97.ダノン国王からの手紙(シリウス視点)
お茶の時間が終わってアリシアの部屋を出た僕は、一つ溜息を吐いて自分の執務室へ向かった。
(ある程度の予想はしていたけど、まさか本当にあんな内容の手紙が届くとは)
予想していたからこそ、アリシア宛の手紙の到着を遅らせるため差し止めさせていただのが、もう届いてしまった。まだアリシアは、ここでの生活に慣れていないというのに。
アリシアには過去の嫌な出来事を思い出さずに過ごして欲しかった。
出来れば手紙を読むことなく終わって欲しいとさえ思っていた。
でも、アリシア宛なのだから見せないわけにはいかないだろう。
だから、出来るだけの時間稼ぎをした。ここでの生活に慣れた頃であれば、あのような手紙が届いてもアリシアの負担は少なくて済むと思ったから。
(慣れる前に届いてしまったのは、寄り道に時間を使ったからだな)
予定通りの日程で王城に着いていれば、ここでの生活に慣れた頃に手紙が届いたはずだ。
しかし、あれはあれで必要な寄り道(時間)だったのだから仕方ない。
僕の詰めが甘かった所為だ。
(一層の事、事故を装って全ての手紙を紛失させれば良かっただろうか?)
いや、それは無意味だな。きっとアリシアからの返事が届くまで、厚顔無恥な彼らは何度でも手紙を寄越してくるだろう。毎度毎度、紛失させるわけにもいかない。
(まぁ、面倒な問題は早々に片付けるに限る)
生徒達からの手紙はフェリシアが、学園とクラディア家からの手紙は僕が処理するから、もうアリシアを煩わせることはないだろう。フェリシアに任せれば、生徒達からの手紙は二度と来ないはずだ。
(それから、ダノン国王からの手紙は父上が処理しているから問題ないな)
そう、ダノン国王からも父上宛に書簡が届いている。
父上達が王城に到着した数日後に届いたというから、ライオネルは時間稼ぎを頑張ってくれたのだろう。お礼をしないとな。
父上曰く、ダノン国王からの手紙は何枚にもわたり長々と言葉を並べていたが要約すると“アリシアはダノン国民だから返して欲しい”というような内容だったと言う。
ダノン国王はアリシアが聖女だと知って、直ぐに早馬を出したようだけど既に手遅れだ。アリシアはイングリルド国民だし、僕との婚姻も正式に成立している。
父上は「丁寧に返事を書いておいた」と言っていた。
その返信の写しを見せてもらったが、内容は―――
『問い合わせの件ですが、既にアリシアの国籍はイングリルド国にあるのでダノン国民ではなくイングリルド国民です。
こちらの調べによると、アリシアは魔力が無いからとダノン国では大層酷い目に遭っていたというではありませんか。我が国は魔力の有無に偏見はありませんからアリシアにとって適切な環境ですし、ダノン国にいるより心安らかに過ごせるはずです。
そもそもアリシアについては貴殿が『自由にするとよい』と仰って、あの場で書類に署名したのをお忘れですか? そちらにも書類の控えがあるはずですが、紛失されたのなら写しをお送り致します。
それから、アリシアは王太子である我が息子シリウスの嫁として正式に迎えました。シリウスが、誰よりもアリシアを幸せにすることでしょう。
我が国は軍事力もありますから、アリシアの身の安全は確保されていますので、どうかご心配なく。
お知らせが遅くなりましたが、若い二人を祝福ください』
―――と、紙一枚に収まるものだった。
アリシアを冷遇するようなダノン国に返す気はない
国王ともあろう人間が自分で言った言葉を忘れたのか
王太子妃であるアリシアに手を出せば返り討ちにする
というような裏の意味、嫌味が垣間見える。
それがダノン国王に通じれば良いのだが。
(まったく……ダノン国王といい、クラディア伯爵といい、面の皮が厚いな)
クラディア伯爵からの手紙は酷いものだった。アリシアに見せたくないと、万が一にもアリシアが読んでしまわないようにと、思わず燃やさせてしまうぐらいに。
最初は『アリシアが聖女だと聞いて驚いた』というような普通のことが書いてあったのだが、段々と『除籍は撤回する』だの『帰って来い』だの『育てた恩を返せ』だの『聖女の加護を与えろ』だの『王太子妃になるのなら支援しろ』だの……本当に見るに堪えない内容になっていた。
今更、どの面さげてアリシアを乞うというんだ!
