第94話 8歳、フランデモラの大地にて 3
「そもそも、君は魔眼についてどこまで知ってるの?」
「アルテさんから粗方聞いています」
「ん。じゃ、早速本題。」
そう言うとセレネは腕を振った。
小さく振ったように見えたが、その割には強い風が髪を揺らす。
すると次の瞬間には、まるでマジックのようにセレネの手中に手鏡が現れた。
そして、セレネはその鏡面をリーゼルに向けた。
「見える?」
「...何がですか?」
「ほら、黒目の部分」
そう言われ、俺は自分の瞳を注視する。
あまりマジマジと見た事がなかったから分からなかったが...
鏡越しでも分かるくらい、ガラス細工のような綺麗な目をしている。
「...あっ」
「見えた?」
「はい、確かに」
...魔眼の紋様。
非常に薄くはあるが、黒目の部分に血管や神経などとは違う模様が見える。
アルテさんやメリアのとは若干形が違うが、魔眼とはそう言うものなのだろう。
...しかし奇妙だ。
俺が知る限り、紋様は片目だけに現れる。
だが、俺の両目には紋様...しかも、形が違うものが確認できるのだ。
この状態をそのまま解釈すれば、俺は二つの能力を持つことになるが...
セレネの反応を見るに、そう簡単な話ではないらしい。
「それで、コレが何か?」
「変なの」
「変?」
「アルテから、君は"生まれながらにしてリーニャの眷属である"と聞いた。だけど、今の君からはリーニャの力は感じず、他の二つの力を感じる」
「それは...?」
「一つは、君が受け継いだアルテの魔眼の断片。もう一つは...」
「もう一つは...?」
「分からない。でも、とてつもなく強大な力だってことは分かる」
消えたリーニャの能力。
受け継いだアルテさんの能力。
そして、詳細不明の能力。
...なるほど。
たしかに変だな。
「"両魔眼"ってだけでも異様なのに、従魔にもならないなんて...」
「従魔?」
「アルテに聞いてない?魔女が"繭"になった時、その眷属は従魔になる...はず、なんだけど」
状況から考えて、リーニャは"繭"という危険な状態にあるのだろう。
通常なら、そこで眷属とされるもの達が"従魔"とやらに成るのだが...
事実、俺はそれを免れている。
「僕はなっていませんよ?」
「そうなんだよね」
「何か問題が?」
「うーん...今は、まだなんとも言えない。でも、何かが起きた時、無知では済まされないから」
全くその通りだ。
俺がセレネの立場でも、同じ見解を示す。
何事も、杞憂で終わるのが一番いいからな。
...ガタン!
馬車が大きく揺れる。
どうやら、道が荒くなってきたようだ。
「...そう言えば、今はどこに向かっているんですか?」
「あぁ、ハーウィアルって街だ」
「あれ?ランズガルではないんですか?」
「仲間がいるんだ。一旦そいつらと合流する。それと、作戦会議だな」
「うーん...?」
「ん、なんか納得出来ねぇか?」
「お母様がランズガルに居るなら、そこで全部済ませた方が早いのではないですか?お母様はまだ、繭?なんですよね?」
「それなんだが...」
「今回の繭化は外部干渉が原因だと考えられる。無策で近づくのはリスクが高い」
「それに、実際"奴ら"による被害が出始めてるからな...」
「その、"奴ら"って...」
ドゴォォォ...!!!
『!?』
ガタガタ...
衝突音?
馬車を揺らすなんて、結構な衝撃だ。
一体、何が...?
「来るぞ!」
まだ状況を全部把握しきれていなかったが、リビアのその一言を聞いた瞬間、俺の全身の毛が逆立った。
"奴ら"と聞いて俺が思い描いたもの。
その気配を感じた。
...シュバッッ!!!
それからは、ほんの一瞬の出来事だった。
身の危険を感じ、俺は咄嗟に馬車の壁を突き破る。
それより早く、二人は姿を消した。
その次の瞬間には、"それ"の刃が馬車を襲い、身を投げ出した俺の身体を掠めた。
ドサッ!...
「いっ...」
太腿を斬られた...
なんだ?何が起きた?
そうだ、馬車は?
「...なっ!?」
馬車が...
卸されてる...!?
その光景を目の当たりにして、俺はそんな感想を得た。
中々に的確な表現だと思う。
なにせ、馬含め、馬車の上半分が綺麗に切り飛ばされ、宙に浮いていたのだから。
ドゴッ!
ガラガラ...
切り飛ばされた部分が地面と激突し、残骸が辺りに散らばる。
血も飛び散ったが、人のものでないことはすぐに分かった。
(二人は大丈夫なのか?)
スゥ...
《...聞こえる?》
「!」
風が耳元を掠めたかと思うと、まるで囁かれているかのように声がする。
姿は見えないが、どうやら無事みたいだ。
「セレネさん?」
《よかった。聞こえてるみたいだね》
「一体、何事ですか?」
《...突然だけど君を試させてもらう》
「ほんとに突然ですね...」
ドスッ、ドスッ...
「っ!?」
嫌な気配がする。
昔、レドラムで感じたような"死"の気配...
グルルル...
《私達は一切手を出さない。理由は...分かるよね?》
...なるほど。
コイツが"最低ライン"ってことか。
なら、やるしかない。
やらざるを得ない。
「...はい」
《いい返事。じゃ、くれぐれも...》
...ドスッ
《死なないようにね》




