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廻生のアリア  作者: jurabisu
第三章
103/107

第103話 8歳、白銀の山嶽

「はぁ、はぁ...」


冷たい空気が俺の喉を刺す。

少し前から手足の感覚はない。


視界不良。

負傷者一名。

敵複数。


まさに絶体絶命。

それが街に着く前に起きるなんて、俺は想像もしていなかった。


...ことの始まりは少し前に遡る────




───冒頭より3時間前。


出立より9時間。

ハーウィアル北方、ヘイヴル地方にて。


...ガタッ


広大な樹林を抜けた先、巨大な山脈の麓で3台の牛車が止まる。

それぞれに人が乗っており、2番目の車にリーゼルの姿があった。


その車には他に2人...トレスとヴィーシャの姿もあった。


「...どうかしたんですか?」

「アネットの模倣天使の領域が解けたみたいだ。ここからは通常移動ってことだね」

「なんでわざわざ...」

「領域も万能とはいかない。ある程度の制約がないと成り立たないのだよ」

「案外不便なんですね」

「あぁ...しかし困ったね。この時期の山越えは厳しいぞ。最悪、遭難も有りうる」

「迂回はできないんでしょうか?」

「できなくはない。だが、期限に間に合わなくなる。...覚悟した方がいい。この山脈は今くらいの時期から───」




コォォォ...


グリウ山脈の中腹辺り。

すぐ前方が霞んで見える程の豪雪が、3台の牛車を襲っていた。


「す、すごい吹雪ですね...」

「あぁ流石に堪えるね。ヴィーシャ、寒くないかい?」

「問題ありません。ルペドナ様のおかげで雪がこちらまで降りませんので」


たしかに、さっきから牛車を避けるよう雪が降ってこない。

こっちから見ると逆スノードームって感じだ。


まさか、これをあの人が...?

もしこれが雪そのものに作用してるなら、脳にかかる負荷は想像を絶するものだ。

俺がやろうものなら、目や鼻から血が流れ出て卒倒するだろう。


「...しかし、それでも寒いですね」

「ここに住む生物ですら多くが凍死するぐらいだからね。そう感じるのも無理はない。...ん、止まってるよ?」

「あっ、すみません」


トレスに指摘され、俺は再度感覚を研ぎ澄ます。


体内に流れる魔力と周囲を満たす魔力。

糸を紡ぐように、その双方を同時に同程度で操る───。


それには実に繊細な魔力操作を要する。

今まで荒削りで魔力を行使してきた俺には、大変難しい分野だ。


トレスが教えると言ったので同乗させてもらったが...

流石に、そんなに甘くはなかった。



...ッ───。



(...ん?)


今、魔力が揺らいだ気が...

ルペドナが雪を避けてるせいか?


でも、今まで一切乱れが無かったのに、急に乱れるものなのだろうか?

それに、他のメンバーが魔力を操作した感じもない。


...念の為、トレスに伝えておくか。


「...トレスさん、今───」

『!?』

「伏せろ!!!」


ガダッ!


...ズドォォォォ!!!


