92.手紙の内容
次に、とある令息からの手紙を開けてみた。
『アリシア嬢へ
僕のことを覚えているかな?
放課後、一緒に図書館で勉強していたんだ、忘れるはずがないよね。
卒業式の翌日、手紙を出したら既にイングリルド国へ発った後だと聞いて驚いたよ。すぐに出立してしまったんだね。
驚いたといえば、君が聖女だと知って吃驚したよ。もっと早く言ってくれたら良かったのに。聖女と一緒に勉強していたなんて、光栄なことだ。
出来れば、もっと君と話したい。だから今度、会ってはくれないか?
慈悲深い聖女の君なら、きっと僕の願いを叶えてくれるだろう?
では、返事を待っているよ』
「う~ん?」
確かに彼とは一緒に勉強をしていた仲だったけど、魔力検査後は完全に無視されていた。何を隠そう、男女別授業の後、教室でシリウス様と話していた令息達の一人だ。
あれだけ私のことを“魔力無し”と揶揄していたのに、会いたいだなんて不思議なこと言う人ね。会っても話すことなんてないでしょうに。
首を捻る私を見て、シリウス様も内容が気になるようだから手紙を渡した。
目を通したシリウス様の眉間に皺が刻まれる。
「アリシアは彼に会いたい?」
「いいえ?」
何故、そんなことを聞くのかしら?
あ、同級生だから懐かしいとか情が湧くとか、そういうことを尋ねられているのね。
そう考えると……あら、まったく湧かないわ。
「一緒に勉強した仲だったのに、先程の令嬢も仲良くしていたのに、会いたいと思わないなんて私は薄情者ですね」
「そんなことないよ。彼らはアリシアを蔑ろにした。その過去は消えないんだ。一度失われた信頼は、こんな手紙一つで回復することはない。当たり前のことだよ」
そうシリウス様は微笑んで、手にしていた手紙を私に断りなく破り捨てた。
あ、あのシリウス様???
いえ、別に取って置くつもりはないので良いのですけど。
それから他の手紙も開けていく。取り巻きの人達からのも一応。そのどれもが大体同じ内容で、令嬢からは茶会の誘い、令息からは会いたいというようなことが書かれていた。
彼らは私のことを侮蔑していたのに。
そんな嫌っていた人間を誘うなんて、本当に不思議な人達だわ。
「分かってはいたけど、まったく恥知らずな人達だね」
「恥知らずですか?」
「だって、そうだろう? アリシアに魔力がないと知って冷たくしておきながら、聖女だと分かった途端に手の平を返して、その力にあやかろうと擦り寄ってくるなんて、恥知らずも良いところだ。僕だったら軽蔑してしまうな」
私が聖女だから誘われているの?
というか、こんなにもシリウス様がハッキリと否定するなんて。
もしかしてシリウス様、怒っています?
それから、私の背後に立っているマリーからも怒気のようなオーラを感じるのだけど、気のせいではないわね?
二人とも何に怒っているのかしら?
唯一、表情を変えないフェリシアを見たら、私の視線に気づいて一歩前に踏み出した。
「アリシア様。分かりにくいとは思いますが、わたくしも怒りを感じております」
「え、そうなの?!」
言われて、よくよくフェリシアの顔を見れば、僅かに眉尻が上がっていた。
「えぇ。人を傷付けておきながら、そのことを忘れて自分の要望を通そうとするなど、人として最低だと思います。同じ人間だとは到底思えません。それでアリシア様、これら低俗共への対処は如何致しましょうか?」
フェ、フェリシア?
フェリシアにしては言葉が辛辣ね。それだけ憤慨しているということかしら?
怒る理由は分からないけど、とりあえず向かい合わなければならない問題は―――
「そうね。現実的に考えて会うのは難しいから、お断りしないと」
そう答えて、私は封筒の束を見た。
これだけの手紙の返事を書くとなると骨が折れそう。
それに、断りの文面を考えるのも大変だわ。
以前の私なら手紙をもらえるだけでも嬉しかったのに、今は少し憂鬱な気持ちになった。
「でしたら、わたくしが代筆してもよろしいでしょうか?」
「代筆? でも……」
フェリシアの提案に“その手があるのね”と思ったものの、自分宛の手紙の返事を誰かに書いてもらうというのは申し訳ない気持ちになる。差出人にも、代筆する人にも。
「アリシア、気にすることはないよ。代筆なんて普通のことだから。王族ともなれば届く手紙の量も多くなるからね。いちいち自分で返事が書いていられない時だってある。もちろん、自筆の方が良い時もあるけれど」
言いながら、シリウス様は手紙を見渡した。
「でも、これは自筆の必要はないと思うよ。アリシアの手が痛む方が、よっぽど問題だからね。それともアリシアは絶対に自分で返事を書きたい?」
「いえ、そんなことは」
「だったら代筆でいいね。フェリシア、丁重に断りの返事を書くように」
「承知しております」
何だか『丁重に』の部分に含みを感じたのは気のせいかしら?
