90.シリーとアリーの子ども
王城に着いてから3日が経過した。その間、毎日数時間ほど王城内を案内してもらっているのだけど、まだ全て見終わってはいない。
広いとは思っていたし、シリウス様も『何日もかかる』とは言っていたけど、これ程とは。
とりあえず主要な場所と一つの庭園を案内してもらったから、残りは追々知っていけば良いとシリウス様は言ってくれたけど、王太子妃が王城内を把握していないというのは、どうなのかしら?
街や民の様子を知ることも大事だけど、ちゃんと足元も知っておかないと、いざと言う時に最善の行動がとれないと思うわ。というわけで、今日も城内を案内してもらう予定よ。さて今日は、どんな場所を見られるのかしら?
期待に胸を躍らせていた時、部屋の扉がノックされた。
訪れたのは、もちろんシリウス様。
「アリシア、今日はプレゼントを持って来たよ」
そう言ったシリウス様は、1本のピンクの薔薇を持っている。王城に着いてから毎日、シリウス様は私に花を贈ってくれた。花束だと、そのうち置き場に困るだろうからと1日1本ずつ。
「ありがとうございます、シリウス様」
私はシリウス様から薔薇を受け取ると、それまで贈られた花が活けてある花瓶に差す。こうして徐々に豪華になっていく花瓶の花達に、私の胸は見えない何かに満たされていく。
今日はピンクの薔薇なのね!
ピンクの薔薇の花言葉は『上品』『しとやか』があるけれど、他にも『可愛い人』や『愛の誓』なんて意味もあるのよ。シリウス様は、どの意味を込めてくれたのかしらね。
「今日の贈物のメインは、こっちなんだけどね」
シリウス様が手で示す先には、箱を持ったジュリアンがいた。
正確には、シリウス様の手は箱を指している。
「これは?」
「開けてみて」
言われて、私は箱の蓋を手にした。その中にいたのは―――
「わぁ、ウサギです! シリウス様、ウサギですよ」
「うん。ハーゼの森でウサギに触れてみたかったみたいだから、用意したんだ」
箱の中には、白い毛並みで足先だけ茶色の愛らしいウサギが“ちょこん”と座っている。
「ほら、触ってごらん」
「触っても大丈夫なのですか?」
「うん、ペット用だから危なくないよ」
キラキラと私がウサギを見つめていると、シリウス様に促される。私はフェリシアに箱の蓋を渡すと、恐る恐るウサギに触れた。スルリと背中を撫でれば、その毛並みの感触が手に伝わってくる。心地よい肌触りに、私は何度もウサギの背を撫でた。
「アリシア、抱いてみたらどう?」
「えっ、抱く?」
どうやって?と、初めてのことにモタモタしていると、フェリシアがスッと手を出した。
「こうして胸の下に手を入れて、お尻を支えるようにしてください」
「わ、わぁっ」
ヒョイと持ち上げたフェリシアから、ウサギを受け取る。自分の胸に寄せて抱きしめると、ウサギは逃げることなく私の腕の中に納まった。
「あったかいです。それに、とても柔らかくて」
「気に入った?」
「はい、とっても!」
思わず笑みが零れてしまう。
小さな命が自分の手の中にいる。そのことに、私の中で何か温かい感情が湧いてきた。
座ろうかとシリウス様に言われて、私達は並んでソファに座る。
ウサギは私の膝の上に座った。
「餌をあげてみる?」
「えっ、餌をあげられるのですか?」
「それは、もちろん。フェリシア」
シリウス様が声を掛けると、フェリシアが数枚のキャベツが入った皿を差し出した。
「キャベツ?」
「うん。ウサギは主に牧草を食べるらしいけどね」
予想しないシリウス様の言葉に、私は驚きの声を上げてしまう。
「えっ、ニンジンではないのですか?」
「ニンジンを好むウサギもいますが、このウサギはキャベツを好むようです」
「そうなのね」
私の疑問にフェリシアが答えてくれた。
そうなのね。ウサギと言えばニンジンだと思っていたから意外だったわ。
この子はニンジンよりキャベツを好むのね。
私は皿からキャベツを1枚取ると、ウサギの口元に近づけた。
するとウサギは鼻をヒクヒクさせながら、キャベツを咥える。
「あ、食べました!」
そこからウサギは物凄い勢いでモヒモヒとキャベツを食べていく。
その小動物らしい口の動きに、思わず見入ってしまった。
「可愛いですね」
「そうだね。僕も餌をあげていい?」
「もちろんです」
頷くと、シリウス様もキャベツを1枚取ってウサギの口元へと運ぶ。私があげたキャベツを完食したばかりなのに、間を置くことなくウサギはキャベツに齧りついた。
「食欲旺盛だね」
「そうですね」
二人で顔を見合わせて、ふふふっと笑い合う。
その場には、とても穏やかな空気が流れた。
ふとシリウス様は思い出したように「そういえば」と言いながら、ウサギの足を撫でる。
「このウサギ、足先だけ毛色が違うだろう? 『靴下をはいている』って言うんだって」
「なるほど! ふふふっ、可愛いですね」
そう言われると、確かに靴下をはいているようにも見える。
「あの、シリウス様。このウサギ、飼っても良いのですか?」
先程シリウス様はペット用だと言っていたけど、動物を飼っても大丈夫なのかしら?
