第29話 6歳、日常 2
タッタッタッ...
「はぁ...」
ほんとにこっちで合ってるのだろうか?
20分ほど歩いたはずだが、一向にリーニャの姿が見えない。
まさかあの女性、俺に適当言ったのか?
(...そういえば)
この方角って、何があったっけ?
宿場通りがこっちだから...
南門か...
俺がこの街に来て最初に見た場所だな。
たしか、馬車の大きい発着場が近くにあったはず...
もしリーニャがそこに居るんだとしたら、今は帰る準備をしてるところだろうか?
...
まぁ、行ってみれば分かるだろう。
...数十分後
「...はぁ」
(やっと着いた...)
少し早歩きで来たが、なかなか時間がかかってしまった。
この体だから、ということもあるだろうが、瓦礫で道が悪かったということもあるだろう。
(さて、来てみたはいいけど...)
ガヤガヤ...
すごい混みようだな...
人と馬車が密集して星夜祭のときの大通りみたいになっている。
やっぱり、みんな帰りたがるよな...
この街にいたら、次いつ"奴ら"の襲撃が来るか分からない。
そんな不安に苛まれるより、一刻も早く安心できる場所に帰りたがるのは生物としての本能だろう。
「えっと...」
リーニャはどこかな?
そう遠くないと助かるが...
「...あ、リーゼル!」
「ん?あっ、お母様!」
案外早く見つかった。
タッタッ...
サッ
リーニャは俺を見つけると、駆け寄り、俺を両腕で抱き上げる。
「リーゼル、起きたのね...。良かった...」
「お母様も、ご無事で...」
リーニャは俺を抱きしめてくれた。
昨日と変わらない、暖かく優しい母の抱擁だった。
「...お母様」
「ん?」
「もう、帰るんですか?」
「...ええ、そうよ?街がこんな調子じゃ、聖夜祭も続けられないだろうし...」
「そう、ですか...」
「本当は、リーゼルと一緒にケーキ食べたかったけど...仕方ないわね」
聖夜祭の中止...
まぁ当然か。
デカいケーキは気になるが、今回は諦めよう。
人生まだ始まったばっかりだからな。
ケーキの味を知るのは次回でも遅くない。
「...あっリーゼル、宿の人達には挨拶した?」
「あ、まだです。どこに居るんですか?」
「病院に入院してるはずよ?会わなかった?」
「病院が混んでいたので...。お母様、出発まであとどれくらいですか?」
「そうね...2時間後くらいには出発する予定だけど...」
「...じゃあ、マンダさん達に挨拶してきます」
「分かったわ。でも、一人で大丈夫?」
「はい!...じゃあ、行ってきます!」
そう言うと、俺は来た道を引き返す。
(...イリーナは大丈夫だろうか?)
...タッ
「あの...」
「はい、ご要件はなんでしょうか?」
「ここに、マンダって人はいますか?」
「略名ですか?」
「はい」
「...少々お待ちください」
サッ
俺は近くの椅子に腰かける。
(それにしても、すごくひっ迫した状況だな...)
周りを見回してみると、看護師や医師が忙しく動き回っている。
けが人を寝かせるベッドがないのか、待合室の長椅子に重傷者が横たわっている。
病院で働いてる人達は大変そうだ。
「...すみません」
「はい」
「現在、身元確認が不十分で、緊急で入院された方との面会は難しい状況でして...」
さっきの受付の人が俺に近づきそう言った。
まぁ、これだけひっ迫した状況なら仕方ないだろう。
でも、リーニャによれば病院には居るみたいだし、自分で探すか...
「そうですか...分かりました。ありがとうございます」
「お力になれず、申し訳ありません...」
受付の人はお辞儀をすると、カウンターへ戻っていく。
「さて...」
探すか...
俺は少し息を漏らすと、病院の中を歩き出した。
...数十分後
「はぁ...」
この病院、広すぎるだろ...
