第106話 8歳、白銀の山嶽 4
...カァ──ン!
視界不良の吹雪の中。
硬いものをぶつけ合うような、高く響いた音が鳴る。
風は先程より弱まっており、音はより遠くまで響く。
一つ二つと音は鳴り、それに呼応するように空気が震えた。
ザッ
「...ッ」
打ち合っている一方...トレスの息が乱れる。
初めは拮抗していた打ち合いだったが、回数を重ねる毎に徐々に傾きつつあった。
("ココ"だと圧倒的に私が不利...)
...前々から思ってたけど、"透過"って意外と不便だ。
仲間を庇う時には使い物にならないし、戦う時にもダメージには直結しない。
加えて、発動中は常に脳に大きな負荷がかかるから他の魔法がろくに使えなくなるし、透過部位によっては息も出来なくなる。
"この世界"に身を置いてから何とかやって来たけど、もう年貢の納め時かなぁ...
でも、その前に───
「後進に託さないと...」
スゥ...
精霊が振り下ろした剣がトレスの肉体をすり抜ける。
その位置に"荷物"の姿は無く、それを見越していたかのようにトレスが鋭く剣を構えた。
シッ─────!!
その瞬間、精霊の首を上下に分かつように、空中に一筋の光がはしった。
直後、精霊の首が落ち、切り口から冷気が吹き出す。
すると、トレスは何かを察知したかのように距離を取り、精霊をジッと観察し始めた。
シュー...
ズゴォォォ!!
と、次の瞬間。
精霊の首元から大量の雪が噴き出す。
それはたちまち雪崩の如く広がり、間も無く周囲を埋めつくしてしまった。
だが、事前に察知したトレスは軽くこれを避け、周囲を埋めつくした雪の上に立っていた。
(この感じ...)
今まで感じたことの無い気配がする。
精霊にしては強大で、神にしては異質な魔力...。
「長らく生きてきたけど初めてかなぁ?」
ゴゴゴ...
地面が揺れ、トレスの視線の先の雪が突如盛り上がる。
それは徐々に持ち上がり、ついには"ソレ"が姿を現した。
「──"大精霊"を殺すのは...」
トレスの目が"ソレ"を完全に捉える。
天使のような容姿の半透明な氷の彫像。
その周囲には剣を模した無数の氷が浮遊し、本体もまた宙に浮いていた。
その姿は恐ろしくもどこか神々しさを感じさせ、先程までの精霊等とは一線を画す存在であることを窺わせる。
それは、その彫像がこの山脈の主である事の証明に他ならない。
普段なら、その土地を消し飛ばしたりしない限り、まず姿を見せることの無い存在...
それが目の前に現れた事に、トレスは事の重大さを痛感した。
(でも、なぜ精霊たちが...?)
精霊の情報があまり出回ってないのは、精霊が神々に属さないから。
...つまり中立。
それが、今回に限っては明確な敵意を持って襲ってきた。
私たちが精霊の怒りを買う様なことをしたなら別だけど...そんな感じではない気がする。
「...!」
シュッ!!
キシャッ───!
「ッ、手が...」
突如飛んできた氷の刃をトレスが居なし、起動を逸らす。
しかし、直で触っていなかったはずのトレスの手には霜がつき、刀身には氷の結晶ができていた。
(...これ、とても危険だ)
もし2人に当たりでもしたら、植物ごと冷凍されるだろう。
仕方ない。
精霊に恨みはないけど...
「早めに処理させてもらおう」
ザッ!
トレスが大きく踏み込み、精霊との距離を一気に詰めていく。
その途中、無数の氷の刃が飛来するが、後ろの二人に当たらないようにトレスは大きく旋回し、刃を捌いていった。
脳が処理落ちしないように、透過と居なしを切り替えながら数秒後───。
トレスは懐に潜り込んだ。
シャッ───!
トレスの剣が精霊の体を貫く。
それも、一瞬のうちに三回。
だが、トレスはそれに違和感を覚えた。
(...ッ!?手応えが無い)
体の形状を変化させた?
スゥゥ...
「これは...!?」
トレスが空を見上げる。
そこにあったのは、一面を覆う無数の氷の刃。
それは見え得る範囲の殆どを占め、一つ一つが並以上の魔力を帯びていた。
(マズイ...)