「もちろん。そのために用意したんだ。アリシアのペットだから、アリシアが好きなようにしていいんだよ」
「ありがとうございます!」
飼っても良いと言われて、私の声は弾む。
初めてのペットに私のワクワクは止まらない。
「それでは、名前を付けなくては。何が良いでしょうか? あ、この子はオスですか? メスですか?」
「メスだよ」
「女の子なんですね」
メスなら女の子らしい名前にしなくては!と思っていると、シリウス様は小さく呟いた。
「うん。たとえペットでも男をアリシアの傍に置きたくないからね」
「シリウス様?」
「ん、何?」
よく聞き取れなくて、聞き返したらキラキラ笑顔のシリウス様と目が合った。
何となく圧を感じる。
これは聞かない方が良いみたいね。
「いえ、何でもないです」と答えた私は気を取り直して、ジッとウサギを見つめた。
何だか、この毛色に見覚えがあるわ。
あ、そうよ。
「このウサギ、シリーとアリーの子どもみたいですね」
「ぐふぉっ」
言ったと同時に、ちょうど紅茶に口をつけたシリウス様は盛大に吹き出した。
「えっ、シリウス様? 大丈夫ですか?」
「ゴホゴホッ! うん、大丈夫。ゴホッ……まさか、そういう意味で? いや、違うよな」
シリウス様は咳き込んでいる上に最後の方は小声だったので、『大丈夫』という言葉以外よく聞こえなかった。
かなり咽ているけれど、気管支に入ってしまったのかしら?
背中を摩ろうとしたら、シリウス様に手で制された。
シリウス様は少し深呼吸して、呼吸を整えている。
こういう時って、構われる方が恥ずかしかったりするのよね。
そっとしておいた方がいいのかもしれないわ。
シリウス様は大丈夫みたいなので、私は手元のウサギに視線を戻した。
白い毛並みのシリー(シリーは銀色がかっているけれど)と茶色の毛並みのアリー。その二色の毛色を持ち合わせている、この小さなウサギはシリーとアリーの子どもみたいだわ。そうなると、やっぱり捩りたくなるわね。
「シリーとアリー……シアリー!」
閃いたと声を上げたと同時に、自分のネーミングセンスに落胆した。
さすがにない気がするわ。
もっと、こう、お洒落な名前があるはずよ。
「何か、もっと良い名前がありますよね」
「そう? 僕はシアリーで良いと思うけど」
「そうですか?」
「うん。アリシアが名付けたんだから、その名前が一番良いに決まっているよ」
自分のセンスの悪さに失望していたけれど、シリウス様は肯定してくれた。
シリウス様が良いというのなら、きっとシアリーで良いのね。
「では、シアリー。これから、よろしくね」
私の膝の上で大人しくしているウサギ、シアリーに声を掛けると頭から背中にかけて撫でた。
ほら、シリウスはアリーとシリーをアリシアとシリウスを模している的な感じに思っているから、『子ども』と言われて思わず、自分に置き換えて考えちゃったんですよ(笑




