十一話 平行世界
願えばなんでも叶う。
それは間違いだ。
仮にも願いが叶ったとすれば、それは結果でしかない。
俺は今、何を願っているのか。
その結果を実現することは出来るのだろうか。
雨が降っている。
大雨でもなく小雨でもない。
普通の雨だ。
傘を持っていない俺にはこの場で雨をしのぐ方法が無い。
服が濡れていく。
すれ違う人々は皆傘を差している。
俺だけ、存在が浮いていた。
空を見上げる。
落ちてくる雨の一粒一粒がよくわかる。
「・・・・・・」
雨が地面を叩く音、人がすれ違う時の風切り音、足音。
それ以外は何も聞こえない。
辺りを見回す。
見慣れた光景。
ここは、俺が通う学園の校門前だ。
桜蓮学園。
ここの学長、オーレンが設立した私立学園だ。
オーレン学長は英国人。
元々は何かの研究家だったそうだが、日本に帰化した際にここを設立したと聞く。
そして自分の名のオーレンを無理矢理漢字に変えたのが桜蓮でここの学園の名前になっている。
なぜ、ここにいるのか。
きっとここは、俺の知る世界ではない。
別世界だ。
どういった経緯でここに来たかはわからない。
ただ俺は役目を背負った。
その役目を果たすためにここにいるのだろう。
止めていた足を動かす。
俺の目的地はここではない。
向かう場所は一つだ。
目的地に着いた頃には着ていた服がずぶ濡れになっていた。
だけど気にならない。
自分が呼吸する際に出る白い息から察するに今は冬だ。
冬の雨は人体を極力冷やす。
普通なら体が震えていてもおかしくないだろう。
しかし寒いと思わなかった。
アイツを思い出す。
気温が低く、雪が降っている日にも関わらずワンピース一枚で過ごしていたアイツを。
「アイツも、こんな感じだったのか」
それはわからない。
ただ、違う点と言えば服装だ。
アイツはワンピース一枚に対し、俺は桜蓮の制服を着ている。
少なくとも、俺はさっきまで制服を着ていた覚えが無い。
だがここは平行世界。
きっと、俺がここにいると言うことから日にちは1月21日だろう。
だとすれば、俺は制服を着ていた。
あの時の俺が、ここにいる。
目的地を目指す。
建物に入り、エレベーターを目指す。
道中、誰かに声を掛けられる事はなかった。
エレベーターのボタンを押すとすぐに扉が開いた。
エレベーターに乗り込み、19階のボタンを押し扉を閉める。
数分が経ち、19階に辿り着く。
そのまま階段を目指す。
現れた鉄製の扉を開け、ようやく目的地に辿り着く。
俺が立っていた場所に少女が一人立っている。
「誰?」
雨に濡れていた少女の表情は暗い。
着ている桜蓮の制服は俺と同じでずぶ濡れだった。
「桜蓮の制服・・・・・・。同じ学園?」
「同じだが同じじゃない」
アイツを思い出す。
アイツは白いワンピースを着ていた。
体を借りた際に服装までは選べなかったのだろう。
自分の世界でない以上、自由が利かない。
目の前にいる少女はアイツより暖かい格好をしている。
そして俺もあの時の服装をしている。
だがアイツはどちらでもない。
無から現れた少女の幻想。
「ここで何をしていたんだ」
「教えたくない、きっと君が迷惑するから」
「だけど俺は知っている。俺はお前と同じ事をしたから」
「同じ事って・・・・・・。そんなことはないよ。私はこれから死ぬんだもん」
フェンスの向こう側に立つ少女は飛び降りたりはしなかった。
俺がアイツの様に声を荒げる必要もなかった。
彼女は死なない。
世界はそうなっているから。
「だけどお前は飛び降りない。俺にそれを止められてしまったから」
「わからないよ? 私がいつ飛び降りるかわからないじゃない」
「わかるさ。お前は俺だ。既に飛び降りるタイミングを失っている」
常盤朝美だ。
俺は名を告げる。
「世界は、現実と〝もしも〟の二種類に分類される。その中で俺が現実であり、お前は〝もしも〟。俺は自殺をした。それと同じ様にお前も自殺をしたが〝もしも〟であるお前は死ぬことが無い」
「なにそれ。君が現実? 私が現実よ!!」
「まぁお前の主観からすればそうだわな」
俺を睨み付ける少女の目は殺気に満ちている。
だがその殺気の矛先は俺ではなく自身。
フェンスに近づく。
特に急ぐわけでもなくゆっくりと歩き、彼女に近寄る。
「お前は今、俺と同じ様な体験をしている。俺が飛び降りようとした時、お前に阻止されそうになった。いや、正確にはお前ではないんだがトキワアサミだ。だが俺はそれを無視して飛び降りた。現実には逆らえないから。だけど死ねなかった。〝もしも〟である平行世界のお前も同時に死んだことで両方の世界の区別がなくなり、平行世界は壊れた。それを防止するのが、トキワアサミの役目だ」
「バカばかしい話だよね。わかってる? 自分が言ってること?」
「確かに馬鹿だな。本当に馬鹿だ。だけど、俺は現実でそれを体験してきた」
慣れた手付きでフェンスを登り、少女の隣に立つ。
仮にも警察が自殺を止めようとするならこんな大胆な行動には出ないだろう。
しかし、相手は〝もしも〟だ。
何も怖いことなんて無い。
「お前は死ぬべき人間ではない。死ぬべきなのは俺だ」
「君は・・・・・・どうやってここに来たの?」
「わからない。気付いたらこの世界にいたが、大方アイツの仕業だろう」
「その人は、どんな人?」
「お前だよ」
少女の腕を取る。
もう、逃げられない。
しっかりと掴んだ細い腕は抵抗を試みるが振りほどく事が出来なかった。
「放して!!」
「もういいだろう。よく考えろ、死んだ後に残された両親はどうする。他にも悲しむ人は大勢いるだろう」
「それは君だって一緒じゃない!! ここが私の世界なら、別の世界で死ぬ君に悲しむ人はいないの!?」
「いないな。お前とは違って、俺には両親もいなければ友達もいない。ずっと、孤独で生きてきた」
「それは嘘よ!! お父さんとお母さんが死んでるハズないじゃない!! 友達だってたくさんいるでしょ!?」
「言ったよな〝もしも〟だって。俺とお前の立場は逆なんだ」
社長と正志の事を思い出す。
彼等は、俺の死をどう思うだろうか。
だけど思い浮かばない。
あくまで、生きるために利用した人材だからだ。
「逆・・・・・・」
「そう、逆だ」
雨は一向に降り止む気配を見せない。
それはあの時の雪の連想させる。
ここから見下ろす風景は、あの時と変わらない。
だけど、違う。
ここは平行世界だ。