七話 言いそびれ
空一面を覆っていた灰色の雲は、自らに与えられた使命を果たし去っていく。
雪が止み、雲は流れ、綺麗な蒼が現れる。
ここぞとばかりに顔を出す太陽は、いずれ積もった雪を溶かすだろう。
俺は、そんな状況下で未だに雪を踏みしめていた。
「私は彼女を助けないといけない」
リビングは冷えていた。
暖房がついていないからだ。
まだ彼がリビングに居た時動いていた暖房は止まっている。
彼が止めていったのだ。
それも当然だろう。
私は彼が家を出て行く時にリビングにはいなかった。
誰もいない部屋で暖房が点いている必要は無い。
もっとも、外出から帰ってきた時に室内が暖かい時ほど嬉しいことはないが、彼は違う。
私とは反対なのだ。
―――几帳面で感情なし。
この冷えた室内の中でも私は暖房を点けようとはしなかった。
寒いと感じないからだ。
きっと彼は帰ってきたらこう言うだろう。
―――こんな寒いのに暖房も点けないで。
だから、彼のために、暖房のリモコンを探した。
「朝美クン。君は誰かを助けるのに理由を求める?」
視線の先に、答えてくれる人はいない。
手にしたリモコンのボタン押し、暖房の電源を入れ彼の帰りを静寂の部屋で待つことにした。
彼に、真実を伝えるために。
久々に料理を作ると言う考えは想像以上に難しかった。
何を作るか、スーパーの店内をぐるぐると回りながら考えていた。
初めはカレーでも作ろうかと考えていたがしっくりと来なかった。
嫌いなわけではないが食べたいと思わなかった。
そもそもカレーを作るのであれば食す時間帯が自然と夜になる。
レトルトならまだしも、少しこだわりを持つ俺は時間をかけて作りたかった。
だからカレーは断念し他の料理に切り替える。
何か無いものか。
何が食べたいと問い、何でも良いと答えられるのが一番難しいとよく聞く。
そんな気分だった。
帰り道、少し暑いと思った。
気温が上がった様だ。
いや現在進行形で上がっているのかも知れない。
それぞれの家の屋根に積もった雪がどさどさとすべり落ちていく。
既に溶け始めているようだ。
明日には完全に溶けているかも知れない。
俺は、そんな太陽が照らし出す銀世界を眺めながら家に向かっている。
ようやく家に辿り着いた頃には羽織っているコートがいらないとまで感じる様になった。
汗こそかかないものの、不愉快だ。
玄関の扉を開け家に入る。
溶け始めた雪に濡らされた靴を脱ぎ捨てる。
幸いにも中にまで浸透していなかったため靴下を脱ぐことなくリビングへ向かう。
「暑いな」
リビングは暑かった。
暖房が効いている。
俺が家を出るときに暖房の電源は切った。
すると点けたのはアイツだ。
「ただいま」
ソファに座るアサミ声をかける。
「おかえり。遅かったね」
「悪いな。腹減ってるだろ、すぐに作る。それより暖房切っていいか、暑いぞ」
「そうだね。いいよ」
相当腹が減っているのか、少し不機嫌な様子だ。
暖房の電源を切りキッチンに向かい、フライパンを棚から取り出す。
続いてビニール袋から買ってきた食材を次々と取り出しては必要な分だけ並べて必要の無い物は冷蔵庫に入れる。
この冷蔵庫にアルコール缶以外の物を入れたのは久しぶりだった。
腕になまりは無い様でスムーズに事が進む。
「ほれ、食え」
10分足らずで料理は終わった。
チャーハンだ。
皿に持った二つチャーハンをテーブルに置き椅子に座る。
アサミも椅子に座り「あのね」と言いかけてチャーハンを眺めた。
「ほへー!?」
「なんだよ」
「すごいキレイ!! ご飯粒が金色だよ!!」
少しは機嫌を直した様だ。
俺は他人との接し方を知らない。
だから、機嫌が悪いままだとどうすればいいかわからなかった。
ものすごい勢いでチャーハンを平らげるアサミの姿はまるで早食い番組の参加者だ。
俺がまだ一口も手をつけていないのに関わらず、既に半分と無い。
「うまーーー!!」
「口に物を入れたまま喋るな」
少し遅めの昼食は、あっと言う間に終わってしまった。
「ふへー食った食った」
「おかわりまで要求するとはな」
俺が自分の分を食べ終わった後、「物足りんぞぉ!!」と叫ぶものだから仕方なくまたチャーハンを作る羽目になった。
幸いにも食材は残っていた。
その分を利用し何とか腹が満たされたらしい。
この小柄の体の胃袋はどうなっているのか。
まぁ俺みたいに適当な食事量よりは健康に良いだろう。
「さて、腹も満たされたようだし話の続きをするか」
「ねねコレ飲んでいいー?」
アサミが冷蔵庫から一本の赤い缶を持ってきた。
ガッシリと缶を握り締めるその姿はまるで子供だ。
「ん、待て飲―――」
プシュ。
言い終わる前に缶の封を開けグビグビと中身を流し込む。
アサミはその缶をジュースか何かと勘違いしただろう。
だがそれは酒だ。
アルコール6%表示、正真正銘の酒である。
「アホ。それは酒だ」
缶を奪い取り軽く振ってみる。
既に空だった。
「ふへへー。なぁんかフラフラするぞぃ」
「イッキした挙句に即効で酔いが回ったか」
本当にめんどくさいヤツだ。
あちらこちらと動き回るアサミの両肩をつかみ顔をうかがう。
真っ赤に熟した顔は既に昇天している。
ぶつぶつと何か言っているが次には、すーすーと寝息が聞こえてきた。
「たす―――なきゃ、ア―――を・・・・・・」
「何言ってんだコイツ」
結局、今回の出来事についての話をする事は出来なかった。
俺に抱かれ眠るアサミはとても軽い。
とりあえず横にするためにしっかりと抱きかかえて自室に向かう。
ソファで眠らせるよりかはベッドの方がいいだろう。
ベッドに寝かせた後に顔をもう一度うかがう。
コイツは平行世界から来たと言っていた。
それは俺が自殺をした事によりコイツの世界―――平行世界が壊れたからだそうだ。
この事に関しては細かく追求し、どうするかを考えなくてはならない。
平行世界が壊れたことにより、どの様な障害が起きるのか。
自殺を行った俺が生きているのは何故か。
そして俺が仕入れた情報にあった、二人の飛び降り自殺。
ハッキリとしていないことが多い。
コイツが目を覚ますまで、どれぐらいの時間がかかるかはわからないが俺は待つことにした。