十二話 境界線
全身を濡らす雨は極端だ。
強くなる事もなければ弱くなる事もない。
ただ一定の速度と量を保ちながら重力に従い落ちていく。
この雨は明日、止むのだろうか。
だけどそれは俺の知る必要の無い事である。
少女の腕を放つつもりはない。
抵抗をするなら俺はそれを制止する。
アイツに与えられた役目を果たすために。
俺に与えられた役目を完遂するために。
「いい加減飽きたろ」
「何によ?」
「ここに立つの。怖くないのか」
「怖いよ、そりゃ。高いところキライだし」
「俺は好きだ。こうやって高いところから下を見ると人間が小さく見える」
「小さく見えるとどうなるの?」
「別にどうも。ただ、人間は本当に小さい生き物だと認識できる」
「どういう意味よ?」
「それはお前の知る必要の無いことだ。お前は、俺の様に生きる世界を知らない」
少女は顔を傾げる。
その顔から察するに、意味がわからないと言いたげだ。
「君って、ロボットみたい」
「何がだ」
「単調だよね。感情がこもってないって感じ。いつもそうなの?」
「さぁな。俺の事はよくわからない。アイツにもそう言われたよ」
「逆って言ったよね? 簡単な解釈で、私の逆?」
「そうなんじゃないのか」
「友達がいないから?」
「知らない」
「フフッ。バカみたい」
少女は何故か笑う。
笑える内容があったのだろうか。
俺にはわからない。
「なんかさ、ありえないよね。別世界からの自分が自殺を止めに来るって」
「俺だってそう思うさ。ありえない話だ」
「止められた時、どう思った?」
「俺は自殺を止められた訳ではない。俺は死んだんだ。だが死んでなかった。意識が覚めたら自分の部屋で寝てて、起きたらアイツが横で寝ていた」
「一緒に寝てたの? ヤダァ」
「変な解釈は困る。勝手に寝ていたんだ。それで俺がさっき言った様な事をベラベラと喋っていた」
「その時、どう思った?」
まるで―――。
「「夢を見ているんじゃないか」」
言葉が偶然と重なった。
「私ね、なんか今と似た様な夢を見た気がするんだ。だけど、内容まで覚えてない」
「そうか」
「ところで、いつまで腕、掴んでるの?」
「俺の役目が終わるまでだ」
「いつ終わるの?」
「さぁな」
「だったらもう、君の役目は終わってるんじゃないのかな?」
「俺が知りたい」
この雨のおかげでポケットに入れてあるタバコは濡れてしまっているだろう。
仮に濡れていなかったとしても吸うことが出来ない。
中毒者はこれだから困る。
少女の掴んでいる腕とは反対側の腕が自然とポケットに向かう。
やっぱり濡れていた。
「どうしたの?」
「別に」
「そう」
いつまでも立ち尽くす生と死の境界線で俺たちはこの世界を見ていた。
俺は〝もしも〟を。
少女は〝現実〟を。
きっとここが、俺たちにとっての始まりで終わりの場所。
俺には〝終わり〟を。
少女には〝始まり〟を。
ここで交わされる逆の世界は、それぞれの生き方を与えられる。
「お前は、死ななくて良い」
「もう死ぬ気なんてないよ。どーでもよくなっちゃった」
少女は俺とは逆で大雑把だ。
いつまでも過去にこだわらない。
もう、自殺なんて出来ないだろう。
俺だからわかる。
掴んでいた腕を放す。
「・・・・・・ありがとう」
雨はまだ、降り続いている。