73.聖女の自覚
体制を立て直すためと賊の処理のため、暫く其処に留まることなった。
それを聞いたお義母様が「それなら休憩しましょう」と言って馬車から降りようとした時、地面が大きく揺れる。
「きゃっ」
「アリシア!」
思わず悲鳴を上げた私を抱きしめたまま、シリウス様は数歩後退する。
と同時に、バタン! と大きな音と悲鳴がした。振り向くと、横転した馬車にお義母様が下敷きになっている。
「母上!」
「お義母様!」
「王妃様!」
シリウス様、私、ジュリアン、それぞれが声を上げる。事態を察して騎士達も集まってきた。
(とにかく馬車を動かさないと!)
でも魔法で強化した頑丈な馬車は、普通の馬車より重いという。
どうしたら! と内心焦っていると、より辺りが騒がしくなった。
「魔獣が出ました!」
その言葉に振り向くと、私達のすぐ側に有り得ないぐらい大きな蛇がいた。
「さっきの揺れは、あれの所為か!」
誰かの声が聞こえる。
大きな巨体が威嚇するように身体を震わせながら尻尾の方で地面を叩くと、木々が倒れて大地が揺れた。
(え……あれは、何?)
人を丸ごと飲み込めそうなぐらい大きな口に、噛まれたら一溜りもないであろう鋭い牙。
卒業パーティーで出没した魔獣よりも、恐ろしく感じる。身体が動かない。“蛇に睨まれた蛙”とは情けなくも、まさに今の私のことだった。
しかし動けずにいたのは私だけのようで、すぐさま騎士達が応戦している。そして
「ジュリアン!」
「はっ」
シリウス様の声に、ジュリアンは庇うように私と魔獣の間に立つ。それを見届けつつ、シリウス様は魔獣へと向かった。
(あ、あんな大きな魔獣と戦うのですか?!)
私の困惑と焦燥を余所に、あっという間にシリウス様は魔獣との間合いを詰める。そして手にしていた剣を高々と振り上げながら、シリウス様の身体は軽やかに宙を舞った。
ザシュッ
その音に魔獣は動きを止める。それを見ていた騎士達も同様に静止し、シリウス様だけが血を払い落すように剣を振った。その血は、地に伏せた魔獣に降りかかる。
こうしてシリウス様は、あっさりと一刀両断で魔獣を仕留め戻ってくると、横転した馬車の前に立った。
「少し離れてくれ」
そう言って、何かの魔法を詠唱する。するとサァーッと風が吹いて、馬車が浮いた。恐らく風魔法を使ったのだと思う。
「今だ!」
シリウス様の掛け声と共に、近くにいた騎士達がお義母様を引き寄せ、馬車も立て直すために引っ張る。
馬車が元の場所に戻ると、お義父様が中から飛び出してきた。
「大丈夫か!!」
そして一目散に、お義母様の元へ走り寄る。私達も同じように駆け寄った。
お義母様は誰の目から見ても酷い状況だった。息も絶え絶えで、顔面は蒼白。ドレスのお腹の辺りが、どんどん血で染まっていく。
「急いで手当を!」
「ポーションを早く!!」
「いや、この怪我はポーションでは……」
耳がジンジンして、焦慮と絶望が含まれた周りの声が徐々に遠くなる。
(嫌だ。お義母様を失いたくない。私の……家族なの)
まだ顔を合わせて数日しか経っていないけど、お義母様の存在は私の中で大きなものになっていた。もちろん、お義母様だけではない。お義父様も。
(嫌よ、絶対に嫌! 私の大事な家族を、死なせたりしない!)
私は導かれるように、お義母様の手を取った。何故だか分からないけど、そうするべきだと思ったから。
目を閉じると、繋いだ手が僅かに熱くなり、瞼の向こうが明るく感じた。
「母上!」
「これは……」
シリウス様の呼び声と、お義父様の戸惑う声に、私は目を開ける。
眼前のお義母様は先程とは打って変わって呼吸も落ち着き、顔色も良くなっていた。
「もう、大丈夫よ」
腹部に触れて痛みを感じないことを確認したお義母様の言葉に、周りからは安堵の溜息が溢れる。
よく分からないけど、お義母様は大丈夫みたい。良かった、本当に良かったわ。私の視界は少し滲んだ。
お義父様も目を真っ赤にしながら、無事を確かめるようにお義母様を抱きしめている。
ハッ、お義父様は倒れた馬車の中に取り残されていた。お義母様と同じように怪我をしている可能性があるのでは?
そのことにシリウス様も気が付いたようだ。
「母上、ご無事で何よりです。ところで父上は大丈夫ですか? 馬車が横転した際、どこか怪我をされたりは」
「あぁ、私は大事ない。少し頭を打って、手首を痛めただけだ」
お義父様の答えに、私は安心して息を吐いたが、すぐさまガバッと顔を上げる。
怪我をしているではありませんかー!!
