結婚します
これにて完結です。本編の前日譚でした。
参照文献(笑)
シリーズ本編 プロローグ
マーク君の学園生活 第三章 デイネルス侯爵は第三宰相
注) タイトルごとに、設定をアレンジしております。時系列にズレが存在します。
ランドール子爵家に春が来た。跡継ぎの長男夫婦に待望の男子が産まれたのだ。
領都というほどの規模はない、領主の館の有る町では、お祝いムードが広がった。
王都から馬車で一日の距離にある子爵領は、主要街道から枝分かれした地方街道沿いにある。交通の便は特別良くも無ければ悪くもない。
主要産業は農業で、ありふれている。
当主夫妻は善良で領民と良い関係を築いているが、そこ止まり。愚鈍でもやり手でもなく、これまた普通。
そんな普通の子爵家に嫁いできたのは、天下のバルトコル伯爵家の伯爵令嬢だった。
「あら、ランドール子爵家は、元をたどればバルトコル伯爵家に行き着きますのよ。ざっと三百年前に次男が興した分家の、そのまた分家ですけれど」
ニコニコと言うリアーチェ・デイネルス侯爵令嬢に、ランドール子爵家の次男エザールは、ひきつった笑みを浮かべた。
三百年前ってほとんど無関係じゃないかと言いたいが、二千年の歴史を持つ侯爵家からしたら少し前程度の感覚でしかないと知っているからだ。
第三王子殿下の側近候補として過ごした学園生活。無駄に高位貴族と関わって、価値観の違いを強制的に理解させられてしまった。
その差は、下手したら一般的な貴族と平民より大きいかもしれない。
「それにキャサリン夫人は、第三夫人のご息女ですもの。家督を継いでいらっしゃるバルトコル女伯爵とは、ねぇ。バルトコル伯爵は元は男爵家の次男、その娘ですもの。子爵家に嫁いでもおかしくありませんわ」
うっかり納得しそうになるけれど、それでも筆頭伯爵家のれっきとした伯爵令嬢だ。少々血筋が劣っていても、大抵の伯爵家なら大歓迎で迎え入れただろうに。
それはそれとして。
「改めてお伺いいたします。デイネルス侯爵令嬢ともあろう方が、わざわざご自身で当家へお越しとは。どのような理由がございますのでしょう」
形ばかりの先触れを寄こした後、デイネルス侯爵家の紋章をでかでかと付けた超高級馬車で乗り付けてきたのだ。このお嬢様は。
「勿論、キャサリン夫人の出産祝いですわよ。これでランドール子爵家の将来は安泰。エザール卿のスペアとしての役割は終了したも同然。心置きなく我が家に入り婿していただけますわ」
「………はい?」
声がひっくり返ったのは、仕方ないだろう。
「キャサリン夫人の輿入れで、ランドール子爵家はバルトコル伯爵家の姻戚になりましたわ。伯爵家のご長女が輿入れされたテムニー侯爵家と相婿の関係にありますのよ。デイネルス侯爵家の姻戚になった所で、今更でしょう」
「いや、そういう問題じゃ……」
「国王陛下のご許可は得ておりますわ。それに、王都ではわたくしとエザール卿の身分違いの悲恋の噂を流しておりますの。大衆の評判というものは、案外馬鹿にできませんのよ。社交界のおしゃべり雀の誘導は既に済んでおります。表立って反対できかねる空気を醸しましたから、安心してくださいませ」
どこに安心する要素があるのだろう。
「わたくしね、地位目当てで寄って来る有象無象にうんざりしておりますの。テイラムとエザール卿と過ごした日々がどれだけ得難いものだったか。失ってつくづく実感しましたわ。殿下を亡くす未来ばかりに気を取られて、気付いていなかったなんて、なんて勿体ないことか。もう、後悔はしたくありませんわ」
「は、はぁ。そう言われましても」
「婚姻成立と同時に、父は隠居いたします。わたくしが女侯爵として立ちますわ。自動的にエザール卿はデイネルス侯爵。既成事実を作ってしまえば、横槍など怖くありませんわ。ついでに筆頭宰相のマクミラン侯爵の補佐に入っていただきます。大丈夫。学園では文官を目指して勉学されたエザール卿なら、実地訓練に付いて行ける筈ですわ」
大丈夫とはちっとも思えない。
「手筈は全て整いましたわ。さあ、わたくしを選んでくださいまし」
混乱したままのエザール卿の手のひらに、リアーチェ嬢は小さなメッセージカードを乗せた。
『リアーチェと幸せに。でないと化けて出るぞ』
懐かしいテイラムの筆跡だった。そして内容は第三王子レイモンド・デルスパニア殿下の代筆。
そうだった。殿下のベッドの横でペンを走らせていたテイラムの姿が蘇る。
「テイラムは、殿下の意を汲んだメッセージしか書かないわ。決して捏造しないの」
死者からのメッセージなどある筈はない。それでも、これは殿下からだと感じられた。
手の中のメッセージから顔を上げると、正面にリアーチェ嬢の顔があった。
いつもは自信満々なのに、不安そうな表情。
僕が守ってあげないと。そう思った。
思ってしまった。
「しょうがないなぁ。リアーチェ・デイネルス侯爵令嬢、僕と結婚していただけますか」
一瞬だけ驚いた顔をして、満面の笑みが浮かんだ。
「よろしくてよ。末永くお願いいたしますわ」
善良なランドール子爵夫妻が目を回すまで、後少し。
リアーチェ義姉様、可愛らしいところもあったんです。
長らくお付き合いいただきまして、ありがとうございました。次はマーク君のお話に戻ります。
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