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十話  救済

人間とは臆病なもので真実を話す時には勇気がいる。

その勇気を搾り出す事が出来なければいつまでも黙っているだけだ。

なぜアイツは、今頃になって自分を語ったか。

アイツは殺してしまったと言った。

守るべき相手を間違え、平行世界を壊した。

それを俺のせいだとアイツは言った。

しかしそれは勘違いでそれを認識するまでに時間を要した。

俺が持ってきた情報で自らの過ちに気付き、それを俺に告げた。

その時のアイツの顔は無表情だった。

出会って数時間の仲だが、アイツの表情はよく変わっていたと思う。

どれ程の重罪を背負ったかはわからない。

平行世界が壊れたままでも俺に害はないと言う。

しかし自らの過ちで本来壊れるべきではない世界が壊れた。

それを救済しないといけないと。

しかしもう権利が無いと言う。

家を出る時、アイツは言った。


『彼女を助けて』



窓から見上げる空は紅に変わったかと思うと、瞬く間に闇に変わった。

都会の夜景は綺麗だと言う。

だがそれは静寂の闇を否定し星々の存在を消す。

時間を確認する。

しかしこの部屋に時計は無い。

俺は別の方法で時間を確認する。

午後7時57分。

時間を読み取った俺はそこから簡単な計算を行う。

午後5時57分だ。

パソコンの画面に表示される時間は二時間ズレている。


「あの時もこんな感じだったな」


与えられた仕事が片付き、窓から空を見上げ時計を見た時だ。

だがあの時は時計が狂っているとは思わなかった。

細かい時間は省き、午後8時と認識していた。

仕事をしていた部屋を出る。

俺に与えられた副社長室から―――。


階段をゆっくりと上り、現れた鉄製の扉を開ける。

建付けが良いのか、重い扉でもすんなりと開くことが出来る。

やはり星は見えなかった。

穏やかに流れる風をさえぎる物は無く、俺の髪を揺さ振る。

あの時は、雪が降っていた。

そして街に雪が降る光景をここから見下ろしていた。

交通機関が麻痺し、慌てていた人々の動き。

まるでそれは、食べ物を探し回る(あり)の様だった。


「ここで俺たちは同じ事をしていたのか」


この景色を一緒に見ていたのだろうか。

同じ事を考え、立ち尽くしていたのだろうか。

ポケットからタバコの箱を取り出し一本を口にくわえる。

もう何本も吸い続けてきた。

そして多くの金をつぎ込んできた。

禁煙をしろと何度も社長に言われていた。

だが止めれなかった。

いや、禁煙をしようとした事が無い。

親父の吸っていたタバコの銘柄を忘れないようにするために。

もう一度、ここから飛び降りてみようか。

そんな気分だった。

俺は自殺志願者で、それを実行にまで移した。

だが、失敗に終わった。

アイツの説明を全てここで鵜呑みにしたなら別世界の俺が自殺をしたからだ。

それを止める者は無く、アイツが俺を止めたからだ。

現実世界と平行世界で人物の行動が重なる事はない。

それを阻止するためにアイツは俺はを止めた。

しかし現実には逆らえず、俺は死んだ。

だから彼女は死んだ。

もう一度、俺が死ねば彼女の世界が戻るのだろうか。

人助けのためではない。

あくまで、自分のためだ。

俺が描くハズだったストーリーを完結させるために。

転落防止用の高いフェンスに手を掛ける。


―――今度こそ、成功させる。


「待って!!」


やはり来た。

アイツが来た。

この季節に合わない、白いワンピースを着た黒髪の少女が鉄製の扉を開け放ち声を荒げた。


「どうしてここに来た」

「君が、終わらせようとしたから」

「なぜ止める」

「君が、終わろうとしていたから」


同じ質問に対し、同じ答えが返ってくる。

彼女は肩で息をしている。

俺はその少女を見つめる。

あの時、振り返っていたら、そこにコイツはいたのだろうか。


「この世界は現実だけどもう現実ではないの!! 君は現実に逆らい生きてる!!」

「それは、お前のせいなんだろ」

「そう、だから元に戻さないといけない。何もかも」


少女が俺に寄ってくる。

俺はそれを拒むことなく立ち尽くす。

少女は、俺を見上げる形になった。


「お願い・・・・・・。 彼女を助けて。世界を助けて?」


俺の知らない世界を壊した少女は泣いている。

俺の知らない人間を殺した少女が泣いている。

なぜ泣くのか。

誰もコイツを責める者はいない。

責めたところでどうにもならない。

ただ、罪悪感が残るだけ。

それを救済するための俺なのか。

俺は事実上、コイツに助けられている。

死ぬハズだった俺が生きている。

もしも、俺が逆の立場だったら、どうしていただろうか。

同じ事をするのか。

俺に与えられた役目なら、きっとするだろう。


―――役目。


「お前の役目はなんだ」

「世界を守ること。常盤朝美を生かせること」

「俺の役目はなんだ」

「現実に、逆らわないこと」

「逆らわない様にするにはどうしたらいい」

「私が守るべきだった彼女を助けて」

「どうすればいい」

「願って? 助けてたいって」


涙を流す少女は非常に孤独だ。

俺はこういう時どうしたらいいかわからない。

ただ、見つめるだけしか出来ない。

きっと、感情があったら、何か出来る事もあっただろう。


「私の役目はもう終えてるの。ただ、間違っているだけ。間違えた場所は修正すればいい。だけど私は権利が無い」


人間は不器用だ。

泣きながら喋ると何を言っているかわからなくなる。

だけどコイツは器用だ。

泣きながらでも伝えたいことをしっかりと告げている。

涙を流しながらでもしっかりと俺を見て立っている。

嗚咽に負けず、体を震わせることは無い。


「もう一度問う。俺の役目は」


コイツに与えられた役目は俺の役目だ。

立場が違うけれど、目的は一緒だ。

人間は単純で、何かをきっかけに心を動かされる。

俺は、役目を買わされた。

いや、与えられていた。

救済を。

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