69.惹かれ合う
クロフォード家を出発した日は早朝に発ったにも関わらず、辺りが真っ暗になってから宿に着いた。そして翌日も、朝早くに宿を発つ。そのため一日が長いというか、馬車に揺られている時間が長い。その間、私はシリウス様と話したり、本を読んだりして過ごしていた。
今、読んでいるのは恋愛小説。
主人公の令息が、とある令嬢に一目惚れしたところから物語は始まる。
一目見ただけで、その人の人となりが分かるのか不思議に思うけど、本には『強く惹かれた』と書いてあった。
(一目惚れって、どんな感じか分からないけど、強く惹かれるというのは分かるわ)
私の『強く惹かれる』人、シリウス様を見つめた。シリウス様は窓枠に肘を突いて、本を読んでいる。その涼しげな姿もカッコイイわ。私は目線をシリウス様から本へと戻した。
物語では、始めは一目惚れだけど、接している内に令嬢のことをより好きになっていく。その令嬢の容姿、言葉、性格……色々な面を知って、更に想いが強くなる。
(シリウス様は、どうだったのかしら?)
ふと、シリウス様が私の何処を好きになったのか気になった。私に好かれる要素ってあるかしら?
未だに、両親から愛されずに否定されていたことが尾を引いているようで、自分の中に良いところを見出せない。
チラリとシリウス様に視線を送るとバチリと目が合った。
「あっ」
途端に恥ずかしい気持ちになって俯いてしまう。
「アリシア、どうしたの? 読んでいる本より気になることがあるって感じだけど」
「えっと」
チラリと窺うと、シリウス様はニッコリと微笑んで「言ってごらん?」と促してきた。
うぅ。言葉にするのは恥ずかしいけど、知りたい気持ちの方が勝る。
「あの、シリウス様は……その、私の何処というか……いつから、その、私のことを……好きに?」
羞恥から途切れ途切れになる私の言葉にシリウス様は一瞬、目を見張る。そして手にしていた本を閉じると、考えるように目も閉じた。
「あぁ。う~ん、そうだね……入学の時からかな」
パチッと目を開けたシリウス様から告げられた言葉に私は目をパチクリさせてしまう。
え、そんな初めから? 今学年からではなく?
「あれは……そう、入学式の日。ある令嬢が髪留めを落としてね。それが人に蹴られ、よりにもよって泥の中に転がってしまい、令嬢は途方に暮れていた。そこにアリシアが現れてね。君は汚れることを気にする素振りもなく泥の中に足を踏み入れ、髪留めを拾うと近くの水場で洗って、丁寧にハンカチで拭いてから令嬢に渡したんだ」
あー、そんなことあったわね!
綺麗な髪留めだから大事な物だろうに、何故すぐ取りに行かないのか不思議だったのよね。
「まぁ、渡された令嬢の方は一瞬躊躇った顔をした後、ハンカチを出して受け取っていたけどね」
確かに、そんな表情していたわね。ん……あ、もしかして泥の中に落ちたから汚いと思って躊躇っていたのかしら?! あの時は泥なんて気にしたことなかったから……でも、そうよね。普通の令嬢なら躊躇うところよね。
私は、当時の自分が令嬢としてズレていたことを再認識した。
「自分が汚れることを躊躇わずに人のために行動出来る、その優しさに惹かれたんだ。それに他の令嬢達とは雰囲気が違ったから興味が湧いてね」
あー、貴族の教育を受けていなかった所為ですね。今思い返してみると、きっと周りから浮いていたのでしょう。
当時の自分が少しだけ恥ずかしく思えた。
「それからアリシアのことが気になって見ていたんだけど……そんな、ある日。昼休みが終わろうとしていた時、下位貴族の令嬢が転んでね。誰もが気に掛けることなく教室へ急いでいる中、アリシアだけが転んだ悲鳴を聞いて振り返り、令嬢の元へと駆け寄ったんだ。そして、令嬢に手を貸すと保健室まで連れて行っていた。自分が授業に遅れることを厭わずね。しかも、その時だけではないよ。君は幾度となく、困っている人達に手を差し伸べていた。その献身さと親切さに惹かれたんだ」
そ、そう言われると、そんなこともあったような。でも困っている人に手を貸すのは当たり前のことでは?
