第92話 8歳、フランデモラの大地にて
「う゛っ...」
頭がズキズキする。
目が痒い。
何が起きた?
アルテさんは?
ここは、どこだ?
まだ朧気な意識の中、俺は周囲を見渡す。
針葉樹林。
凍った湖。
毛深い鹿...
ふむ。
少なくとも俺の知る場所ではないな。
ただ、植生は似てるからタブラからそれほど遠いところでも無さそうだ。
(にしても、本当に何が...)
ッ────
「う゛ッ!?頭が...割れる...?」
突如、身悶えるような激痛がリーゼルを襲う。
リーゼルは膝をつき頭を抑えるが、痛みは一向に引く気配を見せない。
...それから十数分。
やっと痛みが消え、リーゼルは平静を取り戻した。
「...ここが、フランデモラ?」
...分かる。
知らないハズなのに。
何故か、ここがフランデモラだと確信できる。
変な感じだ。
《...れ》
(ん?...今、何か聞こえて...)
《...瞑れ》
(瞑れ?...こうか?)
俺は謎の声に従い目を瞑る。
当然、何も見えなくなる(瞼の裏以外)。
...そのはずだった。
オォォォ...!
「...う゛っ!?」
目を瞑った次の瞬間。
何かが脳に流れ込んでくるような感覚と、脳を揺らされるような不快感が襲う。
突然の不快感。
俺はそれに耐えられず吐き気を催した。
「ォエ゛ェ゛...」
歪む視界。
白輝の世界。
近くの木に寄り掛かるが、もはや寄り掛かり続ける気力もない。
(...)
...バタッ
間もなくしてリーゼルが気絶する。
冷たい空気と、そぼ降る雪。
だが、雪はリーゼルに積もらない。
艶やかな熱気がリーゼルを包み、落ちる雪を次第に溶かす。
まるで、暖かな母の抱擁のように...
───ガタン!...
「んぁ?」
揺れてる...
さっきの場所じゃない、のか?
「□□_□□□□□□□□?」
「□□□□」
(知らない言葉...)
会話が聞こえる。
声は2人分。
多分、どちらも女性。
「?...□□_□□□□!」
あっ、見られてる。
なんか聞かれてる?みたいだけど...肝心の内容が分からない。
とりあえず、適当に返しとくか。
「あの...貴女は?」
「□□□□!」
「...□□□」
「?」
「□□□□□□?」
「□□_□□□」
怒涛の異言語に圧倒されたが、どうやら、俺が異言語を理解してないことに気付いてくれたみたいだ。
「...えー、アタシはリビア。で、何故あんな場所に?」
「えっと、僕は...」
「リーゼル、だろ?先生から聞いてる」
(...俺の名前)
それに、先生?
俺はその女性...もとい、リビアの隣に座るもう一人の女性を見る。
その女性はフードを被っているが、誰かの面影を感じた。
(アルテさん?...いや、違う)
アルテさんは死んだから...
セレネか。
...ん?
アルテさんは死んだ?
何故分かる?
まだ死んだとは限らない、はず...
はず、なのに...
そう言い切れる自信がある。
まさか、この"知らないの記憶"のせいなのか?
この記憶にある「アルテさんが全てを俺に託して散った」というのは事実なのか?
それも、「生き長らえることが出来た上で」というのも?
「...おい!」
「あっ...はい」
「お前、なんで泣いてんだ?」
「えっ...」
そう言われ、俺は目元を拭う。
そうして拭った手には、確かに水滴が染みていた。
「す、すみません」
「...聞かせろ」
「えっ?」
「お前の話を聞かせろ。知ってるんだろ?アル姉に何があった?」
アルテさんを知っている...?
信用してもいいのか?
「...私からも頼む」
この声...やはりセレネか。
"記憶"が正しければ、アルテさんの姉ということになる。
それなら、信用しても良さそうだ。
「分かりました。僕も、あまり詳しい事は分からないんですが...」
俺は"記憶"を手繰り寄せ、2人にアルテさんの事を話す。
終始2人の表情は見えなかったが、その背中からは悲しみが伝わってきた。
「...すみません」
「ん、なに?」
「アルテさんが亡くなったのは、僕が弱いせいなんです。だから...」
「私はアルテの選択を疑わない。アルテが君に託すと決めたなら、私もその決定に従う」
「...僕を恨まないんですか?」
「んなもん労力の無駄だろ?まぁ、アル姉を失ったのはちと痛いがな」
「だから、恨みはないけど君にはアルテの後釜として働いてもらう。異論は認めない」
「...という訳で、よろしくな、新入り!」
「は、はい...」
...フランデモラのとある森林。
ガタガタと揺れる馬車の上、リーゼルは叛逆者の仲間入りを果たしたのであった。