コクンと頷いたフェリシアが、あっという間に手紙を纏めたと思ったら、ノックの音ともにジュリアンが入って来た。その手にはトレーが。もちろん、手紙が乗っている。
え、まだ手紙があるの? 見たところ、2通しかないようだけど。あぁ、先程と比べると山になっていないだけマシかもしれないわ。
そんなことを考えつつ、私は受け取る。また学園の生徒からだろうかと差出人を確認すると、確かに学園関係だった。というか、学園からだ。
学園からということは、シリウス様にも手紙が届いているのかしら?
「シリウス様にも学園から手紙が来ているのですか?」
「いいや」
首を振りながらシリウス様は、“自分宛の手紙があるか”と尋ねるようにジュリアンを見た。視線を受けたジュリアンもまた、首を横に振る。
ということは、私にだけということ?
何かしら? 何か不備でもあったの?
私は首を傾げながら、手紙を開いた。
「???」
「学園からは何だって?」
より首を傾げた私に、シリウス様も内容が気になるようだ。
「卒業式をやり直すから、卒業生代表のスピーチを私にして欲しいとのことです」
「はぁ……そうきたか」
私には何故なのか分からないのだけど、シリウス様は分かっているみたい。
「どうして、やり直しを? あ、もしかして魔獣乱入で騒ぎになってしまったからでしょうか?」
そうよね。折角の晴れ舞台だったのに、怪我人も出て大変だったもの。
一度しかない卒業式を、やり直したいと思うのも分かるわ。
でも、それは生徒の心情だと思うの。学園側は既に予算を使ったから、やり直しなんて負担にしかならないのに……もしかして、生徒からの要望が多かったのかしら? けれど、ね?
「でも、私がスピーチだなんて。何故、パトリシア様ではないのでしょうか? というか、それならシリウス様に打診があるはずですよね?」
本来なら、首席である私が卒業生代表としてスピーチするはずだった。
けれど、学園は私ではなく次席のシリウス様にスピーチを依頼していた。それをシリウス様が断ったから三席のパトリシア様がスピーチをしたのだけど。
パトリシア様が何らかの理由で辞退したのならば、この話は私の前にシリウス様が打診されるはずでは?
「アリシア、違うよ」
「違う?」
「アリシアが聖女だから、卒業生代表として学園の顔になって欲しいのと、学園の体裁を守るために卒業式をやり直そうとしているんだよ」
「え、私が聖女だからですか?」
私が聖女だから卒業生代表としてスピーチさせるために、学園は卒業式をやり直そうとしているの?
「そうだよ。学園から聖女を輩出したとなれば知名度が上がる。逆に、首席で卒業生代表になるところを、そうしなかった学園には非難が殺到するだろうね。せっかく聖女が同級生で、その聖女がスピーチすれば加護が与えられたかもしれないのに恩恵を得られなかったと。だから学園側は慌ててアリシアに手紙を寄越して、卒業式をやり直そうとしているんだよ」
「そ、そんなことで?」
「あの国の人なら、そう考えるだろうね」
この意見にはマリーもフェリシアもジュリアンですら同意だったらしく、“うんうん”と首肯している。
「でも、それではパトリシア様はどうなるのですか?」
「彼女の面目は潰れるよね。それでも、侯爵家を敵に回しても聖女の名を学園は欲しているということだよ」
「それは……あまりにも、ひどい話ではありませんか?」
壇上に立つパトリシア様は、堂々としていて立派だった。その凛とした姿は今でも思い出せる。私も王太子妃として、見習うべき姿勢だ。
それを蔑ろにするなんて、学園は何を考えているの?
あぁ、私にしたことと同じことをパトリシア様にしていいと思っているのね。
それとも、気付いていないのかしら?
きっと学園は、これからも変わらないわね。
「アリシアは卒業式をやり直して、スピーチしたい?」
「したくありません。卒業式は一度しかないからこそ大切な行事なのです。それをやり直しても、その式典に意味はありません。それに、パトリシア様の名誉を汚すようなこともしたくはないです」
「それなら断りの手紙を僕が書いてもいいかな?」
「えっ、シリウス様が?」
「うん。ちょっと学園に伝えたいことがあるからね」
「わ、分かりました。お願いします」
シリウス様の唐突な提案に、私は頷くしかなかった。
何故なら、シリウス様の笑顔の裏に黒いオーラが見えたから。
前に感想をいただいて、学園側も聖女を軽視して後悔してるよね!と思ったので登場していただきました(’v^)b
生徒も学園も愚か者よ。でも一番の愚か者は……はい、次話です。お察しだとは思いますが!