そう思って、シリウス様に言ったら「それでも、普通は簡単に出来ないものだよ」と羨望の眼差しを向けてきた。まるで眩しいものを見るかのように。
そういうものなのかしら?
自分が出来ることはすればいいだけの話だと思うのだけど?
「そして、またも……そんな、ある日」
シリウス様は言葉を続ける。『そんな、ある日』が2回も?
「司書が不在の図書館で、どうしても探している本が見つからずに本棚をウロウロしていたら、アリシアが『何か、お探しですか?』って僕に声を掛けてきたんだ」
シリウス様は「君は覚えていないかもしれないけど」と付け加える。
そうですね、ちょっと覚えがないですね。というか、偶にあることだったので“誰”とかを覚えていなかったです、すみません。まさか私からシリウス様に声を掛けたことがあったとは。
「僕が探している本を伝えると『これですね』と教えてくれたんだ。司書でもないのにすごいと思ったと同時に、あの広い図書館で探している本の場所が分かるということは頻繁に訪れていて、しかも様々な本を読んでいるから本がある場所が分かるのだろうと感心してね。それに、よくよく見てみると僕が読もうとする全ての本の貸し出し記録にアリシアの名前があったんだ」
あぁ、あの時は本を読むか勉強するぐらいしか楽しみがなかったから、かなりの冊数を借りていたわね。
「それで気になって図書館を何度か訪れてみたら、いつも君は勉強していて……いつしか同じように勉強する人が増えて勉強会になっていたんだ。そこでアリシアは人にも勉強を教えつつ、自分も勉強して常に学年首位の座についていた。その聡明さと勤勉さに惹かれたんだ」
「そ、そうだったのですね」
自分が知らないところで見られていたらしい。てっきりシリウス様に私が認識されたのは同じクラスになってからだと思っていたので、以前から知られていたと思うと何だか照れくさくなってしまう。
というか、この流れ……もしかしてシリウス様も、さっき読んでいた小説の主人公と同じだったの?
「そしてまたまた……そんな、ある日」
えっ『そんな、ある日』が3回も?!
私の心中の驚きに気づくことなく、シリウス様は話し続けた。
「アリシアは花が好きだろう? その日も君は花壇で花を愛でていてね。その姿が儚く切なげで……思わず見惚れていた時、アリシアの肩に青い鳥が止まったんだ。君は少し驚いた顔をした後、とても嬉しそうに微笑んで……その可憐な姿が天使に思えてね」
思い出すように目を瞑っているシリウス様。
「それ以来ずっと、君は僕の心を掴んで離さないんだよ」
ニッコリと言われてしまいましたが……え、天使?
いやいやいや、それは流石に言い過ぎというものですよ!
最後の言葉も相まって、私は熱くなった顔を手で覆って隠す。きっと林檎のように真っ赤に違いないわ。
でも、うん。あの時のことは覚えている。肩に鳥が止まるなんて、お伽噺みたいなこと本当にあるのだと感激したもの。しかも青い鳥なんて“幸せの青い鳥”に思えて……思わず『幸せになりたい』と願いを込めてしまったのよね。あっ、そうか。あの鳥は本当に“幸せの青い鳥”だったのかもしれないわ。だって願いが叶ったのだもの。
顔に続いて今度は胸が熱くなるのを感じていると、シリウス様は立ち上がって隣に座った。
「で、アリシアは?」
「え?」
「アリシアは僕のどこに惹かれたの? いつから? クロフォード家に来た最初の頃は違ったよね?」
シリウス様は「僕は話したのだから、君も教えてくれるよね?」圧を掛けつつ「ダメ?」と上目遣いで見つめてくる。
こ、この表情はズルイです! この顔をされたら、私は無下に出来ない。も、もしかして! この仕草に私が弱いと分かっていて、シリウス様はワザとしているのでは?!
