第61話 7歳、後日 3
サッ...サッ...
「んん...」
(...ん?...頭を、撫でられてる...?)
助かった...のか?
一体、誰が...
「ん...起きた?」
この声...
「...アルテさん...?」
「ん?」
目を開けると、アルテさんが俺を見下ろしている。
アルテさんはまるで猫を撫でるように、俺の頭を優しく撫でていた。
サッ...サッ...
...いまいち、状況が読み取れない。
俺はさっきまで地下にいて、そこで肉の塊に飲み込まれたはずじゃ...?
...なのに、なんで俺は禁書庫にいて、アルテさんに頭を撫でられているんだ?
それにこの体勢...
(まさか...)
「ちょっ!...」
その時、俺はえも言われぬ羞恥心に駆られ、アルテさんから離れようと体を起こそうとする。
だが身体は鉛のように重く、思うように動かせなかった。
「ん...?」
「アルテさん...これ、膝枕...」
「ん、そうだよ?ここ、枕とか無いし...」
「床でもいいんじゃ...?」
「ダメ。体が痛くなるでしょ?」
「じゃあ、せめて撫でるの止めてください」
「なんで?」
「...いや、その...恥ずかしいです...」
「?...ここには私と君以外、ネズミ一匹すら居ないよ?」
「それでも、です」
だが、アルテは撫でるのを止めない。
「...あの、聞いてましたか?」
「うん。でも君、抵抗できないでしょ?」
「...」
どうやら、止めてはくれないようだな...
まぁでも、アルテさん美人だし、こんな人
に膝枕をしてもらっているのだから抵抗する必要がない気がしなくもない。
「...それで、なぜ僕はここに?」
「...君、"あの娘"を殺したでしょ?」
「あの娘...?」
あの娘...
...あぁ。
あの磔にされてたやつか。
たしかに俺はとどめを刺したが...
それとどう関係が...?
「...あの娘...魔女"予備軍"だったの」
「予備軍?」
「極めて魔女に近い存在...潜在的に魔女と同等の力を持つ娘達のこと」
「へぇ...じゃあ魔女と同じ、と考えていいんですか?」
「ん。それで今回の事で重要なのは、君が殺したのが"魔女"だということ」
「はぁ...」
「...今回の件を話す前に、君に、魔女の死について知ってもらう」
アルテさんは俺に本を読み聞かせるように、魔女の死について教えてくれた。
...魔女の死───
それが意味するのは、かつて、"災厄"とされた災害の発生。
魔女が保有する膨大な魔力は、魔女が死ぬことによって解き放たれ、最悪の場合、周囲の生態系までも変えてしまう。
それ故魔女達は恐れられ、迫害されてきた。
魔女の死後には種類があり、
最も一般的なのは"封印"。
これは、死後自身の体が"封晶"と呼ばれる状態に変化し、長い年月をかけて周囲に魔力を流すことである。
この場合、周囲環境への影響は非常に緩やかであり、封印の前後の環境の変化が最も少ない。
次に、"迷宮化"。
これは、死後自身の体を"核"として、迷宮を生成することである。
迷宮内部は現世と隔絶されており、一度侵入すると、簡単には出ることができない。
内部は魔女の生前の記憶や思考等が強く反映され、各迷宮ごとに特色がある。
迷宮の最下層にあたる場所には基本的に"核"が存在し、それを破壊することで迷宮が崩壊し、外に出ることができる。
最後に、"神化"。
これは、死後自身を神に近い存在に変化させることである。
これによって生まれた怪物は"厄神"と呼ばれ、自身の"目的"の為、周囲に絶望を振りまく。
主に、なんらかの理由で"生"に強く執着していた魔女が成ることが多い。
...と、だいたいこんな感じだ。
まぁ簡単に言えば、魔女が死ぬとヤバいってことだ。
「...へぇ...じゃあ、今回の場合はどれに当たるんですか?」
「...迷宮」
「...ん?じゃあ、なんで僕は出れたんですか?迷宮を出るには、核っていうのを破壊しないといけないんじゃ...」
「まだ閉じきってなかったから..."ここ"の本数冊と引き換えに、こじ開けた」
「...そんな事ができるんですか?」
「ん。でも、あと数秒でも遅れてたら危なかった」
マジか...
下手したら俺、一生迷宮を彷徨うことになってたのか...
危ない危ない...
「次からは、下手に魔女を殺さないでね」
「...分かりました」
ほんとに気をつけなきゃな...
サッ、サッ...
頭を撫でられる感覚が心地いい...
「んん...」
なんだか、眠くなってきた...
「ん...もう時間...?」
「アルテ、さん...?」
アルテさんの手が止まる。
するとアルテさんは、俺の顔にその顔を近づけた。
「...しばらく会えなくなるから...」
「...?」
サッ
チュッ...
「!?」
唇に柔らかい感触が当たる。
(えっ...?)
サァァァ...
...ドサッ
その時に起きたことに驚いていると、俺は、いつの間にか空を見ていた。
空は赤く染まり、今が夕刻であることを告げていた。
「あれ?...ここ...」
俺は周囲を見回す。
...どうやら、屋敷の庭のようだ。
(ん?誰かいる...?)
庭の一角に人影が見える。
その人影は、何か捜し物をしているようだった。
「?...っ、リーゼル!?」
その人影はリーゼルに気づき、声を出す。
(ん?この声...)
「...お母様...」
ザッザッザッ...
バサッ!
リーニャが俺に駆け寄り、俺を抱きしめる。
「もう...何処に行ってたの?」
「...少しお散歩に...」
「心配したのよ?」
「...ごめんなさい」
リーニャが強く抱きしめる。
「...まぁいいわ。さ、戻りましょ」
「はい...」
俺はリーニャに手を引かれながら、屋敷へ帰る。
...空には、夕日で赤く染まった雲が真っ直ぐと伸びていた。




