十四話 凍りついた心
今から2年前、両親が死んだ。
交通事故が原因だ。
俺はその頃家でゲームか何かをしていた時だと思う。
突然電話が鳴って、受話器を取ると両親が交通事故に遭ったとの連絡。
その電話の主は親父の勤めている会社の社長だ。
それからすぐ家に迎えの車が来て病院へ急いだ。
「なぁ、親父はどうなってんだ!? 母さんは!?」
「落ち着くんだ、私もまだよくわからない」
あの頃の俺は、感情を素直に出せる人間だったと思う。
笑い、怒り、悲しみ、感動、不安。
全てを普通に操れる人間だった。
「ご愁傷様です」
医者がそう告げる。
白い部屋のベッドで横たわる両親を前にしてから数時間後、両親は息を引き取った。
今までの幸せな家庭は一瞬で崩壊した瞬間だった。
俺はショックを隠し切れずその場に崩れ落ち、泣き叫んでいた。
家族仲はとても良かったと思える。
多少の揉め事はあったにしろ、それを何時までも気にすることなく、すぐに仲直りをしていた。
母さんとは、よく買い物に付き添い荷物持ちを引き受けたり、親父とは、よく会社に連れて行ってもらい仕事の手伝いをしていた。
親父は俗に言うエリートだった。
そんな親父に俺はあこがれていた。
毎朝早く家を出ては夜遅くに帰ってくる生活。
毎日過酷な仕事量に追い込まれながらも懸命に働き家庭を支えていた。
そんな親父を知った俺は幼い頃、将来の夢を語る授業では、お父さんみたいな人になりたいなんて言った程だ。
「朝美君、いいかい? これはどうしようもない事実だ。夢ではない」
親父と会社の社長は幼い頃からの付き合いらしく、一緒に会社を起業する程の仲だったらしい。
泣き崩れ立ち上がる事の出来ない俺の肩を抱き、一緒に泣いてくれた。
それからしばらくは両親のいない家で一人生活していた。
しかし、世の中とは酷なものでその生活は長く続かなかった。
親戚がここぞとばかりに名を上げ、財産を求め迫ってきたのだ。
俺の家は、金持ちだった。
三階建ての一軒家。
新しいグレードが出るたびに買い換えられるベンツ。
知っているのはこれぐらいだが他にも金目の物はたくさんあった。
俺はそれらを必死に守ろうとしていた。
「いきなりなんだ!! あんたたちは!?」
「朝美よく聞くんだ。君のご両親は亡くなり、もうここは君の居場所ではない。ここは売り払われるんだ」
「なんでだよ!? ここは親父が必死に金を稼いで手に入れた物ばかりだ!! あんたたちの物じゃねぇ!!」
「それはそうさ、だが、この世には遺産相続と言うものがあってだな、俺たちがそれを引き継ぐのさ」
「だったらそれこそ俺の物だろう!? 親父と母さんの物は俺の物だ!!」
「君にここは贅沢すぎる。俺たちの生活を見てみなさい。毎日生きていくので精一杯なんだ」
「知るかよそんなこと!! ろくに働きもしないでよく言える!!」
「それにな、子供は一人で生きていけないんだ。俺たちの誰かがお前を養わなければいけない。そのための資金作りだよ」
「バカか!! 俺は一人で生きていける!!」
元々、親戚間は良好だった。
なのに金が絡むと誰であろうと容赦しない。
我が先にと金目の物に手をつけていく。
「やめろって言ってんだろ!!」
制止の効かない親戚の一人を殴り飛ばしたときだった。
「金はなぁ、人間が生きていく上で一番必要なものなんだよ。お前がこうやって生きて来れたのも剛が稼いだ金があってのことだろうよ。今ここにたくさんの金がある。俺たちが生きるためにはこの金が必要なんだよ!!」
「ぐはっ!?」
俺の拳で怯んだ相手が俺の顔を殴り飛ばす。
続いて、腹に蹴りを入れる。
