第63話 7歳、入学
タッタッ...タ
コンコン...
リーゼルはとある扉の前で立ち止まり、その扉をノックする。
「お嬢様。朝ですよ」
「んん...眠いぃ...」
「はぁ...今日がなんの日がご存知ですか?」
「ん...あ!」
中から何かを思い出したかのような声がする。
バタバタ...
「...あぁ、もう!リーゼル手伝って!」
「はぁ...まったく...。失礼します」
ガチャッ
...凍えるような風は過ぎ去り、暖かな風が草木に春を告げる。
...ここに来て、はや3ヶ月。
俺は、フラファイア家に仕える使用人兼エルゼの側仕えとして、職務を全うしていた。
合間に身体を鍛え、魔力の制御も並行しながらだ。
特段大したことはなかったが、貴族に使える者としての教養もしっかり叩き込まれていたので少々疲れた。
でも甲斐あって、社交の場で恥をかく(かかせる)ことは無くなったはずだ。
まぁ自分でも順調に生活をしていると言える程度にはなったかな。
サッサッ...
「...終わりましたよ」
「ん、ありがと」
俺はエルゼの身だしなみを整え終わる。
今日はいつもの服装とは違い、黒を基調とした独特な形状をした大きな襟のトップス。
それと、薄らとチェック柄が入ったスカート。
胸元には一際目を引くシルクの赤いリボン。
「ちょっとキツくない...?」
「それくらい我慢してください」
なんせ今日は俺にとっても大切な日だからな。
主人にもしっかりキメてもらわわなきゃダメだろう。
タッタッ...タ
「ウェイン様...」
「あぁ。起きたかい?」
「ん〜...パパ、おはよ...」
「おはよう。」
タッタッ...
ガタッ!
エルゼが食堂の椅子につく。
すると、目の前の皿からパンを一つ取る。
パクっ
もぐもぐ...
「...エルゼ」
「ん?」
「よく似合っているよ」
「...」
...パクっ
「ハハッ...。...あっそうだ、リーゼル君。」
「ん?あ、はい!」
俺はちぎっていたパンを置き、姿勢を正す。
「今朝、リーニャから伝言がきてね...」
《ッー...》
「"気を抜くな"、と...」
「...分かっています。とお返しておいてください」
「...ハハッ。それと、"あそこ"では魔力を抑えてくれ。少しでも問題は避けたいからね」
「分かってますよ。それに、僕が魔力を使う時にはもう、何もかも遅くなってます...」
「...それもそうだね」
ガタン!
エルゼが椅子から降りる。
「ん」
「あっ...では、失礼します」
「あぁ。行ってらっしゃい」
タッタッ...タ
ダッ...ダッ
俺たちは屋敷の前の通りに停められた馬車に
乗り込む。
「...ポールさん。お願いします」
バチン!
ガタガタ...
馬車が動き出す。
『...』
エルゼが窓枠に肘をつき、外を眺め遠い目をする。
『...』
「...ねぇ」
「はい」
その時、馬車の中で初めてエルゼが口を開いた。
「"学校"って、どんなとこなの...?」
「...さぁ?僕にも、よく分かりません」
「ふぅん...」
「...不安、ですか?」
「...」
「......」
「...うん」
「それなら、大丈夫そうですね」
「?」
「不安は、少しでも良くしようという思いの裏返しです。むしろ、お嬢様が気を付けるべきなのは、学校に慣れて傲慢になり過ぎないようにすることです」
「傲慢?」
「人に偉そうな態度をとることです」
「...うん。分かった」
その時、エルゼの顔が少し緩んだように見えた。
...学校、か...
「...」
俺だって不安だよ...
本当は行きたくない。
行ったら、"昔"を思い出してしまうかもしれないから...
"不安は、少しでも良くしようという思いの裏返し"か...
俺なんかがよく言えたもんだ。
まぁ、経験ってやつか...
俺の薄っぺらい経験も、たまには役に立つもんだな。
タッ...
俺も窓枠に手をつき、外を眺める。
...ここは屋敷がある地区の反対側。
馬車からは、大図書の裏に建てられた
"学校"
がよく見えた。




