秘された最期
第三王子レイモンド殿下、実のところ影武者のテイラムが学園に姿を見せなくなって半年。森林公園の奥にある王家の離宮で、ひっそりと彼の方は死去された。
その死は秘匿され、公式にはまだ病気療養が続いている。
その日、離宮は見舞いに駆け付けた王族であふれていた。
公式に訪問されたのは、王妃殿下お一人。相応しい人数の近衛騎士が随行していた。
その近衛騎士の内の三人が、お忍びでいらした国王陛下その人と、第一王子、第二王子の両殿下。王家の全員が王宮以外で一か所に集まるという、非常事態が発生していた。
不測の事態による全滅を避けるために、居場所を分散する。そんな基本原則を無視するほど、第三王子危篤の報は国王一家にとって重大だった。
病室に詰めているのは、医師と看護師、国王一家、そして婚約者のリアーチェ・デイネルス侯爵令嬢のみだった。
病室の外に詰めるのは王妃警護の近衛騎士の一団。元々の離宮担当の近衛騎士がいつにもまして硬い表情で持ち場についている。
そのどちらでもないテイラムとエザール・ランドールは、使用人用の休憩室で息を潜めていた。
レイモンド殿下が永くないことは分かっていた。いつかこんな日が来ると覚悟していた。それでも辛いことに違いはない。
「陛下と殿下方がそろい踏みとか。驚いたけど、どうしてレイモンド様の意識がある間に来て下さらなかったんだよ。もう……」
「テイラム、それは」
「分かってる。ただの八つ当たりだって。こうやって来て下さったのもかなり無理してるって。でもさぁ」
テイラムのやるせない思いはエザールも同様だった。
殿下のお傍に侍ることもできず、座って項垂れているだけ。最期の時をただ待つだけで。
夕方。密やかなざわめきが伝わってきた。
決して大声が出されることなく、それでいて足早に行き交う足音がする。
テイラムとエザールは顔を見合わせ立ち上がった。
少しでも病室へ近付こうと廊下に出たところで、馴染みの近衛騎士と目が合った。無言のまま横に振られたその顔に、二人は仕える主の死を知らされた。
二人がリアーチェ嬢に会えたのは、翌日だった。
表情が抜け落ちて、まるで人形のようだとエザールは感じた。
「レイモンド殿下の死去は秘匿されます。学園に通学していて半年では早すぎると。このまま療養期間を取って、不自然でない時期に症状の悪化が発表されます。正式に公表するのは最短でも一年先です。命日だけは正しい日付をと。王家の伝統ですわ。嫌な伝統ですけど」
エザールの背を冷たい汗が流れた。
王家の伝統。今までに何人の王族が死亡日時を誤魔化されて来たのだろう。政治の都合で葬儀の時期を操作されてしまうのか。
「その間に、わたくしの新たな婚約が結ばれる予定ですわ。その前にレイモンド様との婚約は白紙撤回されることになりますわね。わたくしは……」
リアーチェ嬢の声が震えた。
「テイラム、お願い。今だけ、お願い」
テイラムが前に出た。背筋を伸ばし、リアーチェ嬢を抱き寄せる。
「ご免よ、リアーチェ。僕はもう、君と一緒にはいられない。どうか僕の分まで長生きして、幸せになって欲しい」
リアーチェ嬢がギュッと抱きしめ返した。
「レイモンド様、レイモンド様ぁ」
嗚咽が漏れた。だんだん大きく、そして号泣となった。
エザールはベッドの上で痩せ衰えたレイモンド殿下しか知らない。テイラムが演じていたのは、健康であればそうであっただろう王子の、幻の姿だ。
しかし、今この時。
始めて見る貴族の仮面を外したリアーチェ嬢。その涙を受け止めているのはレイモンド・デルスパニア王子、その人だった。
二人に声を掛けることなく、エザールはそっと部屋を出た。
ゆっくり閉められたドアがたてた微かな音。それは、誰の耳にも届かず、空に溶けて消えた。
悲しい話は筆が鈍ります。
リアーチェ嬢、人生最初で最後の大号泣でした。悲しいときは泣いた方が良いんだよ。
お星さまとブックマーク、お願いします。次話から、立ち直ってパワーアップした女傑様への道です(笑)