55.魔獣登場
告げられた言葉を頭の中で必死に咀嚼している時、言いかけたシリウス様の声を遮るように誰かがテラスに現れた。
「シリウス」
呼ばれたシリウス様は、振り返りながら「タイミングが悪いぞ」と小声で呟く。
まだ話の続きがあるのに、といった様子で。
私も視線をシリウス様から声の方に向けると、そこにいたのは……え、待って、ライオネル殿下?!
慌てて私が礼をすると、殿下は「かしこまらなくていい」と手で制した。
「ライオネル、来ていたのか」
「もちろん、友の一世一代の愛の」
「ライオネル?」
今度はシリウス様が殿下の言葉を遮るように、微笑みながら名を呼んだ。
その声と笑みには何やら圧があるような。
殿下も同じように感じたのか一瞬言葉を切った後、訂正するようにゴホンと咳払いをした。
「友の晴れ舞台だからね、見逃すわけにはいかないよ」
「そうか、ありがとう」
殿下の続きの言葉に、シリウス様の圧は消える。
それにしてもシリウス様と殿下はお知り合いなのかしら?
とても親しそうに見えるし、殿下は『友』と言っていたものね。
気になって尋ねようとした時
ドゴォーン
キャー
ワァー
会場から、何が壊れる物音と悲鳴が響いた。
「「何事だ!」」
シリウス様と殿下は同時に駆け出す。
テラスから戻ると、会場内は騒然としていた。
人々は恐怖に怯え、必死に逃げようとしている。
そこにいたのは―――
「魔獣?」
「何故ここに?」
シリウス様も殿下も不思議そうにしている。
(あれが魔獣?)
この国は魔獣が滅多に現れないから、初めて見たけど……本に書いてあった通り、確かに見た目は獣に近い。でも纏うオーラが、とても禍々しい。離れた距離にいても怖いと感じて足が震えそうになる。
「ライオネル。君、命を狙われる心当たりはない?」
シリウス様?!
殿下になんてことを!! と思ったら
「あるな。今、いくつか改革案を提言しているから」
え、あるのですか?!
殿下が狙われて魔獣が現れたということは、つまり……これは故意に引き起こされた可能性があるということですか?!
驚いてシリウス様と殿下を交互に見ていると、殿下は傍にいた護衛に目配せしつつ
「警備兵!」
会場にいた警備兵を呼び、魔獣を討伐するよう指示を出した。しかし……
「あんな鈍らな剣ではダメだ」
様子を窺っているようだったシリウス様は低い声で呟く。
その時、ぐわぁっと苦しげな声が聞こえ、そちらを見たら魔獣と対峙した兵士達が血まみれで倒れていた。呻き声を上げ、負傷した箇所を引き摺っているあたり生きてはいる。けれど、素人目から見ても戦える状態ではない。
「アリシア、本当なら今すぐ逃げてと言いたいところなんだけど、このまま僕の傍にいてくれる?」
「え? えぇ、もちろん」
「ありがとう。ライオネル、アリシアを頼むよ」
「あぁ」
シリウス様の言葉に、横にいた殿下は私を庇うように一歩前に出る。
それを確認するとシリウス様は「それから」と目線を殿下から私に移した。
「アリシア、もう一つお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「祈ってて」
「え?」
「僕がアレに勝てるように祈ってて」
「えっ、いの? えぇ?? シリウス様?!」
シリウス様はそれだけ言うとスッと離れ、魔法の詠唱を唱える。
瞬時に殿下と私は水の膜に包まれた。
「危ないから、そこから出ないでね」
そう言うと、シリウス様は近くにあった“鈍らな剣”を手に取って魔獣へと向かって行く。
「シリウス、何をする気だ!」
殿下も、まさかシリウス様が飛び出して行くとは思っていなかったようで驚いている。
(え、待って! そんな危ないです! どうしよう……祈れと言われても、どうしたら???)
よく分からないけど、私は手を組んで額を押し付けた。
そしてシリウス様が勝てるように祈る。
(シリウス様を助けて……お願い……シリウス様が怪我をしないように、シリウス様が無事であるように……お願い……シリウス様に力を、倒せる力を……)
その時、身体が温かい空気に包まれた気がした。
ザシュ、ゴトッ、ドサッ
聞いたこともない嫌な音がする。
シリウス様に、もしものことがあったらと思うと怖くて目が開けられない。
「アリシア嬢」
でも殿下の戸惑うような呼びかけに、私は恐る恐る目を開けた。
シリウス様は血まみれ―――の剣を握って立っていた。
その剣は僅かに光り輝いている。
近くには、切り落とされた魔獣の首が転がっていた。
あの音の正体はこれだったのね。
「シリウス様」
先程まで騒然していたのが嘘のようにシンと静まり返った室内に、私の声が小さく響く。それに反応するようにシリウス様は振り返ると、私を見てニコリと微笑んだ。私は弾かれるように駆け出した。ここから出ないでと言われたけど、躊躇うことなく水の膜から飛び出してシリウス様の元へ。
「良かった、シリウス様。無事で良かった」
「アリシアのおかげだよ」
その胸に抱きつくと、シリウス様はそっと抱き止めてくれる。
私は何もしていない。ただ祈っていただけ。
周りから「わぁ!」と歓声が上がる中、私は只々シリウス様が無事で良かったと安堵の涙を流した。
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