九話 役目
『よく思い出してみて?』
そんな事を言われても考えたところで思い出せるハズがない。
ただ、俺は探偵ではない。
全ての謎を解き明かそうと言うつもりは初めからない。
悪い癖なのだ。
何でもかんでも、疑問に思ったことを突き止めようとする悪い癖。
「癖が悪い」
「なに?」
「なんでもない。それより、助けると言ったがどうすればいい」
「私が君にしたみたいに、今度は君が彼女の自殺を止めればいいの」
「簡単に言うな。そもそも俺は一般人だ。どうやって別世界に行けと言うんだ」
「念じるの。助けたいって」
無茶を言ってるとしか思えない。
人間、願えば叶うと言う。
だがそういう問題ではない。
世の中は結果であり、途中経過はいらない。
俺は、そういう世界を学んだ。
「お前は、ここにどうやって来たんだ」
「願ったの。君を助けたいって。同時に世界を守りたいって」
俺は立ち上がりキッチンへ向かう。
ずっと口にくわえていたタバコのフィルターが唾液で潤い始めた。
これが続くと葉とフィルター部分を境に折れてしまうからだ。
換気扇を回し火を点ける。
しかし、俺もよく今までの話を通して理解しようとしていたものだ。
察しがいいとまではいかなくても、アイツが全部を喋る前に理解できた部分も少なくはない。
『常盤朝美!!』
俺の名を大声で呼び止めたのはアイツだった。
脳内で再生される。
雪が降り積もるビルの屋上で叫ばれた時だ。
『常盤朝美!!』
また再生される。
なぜアイツは俺を呼び止めたか。
結局、俺のためではなくアイツのため。
―――アイツ。
そう、トキワアサミだ。
アイツではなく、トキワアサミだ。
罪滅ぼしと言った。
自分の犯した過ちを清算したい。
ただ、それだけのこと。
俺は利用され捨てられていく。
それはまるで、役目を終えたタバコのフィルターの様に。
「別世界の常盤朝美は、どんなヤツだ」
「君とは逆の人。私だよ?」
「そうだったな」
「彼女を、助けて?」
「同時に、自分を助けてだろ」
手元に資料がある。
その資料を一枚一枚目で追っていく。
今日の仕事分だ。
俺は今、朝山ビルにいる。
毎日午後4時からここで働いている。
金を稼ぐため、死んだ親父の席を守るため。
ここに来るまでの道のりは簡単だった。
雪は完全に溶けていた。
大空が蒼で統一され白がない。
降り注ぐ光は朝の景色を疑わせる。
もうじき蒼は紅へと変わるだろう。
日本は、夜を迎えるため準備に取り掛かる。
仕事机に置かれたパソコンの隣にある内線が鳴っている。
受話器取り耳に当てる。
『朝美か? 別に来なくてもいいだろうに。今日は休みだぞ』
「昨日終わってなかった仕事があってな。それを終わらせる」
『律儀なもんだ。親父そっくりだな!! しっかりと給料はつけるからタイムカード切っとけよ?』
そんなものはとっくに済ませてある。
俺が今までタイムカードを忘れたことなんて無い。
内線を切るとさっそく仕事に取り掛かる。
与えられた仕事を全うする。
これが俺の生き甲斐だった。
それ以外は、何も無い。
ふと、気になる事があった。
パソコンの画面の右下に映し出される時計。
午後6時4分と出ている。
携帯電話の時計を見る。
午後4時4分。
―――二時間のズレ。
俺はあの時、この時計を見ていた。
舌打ちをして仕事に戻る。
この調子だと、すぐに片付きそうだ。