85.ハーゼの森(シリウス視点)
「さて、今日は『ハーゼの森』へ行く。手筈は整っているか?」
「もちろんです、シリウス様。すでに王太子権限で貸切にしております。また、念のためウサギを100匹ほど放っておきました」
「さすがジュリアン。よくやった」
「それから万が一に備え、その場で放てるよう追加でウサギ10匹ほど用意しております」
「よし、抜かりはないな」
ジュリアンと打ち合わせしていると、アリシアがやってきた。
「お待たせしました」
「大丈夫だよ、アリシア。さぁ、行こうか」
僕はアリシアの手を引いて、馬車に乗り込んだ。
ふふふっ。
アリシア、楽しみにしていてね。
馬車で揺られること数時間、目的の場所に着いた。
「シリウス様、ここは?」
「ハーゼの森だよ。以前、森にも行ってみたいと言っていただろう?」
「あ、もしかして、ここが前に言っていたウサギのいる森ですか?」
「うん、そうだよ。折角だから、散策しない?」
「わぁ、嬉しいです! ウサギに会えるでしょうか」
「きっといるよ」
そのためにウサギを用意しておいたのだから。
笑みを浮かべるアリシアと腕を組んで森の中へと歩を進める。
初めての森に、アリシアは興味津々といった様子だ。
大きな木がいっぱいあるだとか、あそこに野花が咲いているだとか、楽しそうにしている。
そうそう、さっきは木の側でキノコを見つけて―――
「わぁ、本当にキノコが生えています」
「毒キノコかもしれないから触らないようにね」
あまりにもジッと凝視しているから、食べられるのかな?と思っているようで心配になった。
鳥のさえずりが聞こえてきた時も、アリシアはジッと鳴き声がする方を見つめて―――
「あ、あそこに黄色い鳥がいます。綺麗ですね。あっ、小鳥も! 子どもでしょうか? 可愛いです」
木の枝の影にいるのか僕には全く見えなかったけど、微笑むアリシアに相槌だけは打っておいた。
相変わらずアリシアの視力は凄いな。
しかも、その先に池があったようで「あれは、もしかして鴨でしょうか? 可愛いですね」と言っていた。
ごめんね、アリシア。
流石に、その距離は見えないよ。
それからアリシアは、ふと足を止めて―――
「今、木の模様が動いたような」
「模様?」
「はい、あそこです」
アリシアの指さす先は遠すぎて、僕には只の木にしか見えない。
でも模様が動いたように見えるのなら、おそらく正体はアレだろう。
「少し近づいてみようか」
「はい」
僕達は出来るだけ音を立てない様に、そっと木に近づく。そうして、やっと僕も肉眼で確認が出来た。アリシアも動く模様の正体がハッキリ見えたようだ。
「あ! あれは!」
「リスだね」
「リス……え、真っ直ぐ下に降りて……あ、上にも登って……落ちないなんて、すごい!」
アリシアはリスが垂直に木を登り降りしていることに感動している。
見せてあげたいと思っていたから良かった。
僕では、あんなに離れた所にいるリスなんて見つけられなかっただろうから。
人の手が多少は入っているとはいえ、ここは天然の森。
木と同系の保護色のリスを見つけるのは至難の業だ。
「初めて見ましたけど、尻尾が身体と同じぐらい長いんですね。尻尾がフワフワで、あっ、木の穴から顔を出して、可愛い!」
少しの間、アリシアは楽しそうにリスを観察していた。
やはり、リスを見るのも始めてだったか。
うん、ここに来て正解だったな。
けれど、当初の目的が果たされていない。
自然に任せたかったが、仕方ないな。
僕はジュリアンに目配せする。視線を受けたジュリアンは心得たりと頭を下げた後、パッと姿を消した。その隣にいたフェリシアがジトッと僕を見る。
別にいいだろう? このぐらい。
アリシアが楽しみにしているのだから。
暫くすると、近くの草むらからガサガサと音がした。
姿を現したのは待望の生き物だ。
「あ、シリウス様。ウサギです!」
「そうだね」
