78.思い出のチューリップの花束(シリウス視点)
山を下りた後、僕達は休憩を挟まず、今日泊まるオズマン侯爵邸へと直行する。
予定時刻よりも遅れての到着だった所為か、オズマン侯爵は屋敷の門の近くで出迎えていた。そして僕達を見るなり慌てて駆け寄ってくる。
まぁ、当然だろう。国王と王妃が馬車ではなく、馬に跨っているのだから。
「どうされたのですか?!」
「いやー、実はな」
父上が掻い摘んで事の次第を説明している。
最初は険しい顔をしていたオズマン侯爵だったが、途中から穏やかな笑みを浮かべ始めた。おそらく母上が『馬で行けばいい』と言った辺りを聞いたのだろう。
「ハハハッ、相変わらず活発ですなぁ」
豪快に笑うオズマン侯爵を見て、アリシアは不思議そうにしている。
あぁ、そういえば伝えていなかったな。
「アリシア、彼はオズマン侯爵。父上とは幼馴染なんだ」
「あ、それで親しいご様子なのですね」
「うん。それと今日は、このオズマン侯爵の屋敷に泊まるよ」
「えっ、そうなのですか?」
アリシアは休憩だと思っていたらしい。けれど「そういえば旅の時は、貴族の屋敷に泊まることもあると本に書いてありましたね」と頷いている。
ダノン国では宿しか利用しなかったから、屋敷に泊まるのは初めてだろう。
あ、緊張してしまうのではないか?
「アリシア。オズマン侯爵とは気心の知れた仲だから、気負わなくても大丈夫だよ」
「は、はい!」
アリシアの声は僅かに固くなっている。やっぱり緊張しているみたいだ。
「それは大変でしたな。ささっ、お入りになって、ゆっくりお寛ぎください」
父上と母上を屋敷に招き入れたところで、オズマン侯爵は僕の方へと振り返った。
「お久しぶりです、シリウス殿下」
「そうですね。一年前の長期休暇で帰省した際、お世話になって以来かと」
「あの時に比べて成長されましたね」
「当然です。良き伴侶を迎えましたから」
「おぉ。では、そちらが何時もお話しされていた」
そう、僕は帰省する度にアリシアの事を話していた。
やっと彼女を紹介することが出来るな。
「えぇ、僕の妻のアリシアです」
「アリシアと申します」
出番を待ち構えていたアリシアは、紹介されてスッと綺麗なカーテシーを決めた。
それを見たオズマン侯爵は驚いたように瞬きしている。王太子妃が礼をとったから驚いている様だ。
まだ手続きが終わっていないのでアリアシは正式な王太子妃ではないけれど、これからの為に気を付けた方が良いかもしれないな。
「アリシア、君は王太子妃になるんだから、そこまでの礼は必要ないよ」
「…………あっ」
言われて、ハッとした様子のアリシアは「し、失礼致しました」と慌てながら恥ずかしそうに口元に手を当てている。
「これはこれは、純粋で愛らしい方ですな。シリウス殿下は素敵な伴侶を迎えられましたね」
「えぇ、アリシアは素晴らしい女性です」
僕とオズマン侯爵に褒められて、アリシアは「うぅ」と小さく声を上げると先程より照れていた。
******
僕達の安全が確保されたことで、すぐさま騎士達は山へと引き返した。
取り急ぎ、僕達だけは侯爵邸に到着したが、使用人達や荷物はまだ下山の途中だ。
それに後発隊も未だ出発できずにいる。
大幅に遅れが出ているが、無事アリシアをイングリルド国に連れて来られたから良しとしよう。これでダノン国王が、どんなに足掻こうともアリシアには手を出せない。
それに、ここからは僕の力をいくらでも使える。
ダノン国にいた時は身分を隠していたから派手なことは出来なかったけど、自国なら問題ない。アリシアを沢山、喜ばせるぞ!
僕達はオズマン侯爵に勧められるまま、サロンで休憩することにした。
談笑していると、俄かに外が騒がしくなる。
どうやら使用人達と荷物が到着したようだ。
暫くして、控えめにサロンの扉がノックされる。
訪ねてきたのはフェリシアとマリーだった。
「お嬢様」
「マリー! フェリシア! 大丈夫だった?」
マリーの声に、アリシアはパッと立ち上がった。駆け出しそうになるのを、フェリシアが目で制している。ピタリと動きを止めたアリシアはマリーに促されて、すごすごと腰を落とした。
ジョンから安否を聞いてはいたようだけど、実際に目で無事を確認するまでは心配だったのだろう。
「お嬢様、私達は大丈夫です」
「他の皆も?」
「はい。皆、怪我もなく無事こちらへ到着致しました」
「良かったわ!」
交互に答えるマリーとフェリシアに、アリシアは明るい笑みを浮かべた。
しかし、マリーの表情は曇っている。
「それで、私達は無事だったのですが……」
「どうしたの? マリー」
「申し訳ありません! 荷物の一部が破損してしまいました」
破損?
