第44話 7歳、不穏 5
「...ゴホッ」
(...何が、起きた...?)
...腹が熱い。
サッ...
リーゼルは自身の腹部を触り、その手のひらを見つめる。
「...血...?」
その手のひらには、真っ赤な血がベッタリと付いていた。
それは、まだほんのりと熱を帯びていた。
(...誰の血だ...?)
...
...俺の...?
...
まさか...
嘘だろ?
なんで?
「...ゴホッ」
...一体、誰に?
スゥゥゥ...
(っ!?...この、魔力の流れは...)
シュッ...
ドサッ
リーゼルに刺さっていた"棘"が抜ける。
すると、身体を支えきれなくなったリーゼルは地面に倒れ込んでしまった。
「...ゲホッ!ゴホッ!」
(...詰めが甘かった...)
クソッ...
殺せたと思ったのに。
せっかく成長を実感できたのに。
まだ、生きれると思ったのに...
こんな...こんな所で...
異世界って...なんて残酷なんだ。
俺が思っていたより痛いし、苦しい。
嗚呼、神よ!
何故、僕に"祝福"を与えてくださらなかったのですか?
これでは、僕は変われない。
また死ぬ。
まだ、志半ばだというのに。
まだ、何も成せていないというのに...
...あぁ。
嘆いても仕方ないか...
何もできない俺に、神とやらが手を差し伸べてくれる訳がないんだ。
そもそも、神に縋り付いたところで結果は変わらない。
結局変えようと行動するのは自分自身じゃないか。
...
...そうだ。
他人任せじゃダメだろ。
俺が動かなきゃ...俺が考えなきゃ...
俺が今、何をすべきなのか。
俺が生きるためには、どうすればいいのか。
"生きる"とは必死に"足掻く"こと。
諦めたらダメだ。
"生"に縋り付け!
執着しろ!
まだ成せる...!!
ガサッ...
リーゼルが必死に地面を掴む。
意識は既に朦朧としていたが、頭はフルで回転していた。
サァァァ...
...一方、"化け物"は、ロブノを逆さ吊りにして身体から滴り落ちる血液を"飲んで"いた。
(...この状況を挽回できる策は...)
ガザッ...
リーゼルはさらに強く、硬い地面を握る。
自分の指先から血が滲む程に強く。
そうしないとリーゼルは、今にも意識が飛んでしまいそうだった。
(...コイツは今、恐らく食事中...)
つまり、油断している。
本体のガードも薄いし、多分そうだ。
しかし、俺は致命的なダメージを受けてしまった。
動きすぎると死んでしまうくらいの傷だ。
今、こうしてまだ生きていて意識も保っているのは"奇跡"みたいなものだ。
まだ多少猶予がある。
俺が"食べられる"までの時間で、あまり動かず、かつ、コイツを殺せる程の威力のある攻撃を考えなければならない。
...
...そんな攻撃、存在するのか?
もし今より傷が浅くても、武器が壊れている以上、どんな攻撃もコイツに対してはほとんど意味を成さないだろう。
一体、どうすれば...
ツー...
(...!)
その時、リーゼルの脳裏に一つの"知識"が流れ込んだ。
(そうだ...なんで、思いつかなかった?)
...それは、求める条件にピッタリ当てはまるものだった。
それは...
(...思い出せ...)
あの時...アルテさんが見せてくれた...
"魔法"を!!
サァァァ...
リーゼルの体内を魔力が駆け巡る。
(コイツにバレないように、外に漏らさず体内で循環させ...)
「スゥゥ...」
イメージし、一気に体外へ解き放つ...!
今回は周囲の木々に影響を与える。
イメージは...
槍のような木の根っこ!
リーゼルはイメージを固め、狙いを定めるために化け物を見る。
(...っ!?)
だがそんな時...
俺は、見てしまった。
いや、目が合ってしまった。
(師匠...!!)
ロブノはまだ辛うじて生きていた。
しかし、今にも死んでしまいそうな程に魔力が薄まり、普段のロブノの様子からは想像できないほど弱々しかった。
リーゼルを見つめる目も虚ろで、生気を感じない。
フォォォ...
リーゼルが体外へ解き放とうとした魔力の激流が、体内で霧散する。
(...無理だ)
師匠を、手にかけるなんて...
クソッ...
まだ生きてるなんて...
しぶといよ、爺さん...
酷いよ、師匠...
親不孝ならぬ"弟子"不孝だな...
最後かもしれないのに、こんな...こんな...
...残酷な選択を弟子にさせるなんて...
「...ごめん、爺さん...」
(俺にはできなかった...)
...出来の悪い弟子で、ごめん。
ガサッ...
リーゼルの身体から力が抜ける。
フォォォ...
今まで、リーゼルの体内で塊として形を保っていた魔力が、無数の糸のようになり体外へ散ってゆく。
「...ル...」
(...)
「...ゼル...」
(...ぁ)
「...リー、ゼル...!」
(...爺さん...?)
微かだが、たしかに聞こえた。
爺さんのしおれた声...
本当はもう喋ることもままならないはずなのに...
なんだろう...?
死ぬ前の最期の言葉か?
ハハッ。
残念だけど、俺もじきに死んじまうよ。
何言ったって...
「...お前のぉ!覚悟を示せぇぇ!!!」
「!!」
今までに聞いたことがない、爺さんの必死な叫び声だった。
思わず圧倒されてしまった。
...そして、爺さんは"覚悟を示せ"と言った。
爺さんは...覚悟ができているんだ。
死ぬ覚悟が。
俺に...殺される覚悟が。
(ズルいよ...爺さん...)
そんなこと言われたら...俺も覚悟を見せなきゃじゃん。
「スゥゥ...」
サァァァ...
リーゼルが大きく息を吸う。
それと同時に、体内の魔力が再度循環し始めた。
「...恨むなよ!?師匠ぉぉ!!!」
バン!
リーゼルは力一杯叫び、右手で地面を強く叩いた。
ゴゴゴ...
〈...!?〉
それに驚き、"化け物"はリーゼルを警戒す。
だが、その時にはもう既に遅かった。
ズゴォォォオ!!!
そんな轟音が鳴り響き、化け物を貫くように巨大な"根"が一瞬にして天へ伸びる。
...バキッ
その衝撃は凄まじく、直撃した"本体"は粉々に砕け散った。
「...殺ったよ。師匠...」
ザアァァ...
空から、血と金属の雨が降る。
その光景はまさに...
"終末"
...の一端のようだった。