お義父様は“何でもない”そんな様子でいるけれど、きっと痛いはず。それに頭部への怪我は軽視してはいけない。万が一、脳に損傷があったら危険だわ。熱を出して以来、医学的な勉強も始めたから私は知っている。よく見ると、お義父様のこめかみ辺りから血が。
私は何も考えず、お義父様の手を取ると目を閉じた。先程のお義母様の時と同じように、触れた部分がほんのりと温かくなる。私が目を開けると、お義父様は異常がないか確かめるように手首を動かしていた。どうやら怪我の方は大丈夫みたい。良かったわ。
「卒業パーティーでの一件について報告は受けていたが、本当にアリシアちゃんは聖女だったんだな」
「え、私が聖女ですか? 何かの間違いではありませんか?」
突然のお義父様の言葉に、私はキョトンと首を傾げる。
私が聖女? そんな、まさか。聖女のイメージからは程遠いと思うのですが。
「まさかアリシアさん、無自覚なのですか」
続くお義母様の言葉に、私は更に首を傾げた。
いえいえ。無自覚も何も、私は聖女では……というか何故、聖女の話をしているのですか?
助けを求めるように視線を送ると、シリウス様は困ったように笑っている。
「えぇ、アリシアは自分が聖女だと自覚していません」
え、えっ?
私に同意してくれると思っていたシリウス様は、お義父様達に同意していた。
どういうことか分からずに戸惑う私に、シリウス様は諭すように言う。
「アリシア、君は聖女だよ。治癒魔法が使えるのは聖女だけなんだ」
「そうなのですか? でも、私は“魔力無し”ですよ?」
そう、私は“魔力無し”。
魔法を使えない無能の役立たずが、聖女なわけがないですよね?
訳が分からない私は再び首を傾げるが、シリウス様の首は横に振られていた。
「関係ないよ。聖女の力は魔力ではなく、神聖力だからね。むしろ魔力が無くて当然かな」
「!!」
シリウス様は「アリシアが聖女ではないかと思って、聖女について調べて知ったことだけどね」と言う。
え、そんな……まさか。
心底、驚いた。私には魔力が無い代わりに、神聖力というものがあったの?! むしろ、それがあるから魔力が無かったの?! だとしたら、私は“魔力無しの無能”ではなかったということ??
予想外のことに愕然としてしまう。
除籍されたことや、学園でのあれこれが無意味なものだったように思えた。
除籍されたおかげで家から解放されたし、シリウス様とも結婚することが出来たから、それは良いのだけど……学園で受けた仕打ちは何だったの?
喜びと憤りが綯交ぜになって、何だか心がモヤモヤする。
私にも価値がある。私には特別な力がある。嬉しいのに……あの辛い日々が無駄になるようで、僅かな虚しさがチクチクと胸を刺す。
そんな心の内を処理出来ず、私の口から困惑が漏れた。
「私が……聖女」
「そうだよ。さっきも僕に聖女の力を使っただろう?」
「さっき? シリウス様に?」
「僕が賊に向かった時、アリシアは馬車の中で何を考えていた?」
「えっと、シリウス様が怪我をしませんように、無事でいますようにと思って、気づいたら祈っていました」
「やっぱり。急に身体が軽くなって力が漲ってきたから、アリシアが僕のことを心配してくれて、加護を与えてくれたと分かったよ」
「え、私の力だったのですか?」
「そうだよ。だから襲ってきた賊も、あの魔獣も簡単に倒せたんだ」
あの時、お義父様達が戸惑った様子だったのは、シリウス様に何かあったのではなくて、私が聖女の力を使ったからだったの?
「それから、覚えているかな? 僕が池に落ちて怪我した時のこと」
「えぇ、覚えています。えっ、あれも私の力ですか?」
「それ以外ないよね。ポーションを使ったわけでもないし」
ポーション……そういえばイングリルド国では武器開発や製造に加えて、怪我を治せるポーション、いわゆる治療薬も作られている。
「そして卒業パーティーでの魔獣騒ぎの時、僕が祈っててとお願いしたら聖女の力を発揮してくれたよね」
「あ、あれも私の力だったのですか?」
そう言えば、周りが『聖女』って言っていたような気がする。
あの時はシリウス様が無事だったことに頭がいっぱいで、周りの声なんて何も聞こえていなかったわ。
「そうだよ。ただの剣で魔獣が倒せるわけがないからね。聖女の加護のおかげだよ」
「それでは先程のお義母様と、お義父様の怪我は」
「アリシアが聖女の力で治癒したんだよ」
お義母様と、お義父様の怪我を治したのは私? 私が聖女の力を使ったからなの? あれも、これも私がしたの?
聖女は人の怪我を治癒したり、奇跡を起こす存在。
まさか、この私が?
でも、だとしたら……こんなに嬉しいことはない! この力でシリウス様を守れるのなら、役に立てるのなら!
いつかシリウス様に恩返しがしたいと思っていたけど、聖女の力を使えば少しでも返せるかしら?
さっきは突然のことで混乱してしまったけれど、やっと整理がついた私は喜びを噛み締める。
「私、これでシリウス様を守れますね!」
「ふふふっ、いつでもアリシアは僕を守ってくれているよ」
シリウス様は私の肩に手を置くと、コツンと額と額を当てた。
そんな私達をお義父様達は仲睦まじいと微笑む。
「アリシアさんは、わたくしの命の恩人です。感謝してもしきれませんね」
「あぁ、妻の命を救ってくれた。それに私の怪我も。大きな借りが出来たな」
「そんな、借りだなんて。ただ私は助けたいと無我夢中だっただけです」
「その気持ちが嬉しいのだ。アリシアちゃん、ありがとう」
「えぇ、本当に。ありがとう、アリシアさん」
穏やかな表情で掛けられた気持ちの籠った言葉に、私の胸はキュ~ッとなって温かさでいっぱいになる。
温もりを感じられる言葉を掛けてもらえたことに、これが本当の家族なのだと心の底から思えた。
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