第97話 8歳、フランデモラの大地にて 6
「はぁ、はぁ...」
木々の焦げた臭いが広がる森の中、リーゼルは膝をつき、息を乱していた。
「...お疲れ様」
「お疲れ新入り!」
「ありがとう、ございます...」
息を整えるリーゼルの傍ら、2人の女性がリーゼルを見下ろす。
その周囲には馬車に積んであったと思われる荷が幾つか積まれていた。
「いやぁ、まさか倒しちまうとはなぁ...しかも跡形も残さずによ」
「私も驚いた。足の1、2本斬り飛ばしたら合格にしようと思ってたのに...期待以上」
期待以上...
合格って事でいいのか?
だが、合格条件は先に教えて欲しかった。
「それは何よりです」
「...でも、ちょっとやり過ぎ。ここまでしなくてもアレは倒せた」
「実戦経験が乏しくて、敵の観察はあまり...」
「じゃあ早く慣れて。戦闘終了を確認できてない状態...そんな戦場で魔力欠乏症に陥ってたら危ない」
「まぁまぁ、新入りだって必死だったんだ。それに、この歳でよくやったと思うぜ?有り難い助言は後にして、戦士を労ってやるのが筋ってもんじゃないのかい?」
「ん...確かに、一理ある」
...ポン
セレネが俺の頭に手を乗せる。
大人とは思えない程小さな手だったが、冬の外気の中ではとても暖かく、妙な安心感を与えてくれた。
「...よく頑張った。今仲間が迎えに来てるから、それまでゆっくり休むといい。詳しいことはその時話すから」
そう言われて初めて、あの獣を倒せたんだという実感が湧いてきた。
...なるほど。
あのどデカいのをぶっぱなして分かった。
魔法や魔術などの魔導の類いは殺しの実感が湧きにくい。
もし、あんなモノを人に向けたら...
人道なんて容易く失えるだろう。
今、俺は魔導を広めている。
あの場を終息させる為。
これから訪れるだろう脅威に対応する為。
だがそれらは...正しかったのか?
方針を決めた時、俺は考えられるだけの懸念点を洗い出した上で選択した。
...はずだ。
ちょっとした事で揺らいでしまう選択とは、正しい選択と言えるのだろうか?
今の俺には分からない。
ガタガタガタ...
そんな風に思い耽っていると、遠くから馬車の音が聞こえてくる。
どこの誰かと一瞬身構えたが、セレネとリビアの反応からすぐに敵では無い事が分かった。
...ガタッ
「...先生、待った?」
やがて1台の"馬車"が俺達の前で止まり、御者席から一人の少女が顔をのぞかせた。
しかし、ただの少女ではない。
背から片翼の生えた少女...いや、"天使"と言うべきか?
"人間"と呼ぶには少し異質な存在がそこにあった。
「ん、早かったね」
「まぁね。私にはこの子がいるから」
...だが、それより更に目を引くことが一つ。
(っ!?...この気配)
荷台を引く中型の生物。
馬でも牛でもない、異形。
全身が"腕"で構成されたような、四足歩行の獣。
"異世界だから"と納得できるようなモノでは無い。
この世界でも明確に異質な存在...
そう考えるより早く、先程戦闘して疲労しているはずの身体が反応した。
「...ん?君、この子が気になる?」
俺は静かに頷く。
身体が妙に強ばっているせいで上手く口が利けなく、少し失礼だったかもしれない。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。この子は私の支配下にあるから」
「魔法...ですか?」
「まぁ、そんな感じだね」
他生物の支配...
魔導を極めればそんな事もできるのか?
魔導の基本は対価と理解。
今の俺では、それがどんな対価で、どんな仕組みで成り立っているのか見当もつかない。
だが、支配というのは中々に惹かれる。
たとえそれが一時的なモノであったとしても、戦闘中であれば大きなアドバンテージになるし、索敵や撹乱にも使えるだろう。
...習得できれば色々と便利そうなものである。
「...君、今自分にもできるかって考えたでしょ」
「ッ...なんで分かったんですか?」
「構え。表情。会話...先生ほどじゃないけど、長く生きるとそういうので何となく分かる」
「凄いですね...」
「君こそ凄いよ。というより驚いた」
「え?」
「君は8歳だって聞いてどんな子だろうと思ってたけど...まさか、私の話を聞いて真っ先に"利用価値"を考えるとは思わなかった。君、もしかして...」
バシッ!
その時、少女の話を遮るように手のひらが少女の頭に落ちる。
少女はあまり反応していなかったが、その音からかなり強く叩いたことが伺えた。
「...痛い」
「おい!積み込み終わったぜ?まったく... 自己紹介もせずに変な話をしてんじゃねぇよ。新入りが怖がってるじゃねぇか」
「そんなことない」
「はぁ...新入り、気にしなくていいからな?お前にも色々事情があるだろうが、アタシ達は基本的に詮索はしねぇ」
「そうですか...」
「え〜...リビアは気にならないの?」
「確かに気になる。が、強要はしないさ。だいたい、新入りからすればお前の方が異質だろ?」
俺の秘密。
前世における"異世界"の記憶を保持していること。
この人達は、何となくそれを感じ取っているのだろう。
今まであまり深く考えないようにしていたが、俺自身気になることは沢山ある。
なぜ起きたのか?
その原因は?
どうして自分が?
...だが、それは重要なことではない。
究極には、知らなくても生きていけるモノだ。
今はただ、"リーニャの窮地を救う"。
それだけを考えていればいい。
「...リーゼル。早く乗って」
「あっ、はい!」
セレネに急かされ荷台に乗り込む。
不意に、皮が剥がれ顕になっていた部分がまた痛み出した。
...それは、また新たな戦いへの一歩。
怖い。
だが"止まる"という選択肢は許されない。
それが、俺が転生した意味だと信じているから...