私なら避けるくらい造作もない。
が、2人の方が手薄になる。
2人の周囲を分厚くするか?
しかし、それだと2人から距離があるせいで、リソースを割いた私が無防備になる。
私か、2人か...
考えてる時間はもう無い。
スッ
(...!)
トレスが片手を2人の方へかざし、植物へ魔力を送ろうとする。
しかし、すぐに手を引っ込め、剣を握り直した。
「...ヴィーシャ!!」
...ッ───
ドゴゴゴォォ!!!!
突然トレスがその名を呼んだ直後、全ての刃が一斉に地面へ降り注ぐ。
一面針山のように刃が突き刺さり、そこには精霊だけが残った。
精霊は刃が肉体を貫通し動かなくなった女を一瞥し、満足気に周囲を見渡す。
だがすぐに、精霊はひとつの違和感を覚えた。
"残りの2人が居ない"
そして、その違和感は精霊にとって最悪な形で牙を向いた。
シッ───!
...ズバァァッ!!!
突如、一閃が空を斬る。
その直後、精霊の片腕が斬り飛ばされ、宙を舞っていた。
精霊はその光景に驚愕しながらも冷静に状況を把握し始める。
そして、先程仕留めたはずの女が一太刀の余韻に浸る姿を視界に捉えた。
「..."原天廻帰"」
女は動きを止め、ボソッと何かを呟く。
それを隙と見た精霊はすぐさま失った片腕を再生し、女に向かって振り下ろした。
「"触れ《バレンシア》"」
ドゴォォォォ!!!
精霊の攻撃の衝撃は凄まじく、地面が揺れ、空気が震えるほどだった。
...だが、女には傷一つ付けられない。
まるで元からそこに存在しなかったかのように、全てがすり抜け、攻撃は無に帰す。
女は半透明のネグリジェのような衣装を纏い、それに似合わぬ無骨な剣を携えていた。
「ふふっ、子守唄をご所望かな?」
トレスは鋭い眼光で精霊を睨む。
その様を一目見た精霊は威圧され、恐怖の感情を植え付けられる。
しかし、精霊もそれだけでは済まない。
精霊は恐れの感情を振り切り、複数の氷の槍を生み出し、それらを至近距離で放った。
だが、トレスは一切の回避行動を取らず、受けようとする動作すらとらなかった。
ズドドド!!!
...シッ───!
槍がトレスの身体を貫く。
しかし、貫いているはずの身体には傷ひとつなく、血の一滴も流れない。
代わりに精霊の首が飛び、切り口から冷気が溢れ出た。
「...さぁ、お眠り」
...それから暫く後。
精霊の意識は途絶えた。
※音声書き起こしログ〈トレス〉
『君に触れて』
────
✕✕✕年前...
フランデモラ王国南部・イェントバーク戦線。
〈足音〉
「誰!?」
「ま、待ってくれ!」
「...まさかエイン?エインなの?」
「あぁ、やっぱりトレスだ。よかった、また会えて...」
〈足音〉
「待って。なんでココにいるの?」
「それはお互い様だろう。6年前、僕が国に帰った理由を忘れたのかい?」
「...」
「だ、だから、その剣を下ろしてくれないか?僕は君に危害を加えるつもりは無い」
「それを私が信じると思うの?これでも私は一領地の主で、貴方の敵で...」
「僕の愛する人だ」
〈足音〉
「あっ...」
「...ごめん。急に触れようとして。嫌だったよね」
「いや、違っ...嫌とかじゃ...」
「いいんだ。君にも立場がある。それなのに軽率な行動だった」
「違うの!私はもう穢れてしまったから...貴方に触れてほしくない」
「...それでも、君に触れたい。もう一度だけでいい。...ダメかな?」
「...」
〈肌が触れ合う音〉
「...ごめん」
〈刃を突き立てる音〉
「えっ...?」
〈人が倒れる音〉
────
「んん...エイン?」
〈遠ざかる足音〉
「腕...?」
〈遠ざかる足音〉
「あれ?あの※刺青...私の家の───」
※身体に家紋を彫る一部地域の風習。
フランデモラの貴族階級が好んで使用している。




