56.魔獣殺しの剣
シリウス視点になります。(最後はモブ視点?)
我先にと逃げ惑っていた人、恐怖で動けずにいる人、戸惑いオロオロと何も出来ずにいる人。ごった返していた会場は脅威が去ったことで静まり返っていたが、自分達が救われたこと、奇跡を目の当たりにしたことで一斉に歓喜の声を上げた。
「聖女の奇跡だ」
どこからか声が聞こえた。やはりアリシアは聖女に違いない。
僕の傷が治った時に“もしや”と思ったけれど、この出来事で確信した。
僕が手にしていたのは“ただの剣”。
魔獣を倒すとなると、本来は熟練した職人が鍛えて、そこに上級魔術師が魔法を付与したものが必要となる。普通の剣では歯が立たない。
しかしアリシアの聖女の力によって、この“ただの剣”は“魔獣殺しの剣”となった。
「まさか、アリシア様が聖女?」
「でも彼女は“魔力無し”の無能でしょう?」
「だけどアリシア嬢から光が溢れ出たと同時に、シリウスの持っていた剣が輝き出したじゃないか」
「あれは“聖女の奇跡”に違いない。普通の剣では魔獣は倒せないんだ。それを一刀両断にしたのだから」
へぇ、知っている者がいたのか。
この国では魔獣があまり出現しないから、ごく一部の人間しか知らないだろう。
周囲からは半信半疑な様子も窺えるが、概ね皆“聖女の奇跡”と見解は一致しているようだ。
(僕の剣があれば、何てことはなかったんだけど)
でも、これで良かった。アリシアの本当の力を、彼女を蔑んだ者達に知らしめることが出来たのだから。
「心配かけて、ごめんね」
「良かった、シリウス様が無事で。怪我はしてないですか?」
「大丈夫だよ」
アリシアは、さっきから「良かった」と何度も言う。よっぽど不安だったのだろう。
(本当にごめんね。でもね、僕はアリシアの力を信じていたから、臆せず戦えたんだよ)
本当は、倒すのに魔法を使えれば良かったんだけど……しかし、あのレベルの魔獣を倒そうと思ったら大がかりな術が必要になる。そうすると、この建物や周りにも影響が出てしまうから被害は拡大していただろう。被害が最小限な上に、返り血を浴びることなく一撃で仕留められたのは、アリシアがこの剣に加護を与えてくれたおかげだ。
僕はアリシアを宥めるように、頭にキスしながら甘い香りのする髪を撫でた。
「シリウス!」
ライオネルが驚きに満ちた表情で駆け寄ってきた。
「ありがとう」
「僕だけの力ではないよ」
「分かっている。アリシア嬢、ありがとう」
「えっ! 私は何もしていないです」
自分が見られていることに気づいたアリシアは、ハッとした様子で慌てて僕から離れた。
(それでも僕の服を掴んだままなあたりが、可愛すぎる)
アリシアは未だに自分が聖女だとは信じられないみたいだ。
周りの「聖女だ」という声を気にも留めていない、というか聞こえていないのかな?
グスンと鼻を鳴らすアリシアは、僕の無事を確かめるのに頭がいっぱいなようにも見える。
まぁ、聖女については追々自覚していってもらおう。学園の図書館には聖女に関する文献が一つもないようだったから、アリシアは詳しく知らないのだろうし。それより今は……
「ライオネル、これを君に」
「いいのか?!」
僕が手にしていた剣を差し出すと、ライオネルは驚いて目を見開いた。
ライオネルは、この剣の価値が分かっている。これは、もう“ただの剣”ではない。“魔獣殺しの剣”として国宝級になるだろう。
「もちろん、これから必要になるだろうから」
「ありがとう、シリウス」
アリシアが祈ってくれたものだから、本当は僕が持って帰りたいところだけど、これは僕の剣ではない。警備兵か、ライオネルの護衛の誰かが手にしていたものだ。あとから剣の元の持ち主が、どうこう問題になっても困る。その点、ライオネルなら上手いこと処理するはずだ。
それに、これからのライオネルには“聖女の力が宿る物の所有者”ぐらいの箔が必要になるだろう。
「いいか。これはダノン国にではなく、ライオネル個人に渡す」
「……助かる」
この意味をライオネルは理解している。僕はライオネルの力となるために渡したのだ。決して、この自分勝手で高慢な貴族達に溢れたダノン国にではない。
ダノン国王がどう思うか分からないが、これで国王が所有権を主張しても、この剣は“国の物“にならずに済むだろう。
時として、こういう取り交わしは重要な意味を持つものだ。
「ただ代わりと言っては何だけど」
「あぁ、分かっている」
僕の言葉の続きを察して、ライオネルは大きく頷く。
いつの間にか僕らの周りには、遠巻きに人が集まり「聖女」「聖女」とコールに囲まれていた。
******
とある令息、ミハエル・シューマンは思う。
(アリシア嬢は聖女だったのか)
そうとは知らず、僕らは彼女を“魔力無し”と罵り嘲笑った。
中には意地悪をしたり、突き飛ばしたり、怪我をさせた生徒がいることを僕は知っている。
聖女を虐げたと罰せられたりしないだろうか?
今からでも謝れば、聖女の加護を授けてくれるだろうか?
そう思いながら、アリシア嬢に怪我を負わせた令息達を見た。彼らは彼女を傷つけたことなど忘れているかのように、聖女の力を目の当たりして嬉々としている。
(あぁ、僕は大丈夫だ)
僕は彼らと違って、アリシア嬢を傷つけていない。
無視していただけだから。
僕はホッと胸を撫でおろした。
そうだ、明日か明後日にでもアリシア嬢に手紙を書こう。
僕は何も悪いことをしていないのだから、きっと彼女は僕の願いを聞いてくれるはずだ。聖女は慈悲深いから、僕は恩寵を受けられるだろう。
ライオネル以外、皆モブ令息と同じように考えています。それまでアリシアにしたことを忘れ、罪悪感を抱くこともなく、自分に加護を与えてくれると信じて疑わない。まさにシリウスの言う『自分勝手で高慢な貴族』そのものです。