流石に土木建築で働く大柄の男の力には勝てず俺はうずくまるしかなかった。
「テメェ等、さっさと自分の物は確保しておけよ。早いもん勝ちだ」
数世帯の親戚たちは俺の事を気にすることなく家を物色する。
ありとあらゆる物を抱えては家を出入りする。
何もかもを持っていかれ、数時間後には何も無い家になってしまった。
「ごめんねぇ朝美くぅん。君には悪いけど私たちの生活がかかってるのよぉー。君のお父さんはとっても素晴らしい人だったわ。だけど、私たちの事は一切見向きもしてくれなかったの。お金をたくさん持っているにもかかわらず、一切を助けてくれなかったんだから。だけどもういいわ、今こうしてお金も入るんだし。全てを水に流しましょう。それから朝美くんはうちの子供になるのよ」
白髪の目立つ女性が俺に声を掛ける。
俺を殴った男の家とは別の家のおばさんだ。
何度も顔を合わせているが、とてもやさしくしてくれた記憶がある。
「うるせぇ、この・・・・・・火事場泥棒がっ!!」
「ハッ!! やっぱりあんたを引き取るのは止めだわ!! こんな生意気な子供、うちには勘弁だね!!」
「うちも無理無理。施設にでも入れちまえ!!」
誰もが皆俺を拒む。
俺はこの時知った。
人間とは、結果次第で生き方を変えられてしまう。
途中経過はいらないと。
親父が同じ様な事を言っていた。
それが、これである。
親戚一同が帰った後、俺は家を隅々まで調べた。
体が痛む。
足はふらつき、立っているのが億劫になる。
意識を失ってしまうそうだった。
だけど残っている気力を振り絞った。
「なにもない」
本当に何も無かった。
これまで築き上げてきた思い出が何一つ残っていなかった。
数日後、また親戚がやってきた。
しかし今回はあの時俺を殴った男一人だけだった。
「今日ここは売り払われる。前にも言ったがここを出なくちゃならん。幸いにも俺がお前を引き取ってやるよ。施設はお前を引き取ってはくれない様だ。ありがたく思え。生きていけるぞ?」
「だったら殺せ。俺は、ここからは動かない」
「そうはいかねぇよ。色々と役人さんもお前の事を気にしてる」
「殺せ。生きていても仕方ない」
「ふん。いつまで悲しみにふけってる? お前はもう人間じゃねぇ、家畜なんだよ。金がないヤツは誰かにすがって生きていかねぇといけないんだよ」
俺の胸倉を掴み、強引に連れて行かれそうになる。
抵抗する程の力はなく、ただ従うしかなかった。
「俺のために、稼げ!!」
奴隷とはこの事なのだろうか。
なす術もなく、俺はこれから、コイツのために生きる事になる。
玄関まで引きずられる。
もう、この家ともお別れだ。
「失礼。この子を放してくれるかな?」
「あぁ? 誰だてめぇは?」
玄関に立つ男性がいた。
見覚えがある。
その人は名刺を取り出すと男に差し出した。
「私、朝山誠一郎と申します。亡くなった常盤剛の同期でIT会社の社長を務めております」
「はぁん、んで? その社長さんがどうした?」
「その子は今日から、私の下で生きるのです。貴方のような方に渡すわけにはいきません」
「おいおい、いきなりだな? 部外者が勝手に口出しするなよ?」
「フフッ、金には力がある。全てを変えるだけの力がね。金なら全てを持っていって構いません。ですが、剛が残した〝もの〟は渡さない。例え、世界がそれを否定しても金で全てを屈服させてみせる」
それからの事は何も知らない。
数々の面倒を社長が請け負ったはずだ。
本当に金でどうにかしたのかも知れない。
意識が薄れていく中で聞いたあの言葉を思い出す。
「常盤を買収した」