外から見た時もデカいとは思ったが...
まさか、6階建てだとは...
しかも、縦にも横にも広いし...
国立の病院というだけはあるな。
規模でいえば、前世の大きな病院と大差ないだろう。
それをこの世界の文明レベルで管理するのだから、こういう時にパンクするのは当然だ。
なんとか3分の2はまわることが出来た。
正直、もう帰りたいが...
短い間だったが、マンダ達にはお世話になった。
お世話になった人に挨拶をするのは最低限の礼儀だろう。
(次はこの部屋か...)
俺はドアを開き、部屋の中を覗く。
「...!?」
なんだ?
この、異様な気配は...
部屋の中から、他の部屋からは感じられなかった"気"を感じる。
少し怖かったが、俺は恐る恐る部屋へ足を踏み入れる。
手前から順番に、一つ一つベッドを確認していく。
"気"は、奥に進むにつれて濃ゆくなっているようだった。
タッ、タッ...タッ
「ここか...」
部屋の端の最後のベッド。
"気"の発生源はそこだった。
カタッ
俺は近くにあった椅子に登り、そのベッドに横たわる人物を確認する。
「...イリーナ?」
ベッドにいたのはイリーナだった。
だが、なにか様子がおかしい。
目の前にいるイリーナは、首筋から左頬にかけて痣のようなものがある。
そして、"それ"は蠢いていた。
(なんだよ、これ...)
俺はその"痣"に手を近づける。
「...ん...リーゼル、くん?」
イリーナが喋った。
薄く目を開けて、こちらを見てくる。
俺は咄嗟に手を引っこめる。
「あっ...」
「...おはよう」
「おはよう、ございます...」
「...あれ?ここは...?」
「病院です。体調は大丈夫ですか?」
「うん、平気」
「そうですか...良かった」
「...リーゼルくんは大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です」
「...良かった」
「...ねぇ」
「はい?」
「帰っちゃうの?」
「えっ...あ、はい。今日中には街を出ます。...なんで分かったんですか?」
「だってお祭り無くなったんでしょ?それに、私達の宿も壊れちゃったし...」
「...」
「...ねぇ」
「はい」
「また、この街に来る?」
「...分かりません。でも、またいつか来れると思います」
「うん...絶対来てね」
「はい、いつか必ず...」
イリーナはジッと俺を見つめる。
「...あ、じゃあ僕行きますね」
「うん」
「...では」
「...バイバイ」
俺は椅子から降り、部屋を後にする。
...南門前・発着場。
「...あら、もう挨拶は済んだの?」
「はい。イリーナさんだけですが...」
「そう...」
一瞬、リーニャの表情が暗くなる。
「おーい、リーニャちゃん!」
「あっ、はい!」
「もう出発するよ!」
近くの馬車から声がする。
行きの時に馬車に乗せてくれた農家のおじさんのようだ。
「...リーゼル、行くわよ」
「はい」
俺とリーニャは馬車の荷台に乗り込む。
「それじゃあ出発するよ」
ガタガタ...
馬車が少し揺れながら動き出す。
来た時とは違い、道が少し悪いようだ。
...少し経ち、俺は馬車の幕から顔を出す。
...街が遠ざかっていく。
街から伸びる道には、たくさんの人々や馬車の姿があった。
空は曇り、雪が降る。
吐く息は薄っすらと白い。
(...)
あの街で起こったことは現実だったのだろうか?
未だに信じられない。
あの怪物は何者で、イリーナのあの痣はなんのか?
俺には分からない。
だが、それが"異世界"というものなのだろう。
俺が知る"地球"とは多少なりとも異なるから異世界と呼ばれるのだ。
そこには、"地球"の常識なんて通用しない"何か"がある。
しかし、この世界に転生した以上、俺もこの世界の住人だ。
だからこそ、俺は知らなければならない。
生きなければならない。
それが、俺が俺として生きる唯一の方法なのだ。




