容体悪化
遅くなりました。ごめんなさい。
病弱な第三王子殿下は、たびたび発熱されて、学園の授業を欠席される。
もはや日常となった事態だが、今回ばかりは様子が違った。
「もう、今日で五日目ですわよ。一週間も殿下のお顔を拝見できないなんて、寂しいですわ」
「本当に。リアーチェ様もお元気が無くて。お気の毒ですわ」
聞こえるように噂話をしているのは、中位貴族伯爵家の令嬢。それもAクラスに入るには成績が振るわない者たちだ。
どう頑張ってもデイネルス侯爵令嬢と縁を結べないと諦めるしかなかった彼女たちにとって、令嬢の不幸は蜜の味。
第三王子という婚約者を失うことになれば、ちゃんと婚約者の居る自分たちが女性として上に立てる。その可能性があるだけで、マウントを取れるというものだ。
もちろん、あからさまに不幸を笑ったりしない。あくまで同情の言葉を重ねているが、悪意が透けて見えている。
それが貴族社会でどれだけ拙い態度か、人生経験の足りていない彼女たちに自覚はない。
「随分とおしゃべり雀が増えましたね」
「ええ、本当に」
王家の離宮に向かう馬車の中で、エザール・ランドールは軽く息をついた。
第三王子殿下の側近候補を拝命して二年以上。殿下が欠席された日は、ノートを携えてリアーチェ嬢と共に離宮へ伺候している。
初めて伺候した日の驚きは、生涯忘れられないだろう。体調を崩していらっしゃるはずの殿下が、玄関ホールまで迎えに出ていらしたのだから。
そこで学園に通っているのは影武者のテイラムだと教えられた。秘密を知った以上、エザールは否応なく共犯者になるしかなかった。
以来、本物の殿下とテイラムの二人に仕えてきたのだが。
「殿下のご容体は、まだ安定しないのでしょうか」
「そうね」
いくら話しかけても、リアーチェ嬢は素っ気ない返事をするばかり。
学園内では高位貴族らしく気丈にふるまっているけれど、馬車では気落ちしている表情を隠そうとしない。
それだけ余裕がないのか、エザールに気を許しているのか。
それとも気を遣う必要のない使用人として扱われているのか。
どれでも良いから元の快活な侯爵令嬢に戻って欲しいと、エザールは切実に願っていた。
離宮の玄関で、テイラムが待ち構えていた。いつものおちゃらけた様子は微塵もない。
病室として整備された殿下の寝室まで、三人は無言のまま足を進めた。
複数の王宮医師と看護師が詰めているのに、誰も私語を発しない。張り詰めた静寂の中で、第三王子は眠り続けている。
枕元につきっきりのリアーチェ嬢を残して、テイラムとエザールは席を外した。
「いやですよ。俺、何の役にも立てない。せっかく頑張って影武者やってたのに、殿下と交代できなかったら全部無駄になるじゃないすか。殿下ぁ。頼みますから目ぇ覚まして下さいよぅ」
テイラムの弱音の聞き役しかできないエザールもまた、無力感に苛まれていた。
短いです。こう、重くてしんどい話は書くのもしんどいので、長々書くのは無理でした。
ストーリーの進行上必要なので、避けて通れないんですけどね。
いっそ、殿下とテイラムが二重人格で、同一人物にしちゃおうかと思ったんですけど、お冨の筆力では書き切れそうになくて断念しました。
次回から婚約破棄騒動に入る予定です。
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。