アリシアが聖女の力を使えなくなる程に冷遇したのは自分達だというのに!
誰の所為でアリシアは力を使えなくなったと思っているんだ!
と怒りが溢れてしまったが、アリシアに気付かれていないといいのだけど。
アリシアは、文献で見つけた聖女と似たような境遇だった。
冷遇された所為で力を失っていたのだ。
(いや、文献の聖女の方が酷い扱いを受けていた……自分の身を守る余力すらない程に。そんな状況でも生きていられたのは聖女の力のおかげだろう)
それは、あまりにも過酷でアリシアに詳細を伝えられなかった。アリシアを怖がらせたくなかったから。
アリシアは聡いから、聖女の話を聞いて自分も同じ道を辿るかもしれないと考えるだろう。
文献によると聖女は暗く小さい部屋に閉じ込められて、食事も禄に与えられず、只ひたすら力を搾取され続けていたらしい。そして力を失うと、用済みと言わんばかりに国外追放されたと言う。
そんな非道なことが……と思うが、利益のためなら何をしても良いと考える人間は確実にいる。
おそらくダノン国王も、その性質だろう。
ダノン国王なら、過去の聖女が受けた扱いと同じことをやりかねないと思った。
(絶対にアリシアをダノン国には渡さない)
今、アリシアは聖女の力を使えるようになった。
最初に力を使ったのは、僕の怪我を治すため。
卒業式で魔獣を倒す時も、僕に聖女の加護を与えてくれた。
誰よりも先に、僕に対して聖女の力を使ったということは、つまり……僕がアリシアを癒せたということだろうか。アリシアの心労を取り除けて、アリシアを満たすことができたのだろうか。聖女の力を取り戻せるぐらいに、アリシアは僕の愛を受け取ってくれたということだろうか。
そう思うと、勝手に頬が緩んでしまう。
それを隠す為、口元に手を当てた。
(アリシアに僕の愛は、ちゃんと届いた)
そのことが嬉しくて、嬉しくて堪らない。
そして僕に、特別な加護を与えてくれた。
(それは、アリシアにとって僕が特別な存在だということだろう?)
口角は更に弧を描き、緩む一方だ。
(これからも、いっぱい愛するからね。アリシア)
さて、とりあえずは学園とクラディア伯爵へ手紙の返事を書かくか。
あぁ、あの令嬢達と令息達にも、お返しをしなくてはな。
どうせならライオネルの助けになるようにするか。結果が楽しみだ。
楽しみといえば、一度も参加したことがないアリシアのために茶会を開かなくては!
どんな茶会にしようか。あぁ、そうだ! あれが出来上がった時にしよう。
ふふふっ、アリシアは喜んでくれるかな!
この国に来たばかりで交友関係がない上に、存在が公表されていないアリアシは茶会に誘われることがないだろうと油断していた僕は意気揚々と足取り軽く、執務室へと入った。
手紙編、終わりました。
おかしい…アリシアを虐げた人間から聖女に群がる厚かましい手紙が届いて、今更そんなのに答えてやるかよバーカ!ざまぁ!って、ちょっと軽く書くつもりだったんですけど…想像では1話程度だったんですけど…何故、こんな話数になった?
まぁ、書きたかったから仕方ないんですけどね(’v^)ノ
ちなみにダノン国王はアレな感じですが、ダノン国の救いは王妃とライオネルです(笑
ライオネルが立派に育ったのは王妃の教育の賜物で、実はダノン国王妃とイングリルド国王妃は仲良しって裏設定です。じゃなきゃ、大国のイングリルド国から、国王が微妙なダノン国にシリウスが留学するわけないというか、許可されるわけないじゃん。学ぶことはないだろうってシリウス父が許さないよ。