パアッと表情を明るくしたアリシアに微笑んだ後、僕は背後を振り返る。いつの間にか戻ってきていたジュリアンに“よくやった”と視線を送れば、恐悦至極と言わんばかりに恭しく礼をした。
と、その時、反対側の草むらからもガサガサと音がする。
アリシアは気になったようで、音がする方を覗き込んだ。
「わっ、わわわっ、こんなに沢山ウサギが!」
「え?」
戸惑うような声に、僕もアリシアの視線の先を見る。
そこには大量のウサギが群れを成していた。
どういうことだ?とジュリアンを見れば、首を横に振っている。
どうやらジュリアンも把握していなかったようだ。
ここに集まっていたのか。
どおりで、途中で見掛けなかったはずだ。
そうか、予めウサギの位置を把握しておいて、そこに向かってアリシアを誘導すれば良かったのか。う~む、考えが足りなかったな。
始めは驚いていたアリシアだが、その瞳は沢山のウサギを目にして輝いている。
「さ、触ってもいいでしょうか」
「う〜ん。野生の生き物は噛みついたりするから止めた方がいいかな」
「そうですよね……」
僕の言葉に、アリシアは少しシュンとした。
折角だから触ってみたかったに違いない。
何か良い方法はないだろうか。
なんて考えていると、アリシアは閃いたように呟いた。
「あ、野生動物には人間の匂いが付いたらいけないって本に書いてありましたしね」
まぁ、それ以前の問題だけどね。
それ以上、近づいたら野生のウサギは逃げるだろうから。
触れないと分かって距離を保ちつつ、それでもアリシアは嬉々としてウサギを眺めている。
「可愛いですね!」
「そうだね」
“アリシアが”と心の中で付け足した。
ウサギを見て、爛々としているアリシア。その姿に、改めて守りたいという気持ちが強くなる。庇護欲が掻き立てられるというのは、こういうことか。
それにしても大量だな。
「アリシア、何匹か狩って帰ろうか? ウサギの肉はシチューにしたり、ミートパイにしても美味しいからね」
「えっ、食べちゃうんですか?」
ガバッと僕を見たアリシアは、僅かに瞳を潤ませていた。
えっ?
川魚を見た時はイワナのムニエルを想像していたみたいだから、てっきり食べ物を連想しているものだと思ったのだけど。
ち、違うのか?!
助けを求める様にフェリシアを見れば、“今のはない”と言いたげな視線が僕に向けられていた。ジト目の圧が鋭く刺さる。
ど、どうする。
僕は間違ったことを言ったようだ。
「…………じょ、冗談だよ。アリシアが望むなら、それも出来るというだけで」
「あぁ、そうでしたか。良かった、こんなに可愛いのに食べるなんて可哀想で」
「そうか」
そうか、そうか。
可愛いから食べないということか。
では、魚は可愛い括りではないということか。
エビや貝類も気にせず食べていることから、海の生き物は大丈夫なのだろう。
それから牛も豚も鶏も……ん、鶏?
さっき小鳥や鴨を可愛いって言っていたけど、大丈夫なのか?
以前、鴨肉を喜んで食べていたけど。
僕が悩んでいる間、アリシアはウサギを堪能していた。
とりあえず、ここがウサギの狩場で有名だとは言わない方が良さそうだ。
「シリウス様。願いを叶えてくださり、ありがとうございます」
「こんなの大したことないよ。ねぇ、アリシア。もっと君の望みを聞かせてね」
「はい」
はにかむアリシアを見て、僕は考える。
ウサギを見られて嬉しそうだったけど、触れられずに残念そうでもあった。
何とか出来ないだろうか。
そうだ、ウサギはペットとして飼われたりもしている。
それなら撫でたり、抱いたり出来る。
よし、アリシアのためにウサギ部屋を一つ用意しよう!
いつでも触れ合えるように、アリシアの部屋の近くに!
早速ジュリアンに手配させなくては。城に着くまでに用意できればいいが。
フェリシアから「やり過ぎです」と呆れたように言われるのは数時間後のことだった。
ウサギの数え方、悩みました…私的には“羽”なんですけど、“匹”の方が分かりやすいかな~って結論に至りまして、“匹”で表記しています。




