87.セントラル大時計塔(シリウス視点)
その日は、まだ朝日が昇らない内から僕らは出立した。
王城は、もう目前だ。
この旅も、もうすぐ終わる。
だからこそ最後に行きたい場所、アリシアに見せたい景色があった。
そのためは、この時間に宿を出る必要がある。
「今日は朝早くから、ごめんね」
僕の都合で申し訳ないと思ったが、アリシアはダノン国での道中を思ったのか「いいえ」と答えた。ダノン国内では早朝に出発していたから、気にならなかったようだ。
「どうしてもアリシアに見せたいものがあってね」
「見せたいものですか? 楽しみです!」
アリシアは笑みを浮かべて、僕の腕に手を添えた。
僕らは馬車に乗り込み移動する。
馬車に揺られること数刻、目的の場所に到着した。
「さぁ、着いたよ」
「これは!」
アリシアは眼前の建物の入り口を見た後、視線を上へ上へと動かした。
「セントラル大時計塔だよ」
「時計塔! とっても大きいですね!」
首が痛くならないか心配になるぐらい、ずっとアリシアは時計塔を見上げている。
「そろそろ中に入ろうか」
「えっ、中に入れるのですか?」
「もちろん。さぁ、行こう」
アリシアは外から眺めるだけだと思っていたらしい。僕はアリシアの手を引きながら、ジュリアンが開けた扉から中に入る。
「この時計塔は王都の象徴であると同時に、観光名所にもなっていてね。誰でも入れる展望エリアがあるんだ」
「へぇ、すごいですね」
「王都が一望できると人気でね。日中は多くの人で賑わっているんだよ」
そう、昼間は人が混雑していて警備の問題が出てしまう。
さすがの僕も人気の観光名所を貸切にするほど権力を振りかざす気はない。
だから人々が動き出す前の、この時間に訪れた。
まぁ理由は、もう一つあるんだけど。
説明しながら僕達は、とある扉の前で止まった。
「これは?」
「魔法で動く自動昇降機だよ」
「!! 本で見たことはありましたが、実物は初めて見ました!」
ダノン国内でも使われている装置だけど、外に出たことがないアリシアは初めて見るようだ。
「もしかして、これに」
「乗るよ」
僕の言葉にアリシアの表情はパァと明るくなる。
こんな些細なことですら楽しそうにするアリシアに、僕は他にも沢山のことを経験して欲しいと思った。大丈夫。この先も時間は、たっぷりある。これからアリシアと何をしていこうか。
開かれた扉に歩を進めると、アリシアは『そっと』と擬態語が聞こえるほど慎重に足を踏み入れた。
「ドキドキしますね」
初めての昇降機に、アリシアが高揚しているのが分かる。
ジュリアンが操作する昇降機は、アリシアの期待も乗せて上昇した。
昇降機の扉が開いて外が見えると、アリシアは「わぁっ」と声を上げた。
「すごいです。あっという間に、この高さまで登ってしまうなんて!」
昇降機の速さに驚いたところで、改めて周りを見たアリシアは、その高さにも驚きの声を上げた。
「それにしても高いですね。こんな高い所の景色を見るのは初めてです」
「ここは、国で一番高い王城の塔の次に高い塔だからね」
「そうなのですね」
アリシアの目は好奇心でキラキラと輝いている。
「あ、もしかして、あの山がダノン国との国境の山でしょうか?」
「多分、そうだよ」
「あんなに遠い場所から、ここまで来たのですね」
遥か遠くに見える山を指差していたアリシアは、感慨深そうに頷いている。
方向的に間違いないのだが、あんな遠くまで正確に見えるとは。
「アリシアは視力が良いんだね」
「そうですか?」
「うん。山越えの時も思ったけど、アリシアは目が良いよ。おかげで魔獣の接近にも気づけたし」
アリシアは「あぁ」と思い出したように呟いた後、“う~ん”と少し考え込んでいる。どうやら人よりも遠目が利く自覚はなかったようだ。
「多分ですけど、外に出られなかったので屋敷の窓から見える景色を、学園に通うようになってからは馬車の窓からの景色を注視していたからですかね。外の世界には何があるのか、どんなものも見落としたくなかったので」
「そうか」
なるほど。長年に渡って遠くを見続けてきた結果、視力が向上したということか。そういえばランドルフが『鍛えれば視力は上がる』と言っていたな。
「だからイングリルド国に来てから、花畑も川も橋も森も畑も街も、沢山の景色が見られて嬉しいです!」
満面の笑みを浮かべるアリシアに僕の胸はキュッとなる。
色々な景色を見せてあげたいと思ったことは間違いではなかったと、見せることが出来て良かったと、僕は満たされた気持ちになった。
どうやらアリシアを満たそうとすると、自分も満たされるようだ。
これから、もっともっと幸せにするからね、アリシア。