そんな疑う気持ちが湧きつつも(そうよね。教えてもらったのだから、私も言わなくては不誠実だわ)と思考を巡らせた。
そういえば私はシリウス様に、ちゃんと気持ちを伝えたかしら? 好きだとは言葉にしていないような?
シリウス様は言葉にして伝えてくれている。それなら私も同じように想いを伝えたい。いえ、伝えなくては!
私は意を決して口を開いた。
「“いつから”というのは分からないのですが、自覚したのは……あの飛び降りた日です」
言いづらそうにしていると、シリウス様は静かに頷く。
「あの時、シリウス様に嫌われたくないと思ったのです。でも今まで誰かに嫌われたくないと思ったことなどなくて。いえ、両親や妹に対してはありましたが諦めていましたし」
語尾が小さくなってしまう。違う、違う。言いたいことは、それではないわ。
「それで、何故シリウス様に嫌われたくないのか考えたら……好きだからなのだと気づいたのです」
「そうか」
シリウス様は少し物悲しそうな、それでいて愛でるような眼差しを私に向けた。
「えっと、それで惹かれたところは……優しさと強さでしょうか。最初に手を差し伸べてくれた優しさ。私のことを思い、私のために行動してくれる優しさ。酷い言葉を浴びせる令嬢達から守ってくれた強さ。魔獣にも怯むことなく挑む強さ」
ぼんやりとしていた自分の気持ちを伝えるため一生懸命に言葉を紡ぐと、シリウス様は照れくさそうに微笑んだ。
そう、シリウス様が好き。シリウス様の色々なところが好き。きっとシリウス様の全部が好き。
自分の想いが明確な形となり、その一部を口に出した所為か、胸の中にあったものが溢れるように言葉が止まらなくなった。
「あぁ、それに笑顔も好きです。今の微笑む顔も、明るく笑いかけてくる顔も、この間の慈しむような顔も好きです。あ、鍛錬で額に汗する姿も、騎士達との訓練の勇ましい姿も好きです」
思い出しながら告げると、シリウス様はキョトンと目を丸くしている。
「それに、その絹糸のような銀髪も、サファイアのような綺麗な瞳も、バリトンのように心地よく響く声も。あぁ、それから優しくて温かい大きな、この手も大好きです」
私はシリウス様の手を取り、頬をすり寄せた。
これが人を好きになるということ、愛されるということなのね。
シリウス様を好きになって良かった。こんなに幸せな気持ちになれるのだから。
「それに強くて頼もしい腕も好き。シリウス様の全てが好きです」
抱きしめられた時のことを思い出ながら、シリウス様に笑顔を向ける。
そうよ、思い返してハッキリした。街や植物園へ行った時も、庭を散歩した時も、食事や通学の時間も、一緒に過ごしてきた全てのシリウス様が好き。全部の記憶が私の宝物。
シリウス様は耳まで真っ赤になり、視線を逸らすように片手で顔を押さえて窓の方を向きながら「勘弁してくれ」と唸るように呟いていた。
(あっ、照れたシリウス様も可愛くて好き!)
今までシリウス様と過ごした全ての時間が、私を幸福で満たしてくれる。
きっと、これから共に過ごす時間も幸せで溢れていて、私の胸は温かくなるのね。
ここかな? ここが一区切りかな? いや、やっぱり『旅立ち』の回が区切りですよね?
そこからここまではアレだ、余談みたいな。後日談みたいな。オマケ話みたいな?
とにかく、この作品を前半と後半に分けると今が中間です!
えぇ、次からはイングリルド国に向けてです!!
ここから週2回ぐらいの頻度で8話の投稿を予定しておりますので、よろしくお願いします(_ _)




