駄なことでもなんでもない。気にする必要はないんだ」
静かにそう言うヴィアの顔は、闇の中で広間から差し込む光に照らされて美しい。なぜだろう、ほんの少し微笑んでいるようにも見えて、フィオナの胸はまたキュッとなる。
(どうして、また胸が苦しい。でも、嫌な苦しさじゃないのは一体何?)
フィオナは戸惑いながらじっとヴィアを見つめる。ヴィアを見つめながら固まっているフィオナに、ヴィアは不思議そうな顔で尋ねた。
「どうした?」
「えっ……いや、ええと、いつも以上に素敵な姿でつい見惚れた、のかな」
ごまかすように笑うフィオナを、ヴィアは目を大きく見開いて見つめる。そして、片手で口元を覆うと、静かに後ろを向いた。
「ヴィア?」
「っ、いや、なんでもない。フィオナこそ、綺麗に着飾っていて素敵だ」
すぐにまたフィオナの方を向くと、いつものように真顔になってフィオナを誉めた。
「そんな、気を遣ってくれなくていいのよ。慣れない美しいドレスでなんだか恥ずかしい」
「気を遣って言ったわけじゃない。本当だ、美しいよ。俺がフィオナに嘘をついたことがあったか?」
その眼差しに嘘は見られない。まるでヴィアに心を射抜かれたように、フィオナはまた動けなくなっていた。
(どうしよう、どうしてこんなに心臓がうるさいの?しかも顔が、熱くなっている気がする)
顔を赤らめてじっと見つめるフィオナの頬に、そっとヴィアは手を近づける。フィオナは一瞬驚くが、嫌なそぶりも見せず黙ってヴィアを見つめたままだ。ヴィアの手はフィオナの頬に触れることはなく、すぐそばで止まる。
「ヴィア、フィオナ嬢。そろそろ時間だ」
背後から声がして、二人はハッと我に返った。
「あ、あぁ。わかった」
ヴィアは伸ばしていた手を握るとすぐに下ろし、声をかけてきた騎士に返事をする。フィオナもしっかりとした表情に戻って広間に目を向けた。
(ぼうっとしている場合ではなかったわ。リリア様をお守りしないと)
◇
「デミル殿下、リリア妃殿下、万歳!」
デミルとリリアが広間の中央階段から降りてくると、広間にいる貴族たちはこぞって歓声をあげる。ヴィアは他の騎士たちと目配せをしてそれぞれの場所で周囲に目を配っている。フィオナは、階段の近くでリリアに笑顔を向けながらも不審な参加者がいないかと視線を泳がせていた。
デミルとリリアが階段の下まで降りてきた、その時。
パリーンと音がして、窓が次々と割れる。そして仮面をつけた男たちが窓から次々に広間に侵入してきた。
「デミル殿下たちをお守りしろ!それから客人たちを避難させるんだ!」
騎士団長が声を上げると、騎士たちは次々に動き出す。ヴィアも剣を抜き仮面の男たちを次々と倒していく。さまざまな所で騎士と侵入者が応戦している中、ヴィアは大きな違和感を感じていた。
(どこかで他とは違う、大きな殺意を感じる。どこだ、どこから狙っている)
ヴィアは剣を構えながら周囲に目を凝らす。すると一つの方向が一瞬キラリと光った。
(あそこか!)
気づいた時には光る矢がリリアに向かって飛んできている。ヴィアは咄嗟にリリアの前に立ちはだかり、肩に矢を受けた。
「くっ!」
「ヴィア!」
「あそこだ!絶対に取り逃すな!」
ヴィアが示した場所に騎士たちが走り出す。騎士の一人が攻撃魔法を繰り出して逃亡を阻止し、矢を放った男もあっけなく倒された。