それから、アリシアは「あれが王城ですか? とても大きいのですね」とか「ずっと城下町が続いています。沢山の人々が暮らしているのですね」とか「向こうの緑が広がっている所は先日、通り過ぎた畑でしょうか?」とか楽しそうにしていた。
一通り展望エリアを回って満足そうなアリシアに、僕は人差し指を立てた。
「今日は特別に、もっと上まで上がるよ」
「上ですか?」
アリシアは天井を見上げる。僕が目配せすると、ジュリアンは『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉の前へと向かった。懐から鍵を取り出して鍵穴に差すと、日頃は閉ざされた扉が開かれる。扉の先は階段だ。
「ここからは階段になるけど、大丈夫かな?」
「はい!」
薄暗い扉の先が気になるようで、アリシアの声は弾んでいる。
では、行こうか。
僕はアリシアの手を取って、先頭に立つジュリアンの後に続いて階段を上った。そうして階段を登り切ると、その先にある扉をジュリアンが開ける。外に出たアリシアは、目の前に広がる光景に息を飲んだ。
「すごい……」
展望エリアよりも更に高い場所から見る風景は、また違って見えるのだろう。
ここは有事の際、見張り台になる場所でもある。だから少し首を捻るだけで360度、周囲を見渡せる構造だ。
先程の展望エリアと違って、落下防止の安全柵もない。
つまり視界を遮るものが何もないのだ。
それは展望するには良いことだけど、アリシアが落ちないように気を付けよう。好奇心のあるアリシアは、橋の時と同様に下を覗こうとするかもしれないからね。
さて、そろそろ時間だ。
「アリシア、見ていて」
「?」
東の空が僅かに白んでいく。そうして今日最初の陽の光が王都を一斉に照らした。まるで朝日が流れるように、自分達に迫ってくるような情景。街は色付いて、扉の開く音、馬の蹄の音、人々の話し声、そういった喧騒が徐々に広がっていく。
「ここからの景色、この瞬間が僕は一番好きなんだ。一日の始まりを感じられて」
「分かります。日が昇り始めて使用人達が動き出すと、生活音と共に屋敷が活気づいて、今日も一日が始まったのだと新しい気持ちになりますよね」
アリシアは僕を見た後、視線を戻した。
街は新鮮な朝の光に包まれて、新しい一日へと動き始めている。
「これがシリウス様の国。素敵ですね」
眩しいものを見るように目を細めて街を見つめるアリシアに、僕は自然と王太子としての思いを口にしていた。
「うん。今は父上だが、いつか僕が守る国。僕は、この美しい風景を、平和な日常を守りたいんだ」
「その中に私もいれてくださいますか?」
ん、その中?
あぁ、守られる側のことかな?
それは、もちろん!と答えようとしたら、アリシアが僕を真っすぐ見据えた。
「私もシリウス様が大切にしているものを守りたいのです。この国のために出来ることをしたい。シリウス様と共に、この国に尽くしたいのです」
アリシアの言葉が僕の胸を打つ。
そんな風に思ってくれているなんて。
僕は本当に素敵な奥さんを迎えたんだな。
「ありがとう、アリシア。一緒に、この国を守ろう」
「はい」
朝日の温かさを感じながら、僕達は寄り添い合って王都を見つめた。
******
「そろそろ戻ろうか」
「はい」
人々で賑わう前に立ち去らないと、と思って中へ戻ろうとした時
「くっしゅん」
「アリシア?!」
アリシアのくしゃみに、僕は狼狽えつつハッとした。
「朝は冷えるのに、ごめんね。何も対策を講じてなくて」
「いえ、別に寒いわけでは」
本来なら防寒をしておくべきだったのでは?と自分の至らなさを責めつつ、僕は急いで上着を脱ぐとアリシアの肩に掛けた。
「シリウス様。これではシリウス様が」
「僕は鍛えているから大丈夫。だから、ね?」
有無を言わさず、アリシアの両肩を背後から掴んでグイグイ押すと中へ戻る。
「はい、ありがとうございます。暖かいです」
「それは良かった。ジュリアン、後で何か温かい飲み物を」
「はっ」
扉を施錠したジュリアンに声を掛けて、階段を下りようとした時
「あ、シリウス様の香りがする。ふふふっ」
可愛い呟きが聞こえて、あやうく階段を踏み外すところだった。
(やはり僕は何か試されているのだろうか!)
魔法で動く自動昇降機、所謂エレベーターです(^^)
さて、ここで王城までの道中記が終わります!
本当は森と川だけだったのに、増やしちゃった(’v^)
シリウス、自国に帰った途端、大暴走って感じですかね?
アリシアが色々見て経験することで、心豊かになっていく流れだったんですけど、シリウスも満たされる結果になりました。やっぱり愛って、お互いに満たし満たされるものなんですねぇ。
この後、また暫く投稿が空きますが許してください。
せっせと続き書いてますので!頑張りますので!投稿再開をお待ちください!




