67.手のひらで転がされて
高速で移動する外の景色を見ていたら目が回りそうになったので、向かいに座るシリウス様の方へと視線を移した。
「ところでイングリルド国まで、どのぐらいの日数がかかるのですか?」
「あぁ、7日間ぐらいかな」
「7日間!」
この馬車は『普通の半分の時間で移動出来る』とシリウス様は言っていた。
ということは、本来なら14日もかかるの?!
「国境までが3日間、そこからイングリルド国の王城までが4日間の予定でいるけど」
シリウス様は「王都に近づくにつれ、町が多くなるため高速で走れないから日数がかかる」と言う。
そうか、町があると人が歩いていたり、道が細かったり、曲がっていたり、と障害になるものがあるということね。
「ねぇ、アリシア。王城に着いたら、すぐ婚姻の手続きをとってもいいかな?」
「え? えぇ、それは構いませんが」
私が「シリウス様にお任せします」と言うと、嬉しそうに微笑んでいた。
何やら出発といい、急いでいる様子。何故かしら? 何か理由があるの?
「良かった。まぁ手続きのみだけどね。結婚式は準備もあるから、半年ぐらい先になるかと思うよ」
「あ、そうですよね」
結婚式には準備がいる。それもあって婚約期間というものがあるのだもの。
今までは契約結婚だと思っていたから、式を挙げるなんて発想は微塵もなかった。
まぁ実際は“婚姻手続き”ではなく“養子手続き”だったので、結婚式をするはずもないのだけれど。
(そうか、今度はちゃんと結婚式を挙げるのね。どんな式になるのかしら?)
ワクワクとした期待を胸に、私は左手を見た。そこ嵌められた指輪がキラリと光る。これは王家に代々伝わる婚約指輪だと、シリウス様が教えてくれた。
王家に……そう、王家に……あっ!
「シ、シリウス様はイングリルド国の第一王子なのですよね?」
「うん、王太子になるけど」
「私は、その妻になるのですよね?」
「え、うん」
今更? というように、シリウス様は困惑の表情を浮かべている。
すみません、私すっかり忘れていたのです。
「あの、私……そういう教育を受けていないのですが」
「あぁ、王妃教育のこと?」
「はい」
そう、王妃教育! 王太子と結婚するのなら、王妃として必要な教育を受けなくてはならない。しかも出来るなら前もって。それを受けていない私は、シリウス様に迷惑を掛けてしまうのでは?!
「それなら、半分ぐらい終わっているよ」
「え?」
思考を遮るように告げられたシリウス様の言葉に、私はピタリと止まる。
シリウス様は今、何とおっしゃった?
半分ぐらい終わっている? えっ、私、習った覚えがないのですが?
「アリシアはフェリシアから色々教わっただろう?」
「はい。でも、それは貴族のマナーとかで」
「うん、それが王妃教育の一環だったんだよ」
「え、えぇ?」
ど、どういうことです?
困惑に目を丸くする私に、シリウス様はサラッと言ってのけた。
「どうせ学ぶなら王妃として必要なマナーの方でいいと思ってね。アリシアより目上になるのは父上と母上ぐらいだから、目下の者のマナーを身につける必要はないだろう?」
シリウス様は「父上と母上は家族になるから、堅苦しいのは不要だし」と付け加える。
え、そういうものです?
まぁ、そう言われると、そうかもしれませんけど……え?
というか、そんな簡単に身についているものなのですか?
「あぁ、ダンスは上級もマスターしなくてはならないから、もう少し練習が必要だろうけど」
あ、それはそうですよね。私なんて、まだまだ……て、そうではなくてですね。ほら、所作とか! 話し方とか! 王妃として必要な風格とか! ありますよね?!
「あれ、アリシアは気づいていないのかな?」
「何がですか?」
「アリシアの話し方も、歩き方も、お茶の飲み方も所作全てが変わっていることに」
「え?」
えぇ? そうですか? 話し方が変わりました? 所作も?
あ、歩き方はダンスのおかげだと思いますけど。
「まぁ、こういうことは自分では気づけないのかもしれないね。クロフォード家に来た時とは、比べものにならないぐらい洗練されているよ」
そ、そうなのですか?
自分では自覚出来ないけど、シリウス様は嘘を言ったりしないから、本当にそうなのでしょう。でも、でも! 王妃教育は、それだけではないですよね?
「他にも色々ありますよね? イングリルド国の知識とか」
「ん? それも大丈夫だと思うけど?」
「えっ?」
「アリシア、問題です」
「はい!」
シリウス様が急に改まって問いかけてくるので、私は背筋を伸ばした。
「150年前の4代目イングリルド国王の時に起きた大きな災害は何でしょう?」
「ホッパーの飢饉です」
「そうだね。その内容は?」
「バッタが大量発生したため農作物が被害に遭い、食料不足と飢饉をもたらしました」
「では、その対策法は?」
「バッタを捕食する鳥を大量に放すことと、バッタの捕獲および卵の駆除です」
「うん、正解! 次は」
シリウス様はニコニコしながら、他にも色々と問題を出してくる。
その全てに私が答えると、シリウス様は「ほら、大丈夫だろう?」と満面の笑みを浮かべていた。
ん、んんん? あっ! もしかして!
