第43話 7歳、不穏 4
『...』
スウゥゥ...
森を吹き抜ける風が、リーゼルの頬を不気味に掠める。
(何故だ...?)
なぜ動かない...?
もう1分だぞ?
...まさか....様子を伺っているのか?
コイツ、本能に身を任せるタイプじゃないなのか?
クソッ...
"魔力感知"も長くは使えないってのに...
こっちから動くべきか?
...いや。
下手に動けば爺さんの二の舞だ。
そもそも、コイツは爺さんが勝てなかった相手...
老いてるとはいえ、コイツは未来を見れる俺が一本も取れなかった爺さんを倒したんだ。
何か奇策を持っていても、おかしくはない。
...だとしたら、この睨み合いも、ただの睨み合いじゃない。
コイツは俺が考えていたこの1分間、何かしていたはずだ...
"たとえ、どんな奇策であっても、必ず何か始まりの前兆がある"
爺さんがそう言っていた。
今のコイツは、1分前と"何か"が違うはず...
(...ん?)
コイツ...体積が減ってる...?
減った分は一体どこに...
(未来視を使うべきか...?)
...いや、ダメだ。
未来視中は視界がそっちに奪われてしまう。
しかも、魔力探知が不安定になる。
今から発動するにはリスクが大きすぎるな...
それなら、魔力感知でいち早く危険を察知した方がいい...
(集中...)
「スウゥゥ...」
サアァァァ...
(...来る!)
ザッ!!
....ザシュッッ!!!
..."ソレ"の表面が少しうねった次の瞬間、リーゼルの足元から無数の棘が飛び出す。
しかしリーゼルは、直前に後方へ跳び、その棘を回避していた。
...タッ
「...」
(あっぶねぇ...)
スゥゥ...
リーゼルの頬に汗が混じった血が滴る。
今の...
避けるのが一瞬でも遅れてたら死んでたな...
...でも、これなら...
「...戦える...!」
シャッ...
リーゼルはもう一度ナイフを構える。
しかし、今度は"受け"の構えではなかった。
(さっきの棘の攻撃...)
見た感じ、纏ってる液体みたいなやつを使ってるっぽいな...
なら、液体を全部攻撃に使わせれれば...
"本体"が見えるはず...!
そのためには...
...ダッ!
カーン!!
(...一気に畳み掛ける!)
「...はあぁぁぁ!!」
キィン!キィン!...
リーゼルは"ソレ"との距離を一気に詰め、怒涛の連撃を繰り出す。
"ソレ"は纏う液体をリーゼルが攻撃する方向へ集め、分厚い壁のようにリーゼルの攻撃を通さない。
サァァァ...
(!?)
サッ...
...シュッッ!!
"ソレ"はその間にも残った液体を"棘"としてリーゼルに攻撃を仕掛ける。
だが、リーゼルは自身が猛撃の最中でありながら"棘"を避け、攻撃を絶やすことはなかった。
「...」
リーゼルは、その小さな身体の許容量を遥かに超過する負荷を己に課していた。
全身の筋繊維がちぎれそうだ、と悲鳴をあげる程に。
身体が呼吸をすることを忘れてしまう程に。
目は敵の姿を捉え続け。
耳は攻撃発生直前の小さな音を拾い。
肌は微細な魔力の流れを感じ取り。
脳はそれらの情報をまるでスーパーコンピュータのように処理し、各器官に命令を送る。
まさに限界を超えた人間の姿だった。
キィン!キィン!...
ピキッ...
しかし、たとえ人間が限界を超えることが出来たとしても、"物質"はそうはいかない。
...パキィィィン!!
...遂に、リーゼルのナイフが限界を迎えた。
ナイフの刃が真ん中から折れ、折れた刃が宙を舞う。
「!?」
その状況は、"ソレ"にとってこれ以上ない好機だった。
1分56秒にも渡る敵の猛撃を耐えた"ソレ"からすれば、甘い蜜のようなもの。
それを"舐めない"という選択肢は、なかった。
サァァァ......
シュッッ!!!!
リーゼルを囲むように、銀色に光る"棘"が襲う。
それは"化け物"の操れる"全て"を用いた、文字通り勝負を終わらせに掛かった「全身全霊」の一撃だった。
...ギロッ
「...見つけた」
その時リーゼルは見た。
"ソレ"が自分を仕留めるために全ての液体を使ったことにより顕になった心臓のような形の"本体"を...
スッ...
シュバッッ!!
リーゼルは比較的攻撃が薄いところから、折れたナイフを"本体"へと投げる。
その時投げた手の動きは、剣の達人でも目で追えないほどの速さだった。
ズシャッ...
スッ
肉を切るような音がした瞬間、リーゼルを襲った無数の"棘"がピタッと動きを止める。
少しすると"棘"は形が保てなくなり、液体となって地面に落ちた。
「...っ!?ゲホッ、ゴホッ...」
(苦し...)
リーゼルは安堵したのか、忘れていた呼吸を取り戻す。
「ハァァ...ハァァ...」
リーゼルは時間をかけ、ゆっくりと息を整えていく。
「...フゥゥ...」
いつもの調子を取り戻すと、リーゼルは静かに周囲を見回した。
(...終わった...のか?)
「...師匠...」
サッ...
リーゼルは立ち上がり、投げ飛ばされたロブノの姿を探す。
ザッ、ザッ...ザ
「...っ!?」
「...師匠!」
俺が戦っていた場所からそう遠くない場所の木の根元に、爺さんは寄りかかっていた。
爺さんは出血が酷く、足などの身体の一部を失っていた。
ザッザッザッ...
俺は鉛のように重い足で急いで爺さんの元へ駆け寄った。
だが、爺さんに近づくにつれ、爺さんが俺に何かを必死に伝えようとしているのが分かった。
(何か言いたいことでもあるのか...?)
まさか、死ぬ前に言っておきたいことがあるとか?
ハハッ、爺さん死ぬのはまだ早いぜ?
せっかく俺が頑張って化け物を退治したってのに、ご褒美の1つくらいなきゃ割に合わない。
(何貰おっかな〜...)
そんなことを考えていたが、実際に爺さんが言いたかったことは全く別のことだった。
爺さんまであと数メートル。
俺は、出せる力の全てをつかって叫んだ爺さんの"言葉"を聞いた。
「...ウ、シ、ロ...!」
「...え?」
...ズシャッ




