77.まさかの国際問題?
準備が整ったようで、ランドルフ達騎士を先頭に馬は走り出した。
山道は揺れるので、私は舌を噛まないように口を閉じる。でも御している側は揺れを予測できるから、会話は可能なのよね。学園に通うため、ジョンと二人乗りしていた時に学んだわ。普通に話し掛けてくるジョンに返事をしようとして、何度舌を噛んだことか。ここは山道、整備された道より揺れるはずよ。
沈黙のまま走って暫くすると、お義父様が難しい顔をしていた。
「それにしても、これは国際問題にならないか?」
え、国際問題?
何が原因で、そのようなことに?
「アリシアちゃんが聖女だと伝えずに、イングリルド国へ国籍を移したことになるが」
えぇ!
私が原因なのですか?!
「あぁ、それなら父上がダノン国王と会合している時点では、アリシアが聖女だと知らなかったわけですから問題ないかと」
「確かに、私らが知ったのは卒業パーティー後ではあるな」
ん? 確かにお義父様達が知ったのは卒業パーティー後かもしれないけど、シリウス様は私が手の怪我を治した時に気付いたのでは?
シリウス様を窺うと、私を見てニコリと微笑んだ。
あ、これは言ってはいけないやつ! きっとシリウス様は、お義父様達に報告していないのだわ。でも、何故?
「ふむ。それなら、こちらに非はないな。どんな要求をされようとも跳ね返そう」
「えぇ、わたくし達は知らずに手続きをしただけですから。それに、あの国王にアリシアさんという聖女は不相応ですわ」
お義父様が頷いた後、お義母様が微笑んだ。その笑みは圧がある時のシリウス様と似ている。
あの、お義母様。
ダノン国王と何かあったのですか?
「しかし、あの国王であればアリシアちゃんが聖女だと知った途端、その日のうちに取り戻そうと、例え夜中だとて構わずに屋敷へ使者を寄こしてきそうなものだが」
「そうですわね。入れ違いになった可能性もありますが……それならば尚の事、アリシアさんを奪取すべく追手を差し向けてくるでしょうに」
えっ。それは、つまり私はダノン国に連れ戻されてしまうということですか?
そうなったら、シリウス様と私はどうなるのですか?
まさか、シリウス様と離れ離れに?
お義父様とお義母様の言葉に、不安が私の胸を覆った。
「あぁ、それなら手を打ってあります。ダノン国王の耳に入らないよう、ライオネルに時間稼ぎを頼みましたから」
「そうであったか」
「ちゃんと策を講じていたのですね」
“偉いぞ”と感心するお二人に、シリウス様は“当然です”と頷いた。
えっ、ライオネル殿下が?
「だが、彼は聖女を手放すようなことをして良かったのか?」
「ライオネルには対価を渡してあります」
対価?
一体どんな対価を?
「あの時の剣だよ」
首を傾げた私に、視線を落としたシリウス様は答えてくれる。
(あ、もしかして!)
私は卒業パーティーでシリウス様が魔獣を倒した後のことを思い出した。
『ライオネル、これを君に』
『いいのか?!』
『ただ代わりと言っては何だけど』
『あぁ、分かっている』
そう言って、あの剣を渡していた。あの時、シリウス様が求めた対価は時間稼ぎだったのですね。謎が一つ解けてスッキリしたわ!
でも、あの剣が対価になるのかしら? あ、そうか。あの剣は聖女の加護が宿った国宝になるのだったわね。それなら対価になるのかもしれない。
納得して、疑問を抱いて、また納得して……と繰り返す。そんな様子を見ていたシリウス様はクスッと笑うと、お義父様達へ視線を戻した。
「それにライオネルは分かってくれています。ライオネルは『シリウスが長年想い続けたアリシア嬢との仲を引き裂くことなんて、俺には出来やしないさ。それに、この国にいてはアリシア嬢が辛い思いをするだけだ。アリシア嬢が“魔力無し”と診断されてから、どんな扱いを受けたのか知っている。だが、この国の連中はそのことを忘れ、恥ずかしげもなく聖女に群がるだろう。それは父上も同じだ。聖女の力を我がものとして酷使するに違いない。だからシリウス、アリシア嬢はイングリルド国でお前と共にいるべきだ』と言ってくれましたから」
「誠実で思慮深い子ですね」
「あぁ、彼なら良い王となるだろう」
ライオネル殿下。お会いしたことは殆どなかったけれど、私のことを考えてくださっていたのですね。それはシリウス様が“想い続けた相手”だからだとは思いますが。
それでも、あの学園の中でシリウス様以外に、私のことを正当に見ている人がいたことが嬉しくて胸が震えた。
「ライオネルが『結婚式には呼んでくれ』と言っていたよ」
シリウス様の言葉に、私は大きく頷く。
あの国で私達の事を祝福してくれるのは、私に良くしてくれた使用人達を除けば、ライオネル殿下だけでしょうね。
そうそう、ライオネル殿下と言えば、大きな謎が残っている。
伝わるかしら?と、シリウス様をジッと見つめてみた。
「あぁ、ライオネルと僕の仲について話していなかったね」
あ、伝わったわ! すごい! やっぱりシリウス様は心を読めるのかしら。
それとも恐ろしく察しがいいの?
