八話 告げる
少し調子に乗ってしまった。
まさか彼の手料理でここまで気分が踊るとは思っていなかった。
毎日、私に料理を振舞ってくれるお母さんの料理は見栄えが悪い。
味は悪くない。普通。
だけど彼の作る料理は見た目、味も完璧と来た。
彼には伝えないといけない事があるのにそれで言いそびれてしまった。
どうして私がベッドに寝ていたかもしっかりと覚えている。
彼の料理を堪能した後冷蔵庫に入っている酒に手を出した。
もちろん酒だとは知らなかったが缶の中身を一気に飲み込んだで気付いた。
私は酒に弱い。
いや、弱いも何も飲んだことが無い。
今回が初めてだ。
「ホント、癖が悪い」
ベッドから這い出て彼の部屋から出る。
幸いにも酒は残っていないようだ。
これが若さかな。
一階のリビングに向かう。
リビングからテレビの音がかすかに聞こえていたからだ。
ソファに横たわりテレビを観ている彼を見た時思った。
「お父さんみたい」
「起きたか」
顔をこちらに向けることも無く声を掛けてくる。
観ている番組はニュース番組だ。
「吐き気は」
「ないよ。ごめんね、迷惑掛けて」
「この家にいること自体が迷惑なんだが。まぁ俺のせいだって言うんだろうが」
「・・・・・・」
黙ってしまう。
それは君のせいじゃないから。
「ビルからの飛び降り自殺、二人いたって話をしたよな。あれ午後の6時だったらしい。だけど俺が自殺をした時は午後8時だ。時間が噛み合ってない」
「・・・・・・今度こそ、しっかり話そう」
彼が横たわるソファに近づく。
彼は起き上がり私の座る場所を作ってくれた。
そこに座り、テレビを見つめた。
「君から話を聞いた時、全てを理解した」
「ん」
「私と君が一緒に飛び降りたの。ううん、私ではない、私と君が」
彼は黙っている。
顔を少し伺うと目線はテレビに向かったままだ。
「君が自殺をする時に私も自殺をしたの、平行世界で。だけどそれはいけない事なの。現実と〝もしも〟で人物が同じ行動を取る事はない」
「・・・・・・」
「仮にも同じ行動が実行されるのであれば、それを阻止しなくてはいけない。それが私の役目」
「じゃあお前は何だ」
「平行世界を守ろうとして壊した張本人」
「まさか、あの時のか」
彼は覚えている様だ。
そう、それが私。
「現実と〝もしも〟がダブれば二つの世界の区別がなくなる。区別がなくなった状態なら君が一人で飛び降りても、現場に居た目撃者には飛び降り者が二人って映ったんだろうね」
彼はテレビを見つめたまま口にタバコをくわえた。
手に持ったオイルライターのふたを開けたり閉めたりしている。
「君の自殺を止める事が平行世界にとって良い事だと思った。だけど現実には逆らえない。君が死ぬなら彼女は死なない。それを忠実に守っていれば平行世界が壊れる事はなかった」
「つまりお前が言う彼女、恐らくあっちの世界での常盤朝美の自殺を止めていれば平行世界は壊れなかったと」
「そう。彼女は死なない。君が現実だから。だけど、私が殺してしまった」
「しかし、ダブってはいないハズだ。俺が聞いた話だと、さっきも言ったが飛び降りがあった時間は午後6時だ。しかし俺が自殺をした時間は午後8時。この時点で同じじゃないだろ」
「それは君の勘違い。君は午後6時に自殺をしたの」
「2時間も時間を勘違いするか普通。時計が止まっていた訳でもないのに」
「それは私にはわからないけど、きっとどこかで君は時間を読み間違えてる。よく思い出してみて?」
眉間にしわを寄せる彼の顔は怖い。
くわえたタバコは未だに火を点けられる様子が無い。
吸わないの? と聞くと「吸わん」と返ってきた。
「彼女を助けたい。そして平行世界を元に戻さないと」
「俺にどうしろと。もう一度死ねとでも。勝手だな、もちろん死ぬのは反対じゃないが」
「私にはもう権利が無い。平行世界での彼女の体を借りてこっちに来たけど戻るのは不可能」
「ちなみにこのまま平行世界が壊れたままだとどうなる」
「どうにも無いよ。ただ、私の罪滅ぼしをしたいだけ」
「罪滅ぼしか」
「そして君は、現実ではない」
俺は、コイツが考えていることがサッパリだった。
むしろ理解しろと言う方が無理な話だろう。
話が突発的に飛びすぎている。
俺は今までこんなオカルトな体験をしたことが無い。
今後も出来ればこんな体験はしたくないが。
でも、今体験している。
ここにいる少女は、俺の理解したつもりでいたトキワアサミとは違う。
別人なのだ。