第91話 砂漠の鮫
「はぁぁぁぁ!!」
ガッッ!!
...ドオォォォン!!!
...ダームアレン大陸、ヘローム砂海───
暮れの砂地。
空気を震わすような轟音と、地面を揺らすような落下の衝撃が広がる。
微細な砂粒は流砂となり、大地に落ちた天使を飲み込んでゆく。
「ハァ...ハァ...」
「お疲れ様。今回は流石に疲れたね」
「あぁ。もう1歩も動けねぇ」
巨大な亡骸の上。
女が2人、会話する。
一人は亡骸に剣を突き立て、一人は翼をはためかせる。
大地を照らす夕日は地平線に差し掛かり、空を赤く染めあげ始めた。
「...なぁ」
「ん?」
「異常...だよな?」
「うん」
「コイツも、前のアイツも...明らかに、今までのよりオオモノだ。一体、何が起きてるんだろうな?」
「私に聞かないでよ」
「しょうがねぇだろ?先生はアル姉に係っきりだし。お前も、たまにはアタシの話し相手になりな」
「え〜...」
いかにも面倒臭いという反応を見せながらも、翼の女は剣の女の横に腰掛ける。
「...たしか、終戦から600年経つよな?お前の歳もそんぐらいだと記憶してる。違うか?」
「ううん。合ってる」
「なら、お前は知ってるんだよな?歴史から失われた600年前の大戦...人と神々の戦争の事」
「うん」
「だったら教えてくれ。...その時代、世界に何が起きたんだ...?」
「..."天は滅浄の光に覆われ、地は劫火に焼かれる。楽園の使徒等は智恵を忌み、数多の魂が輪廻に回帰する"」
「なんだそれ」
「戦後すぐ、情報統制される前の詩人の歌。当時の状況をよく表してると思う」
「随分スケールが大きいな」
「そうだね。でも、あながち間違ってもない」
「...だけど、そんな事があったのによく人類は生き残ったな」
「"奴ら"の目的はあくまで文明の後退。人類の殲滅じゃない」
「..."神々の遊戯"って感じだな」
「うん、私もそういう認識。でも、戦後から少し状況が変わってる」
「どういうことだ?」
「戦時中、ある魔女が神々の脅威になったの。だから、戦後の情報統制のときに"魔女狩り"が起きた」
「なるほど」
「神々は"叛逆者"を恐れてる。それに、近年は文明の発展が著しい。だから...」
「...近いうちに"聖戦"が起きると?」
「そ。先生も私も、そう睨んでる」
「そうか...そうなったら、※ヴィスコッタもお預けだな」
二人は地平線を見つめる。
太陽は砂の海に沈みかけ、空を夜が覆いかける。
地を揺らめかせる熱は散り、涼しい風がふわりと吹いた。
「...2人とも、緊急事態」
「うおっ!?...って、先生か」
「先生。緊急事態ってアルテお姉ちゃんのこと?」
「アルテは大丈夫。緊急事態は別の事案」
「で、緊急事態ってなんだ?」
「...リーニャが"繭"になった」
「アイツが!?」「リーニャ...!?」
「...で、でもアイツ、まだ"寿命"を迎えるって歳じゃないだろ?」
「多分、襲われたんだと思う」
「でも、リーニャはお姉ちゃんが見てるはず...」
『...あっ』
「まさか...陽動?」
「だから、こんなオオモノが...?」
「分からない。けど、多分そう」
「ど、どうすんだ!?だってリーニャはッ...」
「分かってる!!...だから、2人に話してる」
残り日が地の果てで揺れる。
その広大な砂漠に異様な静けさが訪れた。
ピュ───...
静寂を壊したのは指笛の音だった。
高く広いその音は、遠くからでも良く聞こえる。
「...出発しよう。今すぐ」
...リーゼルが危篤を知る3日前。
"砂漠の鮫"はフォルスティアの大地を踏んだ。
※お酒の名前。ソマイラという糖度が高い薬草の一種が原料。独特の香りと喉に刺さるような辛味が特徴。




