99.レイチェルの思惑 (レイチェル視点)
帰国されたシリウス様に会いに行った日、その隣に我が物顔で立っていたアリシア・クロフォード。その人物について調べさせた。
しかし、イングリルド国内での有益な情報は何も掴めなかった。
まるで、情報が遮断されているかのように。
「それにしても、この情報は正確なのかしら?」
報告書には『橋の下を覗き込んで、足踏みしていた』だの『川に手を入れていた』だの『街の屋台で食事していた』だの『一人で川魚を3匹食べた』だのと記載されている。
そんな奇行、令嬢がするかしら?
あんな汚い屋台で食事するのも信じられないけれど、令嬢が一人で川魚を3匹も食べられるわけがないしょう。
「やっぱり、この報告書は信憑性に欠けるわね。当てにならないわ」
公爵家の影を使ったのだけど、役立たずが混ざっているようだわ。
お父様に報告しておかなくてはね。
気を取り直して、もう一冊の報告書を手にする。
それはダノン国での情報。
あの女の家名が『クロフォード』だったことと、あの時のシリウス様の様子から、恐らくダノン国で出会ったのだと推察して調べさせていた。
「どうやら正解だったようね」
イングリルド国内より詳しい情報が掴めたようで、報告書の厚みが違う。
わたくしは期待しながら報告書を開いた。
「そう。元はアリシア・クラディア伯爵令嬢で、クロフォード伯爵家の養子になったと。学園ではシリウス様と同じクラスで、主席ですって?! あのシリウス様を差し置いてトップだったというの? しかし卒業生代表には選ばれなかったと。えっ、その卒業式で聖女だと発覚したですって? あの女、聖女だったの?」
あの冴えない女が聖女ですって?
あぁ、でもこれで分かったわ。
シリウス様は仕方なく、あの女と結婚したのよ。
聖女といえば、どんな国だって喉から手が出るほど欲しい存在。
きっと、あの女は聖女という地位を利用してシリウス様に迫ったのだわ。
浅ましくて、狡賢い人ね。
シリウス様も相手が聖女となれば、好きでなくとも断れなかったはず。
これは政略結婚よ!
没落寸前や貧乏貴族ならまだしも、愛を重んじるイングリルド国において政略結婚だなんて。それも王太子、未来の国王が愛のない結婚をするなんて言語道断だわ。
しかも、主席なのに卒業生代表に選ばれなかったなんて、きっと素行に問題があるのね。よっぽど性格が悪いのよ。清廉潔白なシリウス様は、あの女ことを嫌悪しているに違いないわ。
もしかしたら、聖女だというのも嘘なのではないかしら?
えぇ、きっとそうよ。
あんな地味で冴えない女が聖女だなんて、有り得ないもの。
あぁ、お可哀想なシリウス様。
あの女に騙されて、卑しい人間を伴侶にしなければならないとは。
シリウス様、直ぐに助けて差し上げますからね。わたくしが、あの女を綺麗さっぱり排除してみせますから、安心してくださいませ。
そのためには……まず、あの女に近づかなくては。そうして警戒を解かなければ、排除することは簡単でないしょうね。苟も、相手は王太子妃なのだから。
そう思って、お茶に誘う手紙を書いた。
「さて、どう出るかしらね?」
突然の訪問に、お茶への誘い。公爵令嬢が王太子妃するには非常識なこの行動に、あの女はどう対処するのかしら?
性格が悪いのなら、きっと今頃“非常識だ”と“私を誰だと思っているの? 王太子妃よ!”と騒いでいることでしょうね。
ふふふっ。
そういう所を露見させて、皆に真実を見せなくては。
あの女の本性を知れば皆、王太子妃に相応しくないと嫌悪するはずだわ。
王太子妃になりたいのでしょうけど、そうはいかないわよ。
絶対に破滅させてやるわ。
と思っていたら、直ぐにフェリシアが戻ってきて、快く快諾したと言われた。
快く?
そんな、まさか。
あぁ、きっと本性が知られたら困るから上手いこと誤魔化したのね。
まぁ、いいわ。実際に会って話せば、きっとボロを出すから。
案内されたのは、庭園の東屋だった。すでに、あの女は椅子に座っている。
「レイチェル様。お茶のお誘い、ありがとうございます」
「い、いえ。こちらこそ、突然の訪問でしたのに快諾していただき感謝しますわ」
屈託のない笑み浮かべる女に底知れないものを感じて、私は僅かに怯んでしまった。
何なの、この女。
公爵令嬢として社交界でも難なく渡り合っている、このわたくしが戸惑うなんて!
