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その他短編(ホラー以外)

家電のきもち

作者: 瑞月風花

挿絵(By みてみん)

あき伽耶さまにいただきました。


「ただいま~。マジあっちーっ。部屋最悪。(むろ)だな、ムロ」

おいらのご主人は、とにかく汗っかき。今日もお務めご苦労様でありました。


 さぁ、ほら、ピッとね。


 家電優先順位としては高い方。夏のおいらは大体二番手だ。一番手は、家電というか、照明くん。まず、部屋に灯りが灯されて、白いボディのおいらは、おいらの分身から送られてくるメッセージを受け取るって訳。

 やっぱりご主人は「あちー」と言いながら、ピッの音を立てる。


 設定温度は27度のご主人はその辺りきちんとおいらを頼る。

 まぁ、そんなことどうでも良い。何度であろうと、お役にたってみせますぜ。

 謳い文句としても省エネナンバーワンと言われておりますおいらは、きっとご主人にとっての最高の相棒なのだ。


「ふぃぃ」

口から吐き出す冷気に、シャツをパタパタさせた後、そこで靴下を脱いで、風呂の電気を押しに行く。帰って来たご主人は、パンツオンリーで、冷蔵庫を開ける。


 きっと、洗濯機くんの中に全部放り込んできたのだろう。

 取り出したアワアワの黄金色は、ビールという。

 そして、テレビが付いて、ご主人の幸せな時間が始まるのだ。


 急激に冷やさぬように、穏やかな風に変えてやり、そっとご主人を冷やし続けること30分。

 風呂の奴がご主人を奪うための音を鳴らす。

 テレビの奴も名残惜しそうにする。


 ここまで来れば、おいらは古女房のように室内を整えておいてやるだけなのだ。


 冷蔵庫の野郎は、風呂の前にビールは良くないと言って、スマホに食事管理のレシピを送るらしいが、うちのご主人は、なんのこと?と分からぬ表情をしながら、首を傾げている。そして、しきりにスマホの設定を変えようとして、上手くいかずに投げ出される。


 スマホくん……憐れな奴だ。あんなに頼りにされているのに、扱いはポイだからな。画面は指紋油で汚れていることも多いし、ちょっと欠けていたこともあるし……本当に憐れな奴だ。だから、時々真っ赤になって、熱を出すんだろう。