その瞬間、俺はトレスに肩を掴まれ、荷車の床に押さえつけられる。

そして間も無く、視界は白い暗闇に閉ざされた。





────ズゥッ


「...ッ!?ゴホッ、ごホッ...」

「目覚めたか。気分はどうかな?」

「...最悪です」

「奇遇だね。私もだよ」


俺の顔を覗くように、トレスが俺を見下ろす。

どうやら、雪で窒息していたところを助けてくれたようだ。


俺は周囲を見渡す。

そこは岩石で囲まれた洞穴であるようで、乗っていた荷車は見当たらない。


俺のすぐ隣にはヴィーシャの姿があったが、息が絶え絶えである。

そんなヴィーシャの腹部には"つらら"が刺さっており、その傷口付近には血が冷えて固まっていた。


状況から察するに、彼女は襲撃をもろに喰らってしまったのだろう。


「一体、何が起きたんですか...?」

「"霊域(スピリム)"に呑まれたみたいでね。他の皆と分断されてしまったようだ」

「霊域?」

「あぁ、今は"領域"と同じと捉えてくれて構わない。問題はそこじゃないからね」

「何か不味いんですか?」

「そうだね。危機的状況と言っても過言じゃない」


トレスが横たわるヴィーシャを見る。

さっきより更に身体が凍えているようだった。


「申し訳ありません...。私が魔女であるばかりに見捨てる選択を...」


スッ…


トレスは口を開いたヴィーシャの唇に指先を添え、静かにするように促す。

ヴィーシャは今にも泣きそうな顔をしながら、その口と瞼を閉じた。


「...さて、話を戻そう。今回の問題は主に二つ。一つは"霊域"が私たちの魔力操作を妨害すること。君も薄々勘づいているんじゃないかな」


...なるほど。

道理で俺の探知が安定しない訳だ。

牛車で魔力の揺らぎを感じたのも、"霊域"のせいだとすれば合点がいく。


「もう一つは───ッ!?」

「あっ!ちょっ...」


スッ───!


トレスが二つ目の問題を言おうとした瞬間───。

彼女は何かに気付き、洞穴の入口に視線を向けた。


そして咄嗟に近くにあった武器...リーゼルの短剣を引き抜き、吹雪の向こうに投げ飛ばした。


「何するんですか!?僕の武器が...」

「...奴らに気付かれた。移動するよ」

「"奴ら"って...天使のことですか?」

「少し違う。今回のは"精霊"だよ」

「"精霊"...」

「詳しいことは後で話そう。今はとにかく、この場所を離れなければ...」


トレスは、ヴィーシャと辛うじて残っていた物資を全て"植物"で絡め取り、足早に洞穴を出る。

俺は少しでも寒さを遮るため全身を木の葉で包み、トレスの後ろについた。



ゴォォォ...


降雪は更に強まっており、既に一寸先が白く濁って見える程になってきた。

俺はトレスから伸びた蔓の一本を掴み、雪に足を取られないよう慎重に、かつ急いでトレスの後ろに続く。


...というか、この人速すぎないか?

とても雪道を進んでいるようには見えない。


「あの、さっきの続きを聞いても...?」

「あぁ。...とは言っても、私も詳しくは分からないがね」

「そうなんですか?」

「精霊は神にも人にも属さない。そして、滅多にその存在も観測できない。だから───ッ!」

「あっ!また僕の...」


シュバッッ!!!


トレスがまたもやリーゼルの短剣を引き抜き、白銀の空に向かって一閃。

それは、とても美しい太刀筋であった。


「分身体か...。おっと、すまない。コレ返すよ」

「ふぅ...奇跡的に見つけたのに、また投げられるのかと思いました」

「私を何だと思ってるのかな?...それより、早く構えた方がいいよ」

「言われずとも構えてます...」

「それと、一つ言い忘れていたよ。"問題"の二つ目...」


ゴオォォォ...


吹雪が更に強まる。

内蔵が凍えるほどに冷たい風が吹きつける。


そして、その先に何か大きな気配を感じた。


「...敵は複数存在している」


────ッ


突如、一瞬だけ轟々と吹き荒れていた吹雪が止む。

その刹那、感じていた大きな気配の正体が顕になった。


「...来るよ」


サッ...


ズゴォォォォ!!!


巨大な氷塊が天から落ちる。

その衝撃は地を揺らし、降り積もる雪を散らした。


コォォォ...


それも束の間、またも吹雪が視界を妨げる。


...だが、確かに見えた。


少なくとも3体。

人の形をした、"精霊"の姿を...

─"霊域(スピリム)"─

掌握する領域"領域(レギオン)"でも、隔絶する領域"神域(シェルヴェン)"でもない、第3の領域。

その概要は"拡張する領域"。

精霊が自身のルーツがある場所で強くなる特性。

霊域はこれを最大限に引き出す、まさに"精霊の領域"である。

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