ほんの少しだけ口内が乾いた気がして、わたくしは出された紅茶に口を付けた。
「レイチェル様とお話してみたかったので、お誘い嬉しかったです」
「わたくしと?」
「はい。レイチェル様はシリウス様と親戚なのでしょう? ということは、幼少期のシリウス様のこともご存じかと思いまして。私は学園でのシリウス様しか知らないので、お聞きしたかったのです」
「もちろん知っていますわ!」
“留学先のシリウス様のことは何でも知っている”とマウントを取られたように感じて、思わず語調が強くなる。
王太子妃に対して失礼にあたる行動なのだが、相手は気にすることなく表情を明るくした。
「やっぱり! ぜひ、お聞かせください。きっとシリウス様は幼い頃から、恰好良かったのでしょう?」
「当然ですわ。小さい頃からシリウス様は美しく魅力的で……あぁ、そういえば。こんなこともありましたわね―――」
「―――国のこと、民のことをシリウス様は熱く語っていらっしゃいましたわ」
「シリウス様は、その頃からイングリルド国のことを考えていらしたのですね。本当に素敵ですね」
「えぇ、とっても素晴らしい方ですのよ」
わたくしは気付いたら数時間にわたり、シリウス様のことを語っていた。
これが、この女の手腕ですの?
言葉が止まらず、ついつい話過ぎてしまいましたわ。油断なりませんわね。
でも、まぁいいでしょう。
意気投合して打ち解けたように見えるでしょうから、警戒も弱まりますわ。
当初の目的である“近づくこと”に成功したと私が心の中で妥協していると、あの女の名前を呼ぶ声がした。
「アリシア」
好きな人が自分ではない女の名前を呼ぶことが、これほど不快に感じるのだと私は初めて知った。
「シリウス様。どうして、こちらに?」
「アリシアがレイチェル嬢に誘われて、お茶をしていると聞いてね」
「そうでしたか」
問われて、あの女に笑み浮かべながら答えたシリウス様は小さく呟く。
「僕がアリシアの初めての茶会を開く予定だったのに、残念だ」
僅かに影を落としたシリウス様の嘆きを、わたくしはハッキリと聞いた。
あの女は聞こえていないようだったけど。
何故ですか、シリウス様。
無理やり結婚させられたのですよね?
この女のことを嫌っているのですよね?
今の言葉は、まるで“好きな人に尽くしたかった”と聞こえるのですが。
何故ですか、何故……そのような愛おしそうに、その女を見つめるのですか?
「そろそろ冷えてくるから、部屋に戻った方がいいのではないかな?」
わたくしの動揺など察する事なく、シリウス様は場を切り上げるように促した。
「あら、もうこんな時間。お話が楽しくて、あっという間でしたね、レイチェル様」
「えぇ、本当に」
にっこりと笑う女に、そう答えるが精一杯だった。
ずっとシリウス様は、あの女を見ていて、わたくしには一瞥もくれないから。
あの女は「それでは」と挨拶をして立ち上がると、シリウス様の腕に手を添えた。
「それではレイチェル嬢、失礼するよ」
ここにきて、わたくしを初めて見るシリウス様。
そのことに、私の胸はモヤモヤとした重いもので埋め尽くされる。
「何の話をしていたの?」
「シリウス様の話ですよ」
「え、僕の? 何だか恥ずかしいな」
「ふふふっ。とっても素敵でカッコイイお話を沢山うかがいました」
微笑んで見つめ合う二人の姿に、ドス黒い感情が湧き上がってくる。
どうしてですの。
どうしてシリウス様は、そのような態度を……あぁ、分かったわ。シリウス様は誠実だから、好きでなくとも伴侶に迎えた女を愛そうとしているのね。
お優しいシリウス様、お辛いでしょうに。
待っていてくださいね。わたくしが絶対に、お救いしますわ!
わたくしは決意を新たに、腕組んで去って行く二人の背中を見送った。
レイチェルー、公爵家の影に役立たずはいないですよー、すべて事実ですよー(^o^)
あ、別にアリシアの手腕ではありません。オタクにありがちな、相手が語り合える人だと分かると聞かれてもいないのに熱弁してしまうやつと同じです(笑)
あとシリウスも勘違いしています。これ、茶会ではないです。ただのお茶です(=ω=)
細かいことを言いますと、シリウスに言われた”外では手を繋ぐか腕を組む”を忠実に守った結果、アリシアは違和感なくシリウスの腕に手を添えるようになりました。それがレイチェルには仲の良さを見せつけられたようで、より嫉妬心が煽られる結果に…。