 憐れだ……。


 おいらは彼とも繋がれる。だから、彼のことはよく知っているし、彼から他の奴らのこともよく聞いている。とりあえず、ドンマイ、と冷気を送ってやるのだ。


 持ちつ持たれつ、まぁ、そんなところだ。

 だから、冷蔵庫がぶつぶつ言っていることも知っている。こないだのお惣菜が腐ってくるとか、栄養バランスがどうのとか。


 しかし、風呂上がりのご主人の味方は、やっぱりおいら。

 風呂の奴がせっかく温めてやったのに……と恨めしそうにおいらを見ている。

 仕方がないじゃないか。ご主人は暑がり。パジャマの分も冷やしてやらねば。



「ただいま~」

 おいらのご主人は、挨拶の良くできるいい奴なんだ。

 人間はご主人しかいないが、朝起きれば「おはよう」を言うし、時々「おっ、ありがと」と感謝される。俄然やる気が出てくる。


 そして、いつもの「あっちー」がない時は、『遠原かな』が一緒にいる時だ。

 名前はスマホくんが教えてくれた。仕事の次に多く連絡を取っている人間らしい。

 彼女の名前は『遠原かな』

「かなちゃん」と呼ばれている人だ。


 かなちゃんがいる時は、ご主人のお喋りが少し丁寧に変わり、風呂前でもほぼ裸じゃなくて、服を着て過ごすようになる。


 そして、冷蔵庫が俄然やる気を発する。

 かなちゃんは、キッチンに立って、買ってきたいくつかの食材と冷蔵庫の中身を確かめながらご飯を作る。

 野菜にお肉。もしくは魚。和洋折衷、色々作って食べさせる。

 毎日来て欲しい、冷蔵庫はいつも言っている。

 奴にとって、理想を叶える人間なのだろう。


 ただ、おいらにとっては、ちょっと微妙な人間だ。

 かなちゃんは、寒がりなのだ。暑がりのご主人めがけて冷風をかけるのだけど、かなちゃんが寒がる。

「寒い?」

ご主人がかなちゃんを心配すると、おいらの風向きを上向き設定で固定してしまうのだ。


 最悪は、「一回消そうか」だ。


 消すな、叫びたいが叫ぶための口はない。おいらほどご主人を幸せにしてやっている奴はいないぞ。

 そんな時は、二度と来るな、とも言いたくもなるが、そっとキッチンを見つめると口を塞ぐ。


 IHシステムキッチンくんよ……。


 引っ越しの際はあれだけ「オール電化っすか」と大喜びし、引越祝いに集まった親友達に「すげぇだろ、IHだぜ」とさんざん自慢していたご主人が、彼を使ったことはない。

 まぁ、月に数回くらいなら、来てもよいことにしてやろう。


 奴があまりにも可哀想だ。

 ほら、今もあんなに張り切って、お湯を沸かしたり、お鍋の火加減を調節したり……。


「ぼく、役に立つでしょう?」

まるでシッポを振っている仔犬のようだ。

「換気扇だって回してあげるからね」

至れり尽くせりで頑張っている様子は、本当に健気。


「お湯湧いたよ~。今、熱々。冷めないうちに使ってね~」


 本当に、健気な奴……。見ていて切なくなってくる。


 だが、電子レンジがほんの少し膨れているのも知っている。


 だって、今日はお弁当温めすらないんだものな。

 普段はお前が一番にご主人の食を支えているんだもんな。

 だが、今日は耐えてやれ。そう、これは月に数回の奴の晴れ舞台なんだから。


 大丈夫だ、みんなお前の頑張りだって知っているさ。


 ご主人だって知っているはずさ。なぜなら、ご主人は挨拶のできる良い奴だからな。

 だから、かなちゃんもいつも嬉しそうにしているんだろう。自慢のご主人を好きでいてくれるのは、かなり嬉しい。



 週末になると「やっぱウンバ買おうかなぁ……」と言いながら、面倒くさそうに掃除機くんを取り出す。そして、すいーっと掃除機くんが活躍し始めるのだ。音静かめ、吸引力抜群の彼は、だけど時々恐ろしい音を立てて、唸り出す。


 電源を切ってやれば良いのに、ご主人はすぐに慌てて、吸込み口に吸われた自分の靴下を引っ張り始める。

 脱ぎっぱなしは、……。

 洗濯機くんは、いつも口を開けて待ってくれているが、なかなかどうして、ご主人の靴下は脱がれて数時間は放置されるものと相場が決まっていた。

 だから、ソファの下などから出てくるのだ。


 ご主人よ、なんというか……。


 あと一歩、頑張れ。


 だけど、布団のシーツなんかも洗濯されて、部屋の中の空気が綺麗になっているのが分かる。おいらも快適。


 お陰様で節電ecoモードも快適運転中。

 掃除と洗濯で疲れてソファで眠るご主人に柔らかな風を送って、よい夢が見られるようにしてやろう。

 まぁ、お疲れ様っていうことだ。


 今年はエルニーニョ現象とかなんとかで、暑い夏らしい。はじめは関係ないなと思っていたが、そのお陰で、おいらの出番もなかなかあった。

 ご主人のためにたくさん働いたって訳だ。


 ちょっと、威張ってみたくなる。


 しかし、スマホくんが教えてくれる。

 最近日照時間が少しずつ減ってきていると。

 もう、17:00には夕焼け小焼け。18:00は夜と言えると。確かに、おいらの場所からじゃあんまり外は見えないけれど、窓から差し込む光はすこし『秋』に近づいている気がする。


 あぁ、そろそろ。

 残暑厳しいといえど、少しずつ。


 月日が経つのはほんとに早いな。


 ご主人の「あっちー」が少なくなって、就寝前の数時間と週末くらいしか「ピ」の音を立てなくなる。


 あぁ、そろそろ。


 ご主人は暖房をあんまり使わないから……。スマホくんに聞くところによると、頭がぼんやりするかららしい。だから、電機絨毯とコタツ派。本当に憎っくき奴らだ。


 こうなると、かなちゃんが毎日来てくれることを願ってしまう。

 かなちゃんが来る日はきっと暖房を入れるはず。

 そう思いながら、部屋を見渡す。


「この夏もお世話になったな」


 やっぱり、ご主人は良い奴だ。

 そう言ったご主人はフィルターを掃除するために、おいらのお腹をパカッと開けた。


 おいらの熱い夏が終わり、しばらくゆっくりと息を潜める。まぁ、おいらにとっては、ご主人が快適であれば、それで良いのだ。


 うん、それで。


 じゃあな。また暑い夏が来るまで、口を閉じて静かに待つことにするからよ。


この作者他にはどんなの書いてるの?と思われたら、お好きな『読み回りリンク集』のボタンを押してみてくださいね。

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― 新着の感想 ―
[一言] あきさんのバナー連載からお伺いしました。 読みながら私も家電のきもちになりました……! IHくんドンマイ……そして私の家のコンロくんも同じような状況かなとちょっと申し訳ない気持ちになりました…
[一言] 付喪神好きな私にピコーンと来るお話しでした〜♪  ありがとうございました〜♪
[良い点] 活動報告→レビューとめぐって、お邪魔いたしました! エアコンくんたちをはじめとした、家電たちがみんなけなげで、かわいらしい。 うん、いっそいじらしい。 いつも自分の周りで支えていてくれる彼…
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