マリーがアリシアに謝っているということは、彼女の荷物なのだろうけど……まさか、アリーとシリーではないだろうな?
「荷物が破損?」
「はい……賊に襲われた際に木箱ごと、あのチューリップの花束が外に投げ出されてしまい……その後、魔獣によって踏み荒らされてしまいました」
マリーとフェリシアは深々と頭を下げている。
荷物の破損となると使用人が責を問われたりするものだが、きっとアリシアは咎めたりしないだろう。
「何を言っているの、マリー。大きな怪我もなく、皆が無事だった。それ以上に求めるものなんてないわ」
アリシアはマリーを真っすぐ見据えた。
(やっぱりね)
予想通りのアリシアに、僕の口元は自然と緩んでいく。
「それにね、形ある物だけが大事なのではないの。それを教えてくれたのは、ライラよ」
「お嬢様」
「残念ではあるけど、たとえ花束が無くなっても、シリウス様にプロポーズされた事実は変わらないし、思い出も消えないわ」
マリーは感無量といった様子でいる。マリーの母親であるライラの教えを、アリシアが忘れていないことが嬉しいようだ。
優しくて、人に寄り添えるアリシア。
その姿が、とても誇らしく思えた。
ところでチューリップの花束というのは、もしかして―――
「アリシア。その花束というのは、もしかしてプロポーズの時のかい?」
「あ、はい。大事なものですから」
「持ってきていたんだね」
「えぇ。シリウス様から頂いたものは、全て手放したくなくて」
わざわざ持ってきていたのか!
急いでクロフォード邸を出立することにならなければ、あの花束をアリシアは部屋に飾って愛でたに違いない。
願いを込めた花束ではあるから、大事にしてくれるのは嬉しいことだけど、目を伏せたアリシアは、僕があげた物をダメにしてしまって自分を責めているようだ。
また自分の所為だと思っているのかな?
アリシアの所為ではないから、自分を責めないで。
どうすれば、君を元気に出来るだろうか。
「嬉しいよ、アリシア。代わりと言っては何だけど、城に着いたら毎日、君に花を贈ろう」
「わぁ、本当ですか? 嬉しいです」
伏せられていたアメジスト色の瞳が開かれ、輝きが宿る。
本当にアリシアは花が好きなんだね。あぁ、そうだ!
僕は、とある計画を閃いた。
(クロフォード邸の引き渡しまで、まだ時間があるからな)
僕達が出立した日、クロフォード邸の売買契約は完了した。
もちろん、信用のおける人物が買っている。
そこら辺の適当な貴族に売り払ったりしたら、聖女が暮らした屋敷だとか、聖女が生活した部屋だとか、聖女が愛でた庭だとか言って見世物にされないとも言えないからな。
その点を考慮して改装もするし、一部の使用人達はまだ残っているから、引き渡しは一ヶ月後になっている。
まぁ、奉公先の決まっている使用人達は今頃、次の仕事先の屋敷へと移り住んでいるだろうけど。
(一ヵ月もあれば十分だろう。あとで、ジュリアンに手配させなくては。アリシアが喜んでくれるといいな)
僕とアリシアが見つめ合う向かいで、オズマン侯爵と父上達が囁く。
「なんと心根の綺麗な方でしょうか」
「そうだろう、アリシアちゃんは素敵な子なのだよ」
「えぇ、アリシアさんは優しい人なのです」
そして微笑ましそうに、こちらを眺めていた。
(当然でしょう。アリシアは素晴らしい女性で、僕の自慢の奥さんなのですから)
僕は胸を張るような思いで、アリシアの頭を撫でた。
久しぶりの投稿になってしまい申し訳ありません!
言い訳が許されるのなら、聞いてください…他の長編を思いついてしまったので、そちらを書いていたら、こちらが進まなかった(ノ_<。)
というわけで、新たに長編を投稿しました。その名も「没落寸前貧乏男爵令嬢に転生したコスプレイヤーはオジサマ侯爵に溺愛される」です。
長いタイトルですが、良ければ読んでいただけると嬉しいです!!




