第88話 8歳、リーゼルのとある一日 3
...タブラ領主邸・書斎───
「...それで、僕になんの御用ですか?」
「おっと、本題からだいぶ逸れてしまったね...」
ウェインさんから「用事がある」と聞いてから約30分。
なんの用かと思って来てみれば、ここまで世間話を聞かされていた。
だが、どうやらそれらが本題ではないようだ。
俺がウェインさんに呼ばれる時...
それは、実に奇怪な事件が発生した時だろう。
はてさて...今回は一体どんな事件が起きたんだ?
「本題は...これだ」
本題と言うなりウェインさんは真剣な面持ちになり、机上に置かれていた手紙を俺に手渡した。
「...これは?」
「読めば分かる」
そう言われ、俺は恐る恐る手紙を開き、その内容に目を通す。
「!?」
だが、全文を読まずして俺は内容を知った。
...知ってしまった。
「お母様が...危篤...?」
リーゼルは手紙を落とし、一瞬のうちに様々な思考が脳を巡る。
「...リーゼル君。すまないが、もう一つだけ落ち着いて聞いてほしい」
「...なんですか」
「その手紙を届けてくれた人から伝言も頼まれてね...」
ウェインが一旦、間を置く。
リーゼルはその様子を見て、事態が更に深刻だということを本能的に悟った。
「《見舞いは勧めない。行けば、結果はただ悲惨なものになる》...と」
「...」
「リーゼル君、私もとても残念に思うよ...でも、この伝言の通りお見舞いに行くのはやめた方がいいと思うんだ」
「何故ですか?」
「この手紙と伝言を届けてくれた人。...彼女は多分、前にセレネと名乗ってココに現れた娘だ。私は、彼女は君より"そっち方面"に詳しいと見た。そして、この忠告も信用に足るものだと判断した」
「...」
「...だが、これは私という一個人の見解に過ぎない。リーニャ君の場所は手紙に書かれている。...もし君が行くというのなら、私は止めない。むしろ、君の意志を尊重したいと思う」
「そう、ですか...」
「後は君の判断に任せるよ。...くれぐれも、後悔のないようにね」
「...ありがとうございます」
...ガチャン
...気分が悪い。
爺さんの死に際を思い出したから...?
リーニャの危篤を聞いたから...?
いや、どっちもか。
「うっ...」
...昼からずっと、自分の情緒が不安定なのを感じる。
急に涙が込み上げてきたり、
行き場のない怒りに苛まれたり...
それに、魔力の制御も滞っている。
"眼"が言うことを聞かない。
痛い。苦しい。
タッタッ...
「あっ、リーゼル...」
「はぁ...はぁ...」
「えっ、ちょっと...大丈夫?」
「大丈夫です...部屋で休めば、すぐ良くなりますから...あっ」
バタッ!
「ちょっと!?...ホントに大丈夫なの!?」
「ハァ...ハァァ...」
「ねぇ、聞いてるの?ねぇ...!」
あ...ダメだ。
意識が、飛ぶ。
誰か...
リーニャ...
「お母、様...」
...10ヶ月前、タブラ領主邸───
「えっ、出張...?」
「そう。ウェイン様から直々にね」
..."こっち"に移ってから1ヶ月くらいの頃。
突然、リーニャは出張へ赴いた。
知らされたのは、期間が未定だと言うことだけ。
場所も目的も分からない。
ウェインさんにも聞いたが、彼は「出張したい」というリーニャの要望を聞き入れただけのようだった。
業務上は「出張」となっているが、多分、それよりも「旅」と呼ぶのが相応しい。
そう...突然の旅立ち。
...そりゃあ悲しかったし、寂しかった。
何故、俺に目的を言わなかったのか...
何故、俺を置いて行ったのか...
何故、出発際に放った言葉が『ごめんね』だったのか...
考えれば考えるほど、"別れ"が現実味を帯びてゆく。
...だから、
俺は考えるのを止めた。
いや、忘れていたんだ。
"前"よりも充実して、"生きる"を感じられる今の生活に。
それを生きる自分に陶酔して...
...今考えてみれば、俺はリーニャに何も出来てない。
これじゃ、"前"と同じだ。
何も出来ず...返せずに、母との永遠の別れ。
嫌だ。
そんなのは絶対に。
せっかく転生したのに、前世の二の舞は笑えない。
...でも、どうすればいい?
俺に何ができる?
今も、こうして考えることしか出来ないのに...
〈ジッ...ジジッ...〉
ん、なんで未来視が...?
...というか、そもそもここは何処だ?
俺、たしか気分が悪くて...
気絶した...よな?
...なら何故、今思考できているんだ?
〈ツー...〉
そう思った矢先、俺の思考を遮るようにある風景が映し出された。
周囲を照らす妖しい光。
果てしなく続く棚の列。
そこに敷き詰められた数多の本。
...そして、そこにぽっかりと空いた空間で座る1人の少女...
それから暫く、少女は手に持つ本を読んでいたが、ふと、まるで視線に気づいたかのように"こっち"に視線を移した。
〈...──ッ〉
今の...
未来視じゃない。
しかも、あれは"禁書庫の魔女"だ。
...呼ばれている、のか?
何故?
...いや、答えは分かりきっている。
彼女は知っているんだ。
事の真相を...
なら、寝てる場合じゃない...!
(起きろ!起きろ!俺の身体!!!)