私はコクリと頷いた。
「隣国の王太子同士、顔を合わせることが何度かあったけど、最初はそれだけの仲でね。いわゆる顔見知り程度だったんだ。だけど、ある時お互い野菜嫌いだと知って意気投合したんだよ」
えっ、まさか野菜嫌い仲間だったのですか!
ライオネル殿下が野菜嫌いとは、人は見掛けによらないものですね。いえ、それはシリウス様もでした。よもや令嬢達の憧れの人達が野菜嫌いとは誰が思うでしょうか。
「それ以来、手紙のやり取りをしたりと仲良くなってね。まぁライオネルの方は、とある令嬢の影響で野菜嫌いを克服したんだけど」
野菜嫌いを克服する程の影響を与えた令嬢とは……あ、もしかしてライオネル殿下がおっしゃっていた『心に決めた女性』ですか?
「野菜嫌いという共通点がなくなっても友好関係は終わらず、むしろ深まっていったんだ」
それで、とても親しい様子だったのですね。
固い友情で結ばれている。その関係が素敵で輝いてみえます。
「彼もシリウスも野菜嫌いを克服して偉いですね」
お義母様は微笑みながら、お義父様を見つめる。その笑みの背後には、何やらズモモと圧が。
私が熱を出した時のシリウス様と、やっぱり同じような。あ、シリウス様はお義母様似なのね!
笑みを向けられたお義父様はバツの悪そうな顔をして、話題を逸らした。
そう言えば、お義父様はピーマンが嫌いでしたね。
「良い友を持ったな、シリウス」
「はい、父上。ただ、ライオネルが時間を稼いでくれているとはいえ、2~3日がいいところでしょうから」
「ならば、急いだ方がいいな。我が国に入ってしまえば、如何ようにでもアリシアちゃんを守れる」
お義父様はシリウス様の言葉を最後まで聞かずに馬を加速させた。
「えぇ、さっさと国境を越えてしまいましょう。あの国王にアリシアさんは渡しません」
それに倣って、お義母様もスピードを上げる。
「さすが、頼りになります。父上、母上」
頷いたシリウス様が手綱を持ち直したので、私は鞍を掴む手に力を入れた。
も、もしかして急いでいたのは私のため?
いつダノン国を立つかという話の時のシリウス様が『明日でも』と急いでいた様子だったのも、休憩の少ない強行日程なのも、ダノン国王が聖女を取り返そうと何かする可能性があるからだったの?
「アリシア。速度を上げるから、しっかり掴まっていてね」
シリウス様は揺れに備えてか、私をグッと引き寄せた。
(ひゃぁ〜! み、みみ密着度が! ま、増しているのですが!)
ピタリと触れている所から、シリウス様の体温が伝わってきて私の身体を熱くする。熱が蒸気になって、プシュ~と頭から抜けてしまいそう。
私は意識を逸らすため、周りの景色に集中することにした。あ、ウサギだわ。
******
こうして私達は無事に山を下り終えた。
結論から言いましょう。ジョンとの二人乗りの時より揺れなかったわ! さすがシリウス様、上手です!
考えてみれば、ジョンの時は後ろに乗っていたけど、今は前に乗っていますからね。前の方が揺れないと本に書いてあったもの。それに私は、あれに慣れていたから平気だったのかもしれないわ。何事も経験しておくべきね!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
アリシアが聖女かもしれないと、シリウスが思ったのは卒業の二週間前です。
公表して散々アリシアを蔑んだ人達に見返したいという気持ちもありましたが、それで更に人々から振り回される事を予測したシリウスは、アリシアを守る為に、また離れ離れにならない為に隠す事にしました。(まぁ、トラブルによりアリシアの聖女の力を公表する事になってしまったんですけどね)
そしてシリウスが計画したのは、とっとと結婚して自国に連れ帰るです(笑)
ダノン国王はですね、何の躊躇いもなく聖女を取り返そうとするタイプです。手段も択びません。それを予想して、阻止すべく暗躍するライオネルって感じですかね。もちろんシリウスは今後、ライオネルのために力を貸すつもりですよ~。
さて、ここで国境(?)越境(?)編終了です~。
ついにイングリルド国に着きました。やっとシリウスが実力(?)を遺憾なく発揮します!
そうです。ダノン国にいる時は、目立たない様にと抑えていました。(権力もありませんしね)
ここから王城まで、シリウスの『アリシアを喜ばせる計画』が炸裂します(笑)