「今の問題は王妃教育で習う内容ですか?」
「そうだよ。アリシアはイングリルド国についても、ちゃんと勉強しただろう?」
あ、もしかしてダンスを習う話の時、シリウス様に言われた『イングリルド国についても学ばないかい?』って、こういうこと?!
「あれは、てっきり平民になってダノン国で上手くいかなかった時、イングリルド国へ行くためのものだと」
「いや、僕と結婚した時にアリシアが困らないようにと思って提案したんだ」
「そ、そうだったのですね」
あの時、シリウス様が言った『勉強になる』って、そういう!!
待って……私、あの時『卒業したら立派な平民になれるように、頑張って勉強します』って宣言したけど、シリウス様はそれをどう思っていたのかしら? と思い、おずおずと尋ねてみたら「全然僕の気持ちが伝わってないなと思ったよ」と苦笑している。
あぁぁ、すみません、ごめんなさい、申し訳ありません!
心の中は謝罪の嵐だ。
でも、あれ? 王妃教育って何年もかかるものだと本には書いてあったような?
「アリシアはすごいよね。半分とはいえ、本来なら数年かかる内容をたった2、3ヵ月で覚えてしまったのだから。フェリシアも舌を巻いていたよ」
え、えっ、そうなのですか?
突然褒められて、思わず表情が緩んでしまう。
ニヤケそうになるのを誤魔化すために、私は頬に手を当てた。
「それはアリシアが勉強熱心で、基礎知識から歴史や経済学などの知識を既に習得していたからだね。まさかベラティの経済書を読破していたとは、僕も驚いたよ」
除籍宣告を受けて、平民になった時のために知識を得ようと勉強したけど、それがこんな形で返ってくるとは思ってもみなかったわ。ライラの言っていた『知識は裏切らない』って本当ね。
「まぁ、それだけの知識を得られたのは睡眠時間を削っていたおかげかもしれないけどね?」
「い、今は7時間ちゃんと寝ています!」
意地悪そうに口角を上げるシリウス様に、あの時の圧を思い出して私は慌てて弁解した。
「ふふふっ。とにかく、そんなに心配しなくてもアリシアの王妃教育は、ちゃんと進んでいるよ。それに、僕が即位するまでに完了すればいいから、焦らなくても大丈夫。とは言ってもアリシアは勤勉で努力家だから、あっという間に終わるのではないかな」
シリウス様は「学園を卒業したから時間もあるしね」と笑って言う。
すごい……全てはシリウス様の思惑通りに事が進んでいるみたい。
シリウス様の手のひらで良いように転がされていた感が半端ないわ。
ここまで来ると逆に完璧すぎて怖……あれ? 私がプロポーズを断る可能性は考えていなかったのかしら? 断られないと思っていたのなら、そこまで自分に自信を持てるシリウス様が羨ましい。それとも、その時はその時で、また別の手を考えていたのかしら?
……気になる!
穴はないのかと思い、私が尋ねるとシリウス様は「そうだなぁ」と考えるように顎に手を当てた。その様子から、私が断る可能性は考えていなかったことがよく分かる。
「その時はアリシアに『うん』と頷いてもらえるまで、何度でもプロポーズするよ」
な、何度でも……?!
シリウス様の情熱に何だか嬉しいような、こそばゆい気持ちになって照れてしまう。
(か、顔が熱いわ)
私は再び頬に手を当てた。
「まずは何かと理由を付けてアリシアを説得して、とりあえず一緒にイングリルド国に来てもらって」
うんうん、それで?
私のことだ、簡単に説得されて……いやシリウス様のことだ、きっと上手いこと私を説き伏せてしまうに違いないわ。
「一旦イングリルド国に入ってしまえば、後は権力でも地位でも僕の持ちうる限りの全ての力を使って、アリシアを僕に惚れさせるまでだよ」
それはそれはニッコリと、シリウス様はとても良い笑顔を浮かべている。
その言い方だと、今までは手加減していたと言っているように聞こえて、シリウス様の本気を思い知った気がした。
「まぁ諦めるつもりは毛頭ないけど、それでも好きになってもらえなかったら、アリシアにはクロフォード家の養子のまま、ダノン国でもイングリルド国でも好きな方で暮らしてもらうかな。もちろんアリシアが困らないように、手配は全てするよ」
シリウス様は「あぁ、だからアリシアが平民になる未来は、どのみち訪れなかったね」なんて笑っている。
なんてこと! それなら養子だと、その先のことも早く教えてくれていれば『平民になるのだから』と焦ったり、やきもきしながら必死に勉強する必要なかったのでは? いや、勉強はして良かったのだけれど! シリウス様の配慮も嬉しいのだけども!
何となく、あの時の心労が報われない気持ちになった。
「でもプロポーズを断られる可能性は低いと思っていたけどね」
「どうしてですか?」
「いつも、それを肌身離さず身に着けてくれているから」
そう言って笑顔のシリウス様は、私の首元を指差した。
そこにはもちろん、シリウス様の瞳と同じ色のあのネックレスが。
私の気持ちは、お見通しだったみたい。
もしかしたら私が自分の気持ちに気づく前に、シリウス様は分かっていたのかもしれないわ。
(シリウス様は本当にすごい人ね)
と思ったら「フェリシアが『機は熟した』と太鼓判を押してくれたから、確証を持ってプロポーズ出来たんだ」とシリウス様は零した。
すごいのはフェリシアだったの?
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